憂い視線のその先に

雪村こはる

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勘違いがいっぱい

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 暫くフローリングにあたっていたせいか、背中に鈍い痛みが残る千愛希。そっと立ち上がってシャワーを浴びようかとスカートの裾を引っ張る。
 浴室のドアを開ければ一気に冷気が流れ込んできた。

「さっぶっ!」

 千愛希は思わず低い声で叫んだ。律と口論している間に温まったリビングとはかなりの寒暖差があり、自然と身震いする。薄いシャツの上から腕を擦る。

「せっかくだからお湯はってゆっくり温まる?」

 頭上から降ってくる更に低い声。千愛希はそっと顔を上げた。ピッタリと真後ろにくっついている律の姿にひぃっと軽く悲鳴を上げる。

「ねぇ、本当に一緒に入るつもり?」

「当然でしょ? 千愛希がどうしてもって言うから中断したんだよ。この俺が自分の意見よりも他人の意見を優先したんだ。当然一緒に入浴する権利はある」

「あんた、真顔でバカなこと言ってるって気付いてる?」

「いや、真面目に権利を主張してる」

 あー……。アホだわ……。男って何でこうなんだろ。律だけは例外だと思ってた私がバカだったわ。

 そう苦い顔をした千愛希のシャツに手をかけた律。1つ、2つとボタンを外す。
 せっかくはめたボタンが見事に素早く外されていく様を他人事のように見つめる千愛希。

「まぁ、いいか。どうせすぐに汗だくになるし。寝室のドアは開けてきたからシャワー浴び終わる頃には少し温まってるはず」

「……は?」

「俺、けっこう我慢してたんだ。今考えるとかなりの禁欲生活だった」

「律……?」

「この半年間、記憶力のいいこの俺が千愛希の体を鮮明に頭に焼き付けたままどんな思いで生活してきたことか」

 仕事中かと思える程の真顔でそう淡々と言う律に、千愛希の頬はピクピクとひきつる。

「……知らないわよ」

「俺は周とは違うから、それを用いて欲を満たすことなんかしない」

「あーはいはい。自分は真面目だって言いたいのね。でも、言ってること訴訟レベルのセクハラだからね」

「セクハラ!?」

「あんた、プライベートのコンプライアンスどうなってんのよ」

 律の手からするりと体をかわし、背を向けた千愛希は呆れながらも頬が熱くなっていることに気付いた。
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