憂い視線のその先に

雪村こはる

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変化の理由

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「そうですか? 最近着ていなかったんですが」

「え! とってもお似合いなのにもったいない!」

 大きく目と口を開けて言う店員に、似合うという言葉が心に染みる千愛希。他人の1つ1つの些細な褒め言葉が嬉しくて、「ありがとうございます。じゃぁ、今日着てきてよかった」と言った。

 律を避けるためだけに着たスーツがなんだか誇らしく思えた。それなりに値が張ったものだし、まどかにも似合うだろうなと思って喜んで購入したもの。
 物に罪はないか……。そう思いながら、クリーニングから戻ってきてパリッとしている袖を一度撫でた。

「明後日はお仕事ですよね」

「ええ」

「土日もお仕事なんて大変ですね」

「えぇ、まぁ」

 スーツ姿で来店すれば昼間でもそう思うか、と千愛希は苦笑する。

「明後日もお待ちしておりますので、是非またそのスーツでお越しくださいね! 美味しいコーヒーをお淹れしますので」

 可愛い笑顔を向けられる。千愛希はまいったな……と思いながらも若い女性店員の笑顔に救われた気がした。



 だから、ほんの恩返しのつもりで訪れた。あの後ビクビクしていたものの、律に出会うことなく帰宅をしたし、日曜日は、廃人のように家で過ごした。
 土日が終われば嫌でもやってくる平日。律だって仕事に行くし千愛希だってまた日常が始まる。

 特段忙しくもない時期とはいえ、さすがの月曜日は色々やることがあって仕事が終われば19時を差していた。あの店員に言われた通り同じスーツで仕事をこなし、そのままやってきた。あの日、あの時間だけしか着なかったスーツをまたそのままクリーニングに出すのももったいない気がしたし、かといって一度着たものをそのままクローゼットにしまうのも気が引けたからだ。
 個人店だというのに22時まで営業しているのが救いたった。

「わぁっ! 来てくれたんですね! この素敵なスーツ姿を皆にも見せたかったんです!」

 彼女はそう言った。皆とは、律と千愛希の美男美女カップルに憧れる他の女性店員達。そんなに大きな店舗でもないが、バイトも含め女性店員は交代制で6人ほどいる。
 ほとんど日曜日に来店する千愛希。日曜日が固定休の店員や夜のみバイトで出勤している店員は千愛希の姿を見たことがなくどうしてもその子達に見せたかったのだとか。

 千愛希は照れ臭い思いをしながら、約束通りコーヒー無料券を使って1杯いただいた。
 今日は平日だしさすがに律はいないよね。そんな安心感もあって千愛希はゆっくりコーヒーを楽しんだ。
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