【R18】美人過ぎる○○は今日も旦那様からの寵愛を受ける

雪村こはる

文字の大きさ
161 / 208
それぞれの門出

【5】

しおりを挟む
 パアァァァァァーーー。長い長いクラクションが鳴り響く。家のすぐ目の前を走る車は黒のワンボックス。向かい側の家までは少し距離があり、車2台がぎりぎり通れるくらいの道路である。
 そのため、対向車が来ていない時にはスピードを出す車が多かった。この車も恐らくそうだ。
 こんなスピードのまま光輝を跳ねれば、あの小さな体はダメージを負うどころでは済まない。
 茉紀は咄嗟に反応するが、麗夢を抱っこしているため思うように体が動かなかった。私はといえば、もっと手前にいてあまねくんが開けっぱなしにしているドアで通りが塞がっている。

 そんな情景がスローモーションで見えた。その瞬間、とんでもない瞬発力で戸塚さんが飛び出し、光輝を抱えて道端に転がった。
 そのすぐ後を車が通り過ぎていく。

 車はそんな状況でもスピードを緩めるでもなく、停まるわけでもなくそのまま走っていった。 

 戸塚さんはというと、光輝をすっぽりと腕の中に収めたまま、向かいの家の塀に背中をピッタリとくっつけて横向きで踞っていた。
 おそらく転がった拍子に背中を塀に打ち付けたのだろう。

「戸塚さん!」

 私達は声を揃えて戸塚さんと光輝の安否を確認しに向かう。交通を確認してから戸塚さんの元へ駆け寄る。

「いって……」

 戸塚さんはむっくりと体を起こし、腕の中にいる光輝の体も一緒に起こす。道路に座ったまま右足を立て、光輝の顔を覗き込んだ。
 当の本人は大きなクラクションと、突然の衝撃に驚いて大泣き……とはいかず「今のなに!? すっげぇ!」と目を輝かせていた。

「え……」

 私は呆然としながらその光景を見ており、あまねくんが隣で「おお、元気そうだね」と言った。茉紀は安堵して腰が抜けたのか、麗夢を抱えたままその場にすとんとへたり込んだ。
 そりゃ自分の子供が目の前で車に轢かれそうになれば、腰も抜ける。

「ねぇ! なんで! ねぇ! おじさんキバレンジャーなの!?」

 大人の気持ちなどわかる筈のない光輝は、戸塚さんの腕の中で向き直り、服の胸元を掴んで興奮している。

「き、きば? 今はキバレンジャーがはやってるの?」

 一応戦隊モノだという把握はできたようで、戸塚さんは首を傾げて光輝に尋ねた。

「キバレンジャーだよ! おれね、キバレッドになるんだよ!」

「そっか。じゃあ、強くならなきゃだなぁ」

 戸塚さんは笑顔で光輝の話に合わせている。

 す、凄い……この状況で平然と会話をするなんて、戸塚さん何者……。

「そうだよ! わるいやつ、みんなやっつける! おじさんもそう?」

 光輝、そのおじさんはただの税理士さんだよ。そんな子供の夢を壊すようなことは言えない。

「おじさんはね、キバレッドにはなれないんだよ。お仕事があるからね」

 きっと戸塚さんは、変なところが真面目なのだろう。簡単に本当のことを白状した。

「おしごとなに? おじさん、なんのおしごと?」

「税金のお仕事だよ」

「ぜいきん?」

「そうだよ。お買い物したり、お金もらったりする時には、この国にありがとうのお金をあげなきゃいけないんだよ」

「なんで?」

「だって、ここでお家を建てたり、ご飯を食べたりっていう生活をするでしょ? 住むところがないと寝る場所もないし生きていけないでしょ? だから、生きていく場所を貸してくれてありがとうをするんだよ。そのお金を守るお仕事をしてるんだよ」

「ふーん……」

 どうやら難しいようです。あたり前です。

「それより、怪我はない?」

 戸塚さんは、座ったまま光輝の脇腹を持って立たせてやる。目線が光輝の方が高くなる。

「うん! ぐるってまわったよ! ちょっとうってなったけどいたくないよ! おれ、キバレッドになるからね!」

 光輝はそんなふうに言っている。私とあまねくんは思わず笑ってしまい、茉紀はぐしゃっと髪をかきあげた。
 その内に鼻をすするような音が聞こえて、茉紀が大粒の涙を流していた。不倫に裁判に離婚に相手の再婚。こんなに怒濤のような日々が過ぎていき、挙げ句光輝に何かあったら茉紀はもう立ち直れなかっただろう。
 茉紀の気持ちが痛いほど伝わってきて、私は茉紀の隣にしゃがみ込んでそっと背中を擦った。

 とにかく光輝が無事で本当によかった。光輝だけはしゃんしゃんしているけれど。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

専属秘書は極上CEOに囚われる

有允ひろみ
恋愛
手痛い失恋をきっかけに勤めていた会社を辞めた佳乃。彼女は、すべてをリセットするために訪れた南国の島で、名も知らぬ相手と熱く濃密な一夜を経験する。しかし、どれほど強く惹かれ合っていても、行きずりの恋に未来などない――。佳乃は翌朝、黙って彼の前から姿を消した。それから五年、新たな会社で社長秘書として働く佳乃の前に、代表取締役CEOとしてあの夜の彼・敦彦が現れて!? 「今度こそ、絶対に逃さない」戸惑い距離を取ろうとする佳乃を色気たっぷりに追い詰め、彼は忘れたはずの恋心を強引に暴き出し……。執着系イケメンと生真面目OLの、過去からはじまる怒涛の溺愛ラブストーリー!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...