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愛情
【23】
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翌日仕事へ行くと、私は何も考えなくてもいいように必死に働いた。
今日は大塚さんは出勤していないし、あまねくんの家族について聞かれることもないと安堵した。
彼女には、いつ顔合わせがあるとはいっていなかったけれど、今度家族と会ってくると話してしまったため、次に会った時には聞かれるかもしれないとビクビクしていたのだ。
「はい、これで終わりですよ。ごちそうさまでした」
全介助の利用者さんに、最後の一口を食べさせる。ようやく昼食も終わり頃で、食事介助もこの方で終わりかななんて思って辺りを見渡す。
「一さん、千代さんご飯進まないみたいなんですけど……」
後ろから職員に話しかけられ、振り向く。
「え? 千代さん? いつも全部食べるじゃんね」
私の大好きな千代さんは、いつも「ご飯はまだかね?」と聞いてくる程食事を楽しみにしている。誰よりも完食するのが早くて、見守りさえいらない程だ。
「千代さん、どうしたの? 食欲ないですか?」
ご飯を一口かじってあるだけで、箸を置いてしまっている千代さん。
「悪いよ、あんた。あたしゃあなんだか食欲んないだよ」
困ったように笑う千代さん。珍しいなと思いながらも違和感が残る。箸で一口おかずをすくって口元にもっていくが、千代さんは顔をしかめて首を振る。
「千代さん、食べないと元気出ないですよ」
「そんなこと言ったってもね、腹ん空かないだもんでしょんないじゃん」
「そう……。じゃあ、お茶は? お茶なら飲める?」
いつもは何杯でも欲しがるお茶にも手をつけておらず、私はお茶を進める。
「そうだね。お茶はいただこうかね」
そう言って茶碗を受け取ってくれたものだから、少しだけ安堵したが、一口飲んでそのまま茶碗を置いてしまった。
「もういらない?」
耳元で少し大きい声で話す。
「うん、もういいです。美味しくいただきました」
そう言ってお辞儀をする千代さん。やはりどこか変だ。
千代さんのお茶だけ目の前に置いて、お膳を下げると排尿チェック表に目を通す。
0時から13時までで排尿回数は1回しかチェックされていなかった。
オムツ交換も合わせて3回は排泄介助を行っているはずだ。いつもコンスタントに排尿があるはずの千代さんがこんなに尿量が少ないのもおかしい。
「千代さん、おトイレ行きましょうか」
「今、行きたかないよ」
「でも、夜からずっと出てないから1回行っておきましょう」
「そうかえ……」
あまり元気のない千代さんをトイレ誘導し、暫く座っていてもらったが、排泄する気配はなかった。
「ねぇ、昨日の遅番って誰だっけ?」
「えー……近藤さんです」
「そう……。千代さん、様子おかしいって言ってなかった?」
「いえ……特に。千代さん、何ですかね?」
「うーん……昨日も水分摂取量少ないし、あんまり排尿ないんだよね。脱水かなぁ」
「脱水? こんな時期にですか?」
「冬でも脱水になるよ。特に高齢者は、体温調節ができにくくなるから。今厚い布団かけてるし、夜間に汗かいたなら余計に脱水になってる可能性あるからね」
「そうなんですか……」
私は、看護師のPHSへ連絡し、千代さんの状況を説明した。すぐに来てくれ、体温を測ると38.2℃だった。
「熱も出てるし、脱水かもね。今インフルエンザも落ち着いてるし、ないとは思うけど、熱が続くようなら一応隔離しなきゃだね。とりあえず、水分促してみて」
「わかりました。ありがとうございます」
看護師からも脱水かもしれないと言われ、水分を促すのだけれど、一向に飲んでくれる気配はない。私は、今度は栄養士に連絡をする。
「お疲れ様です、一です。千代さんなんですけど、脱水かもしれないんです。水分すすめたいんですけど、一向に飲んでくれなくて。なんかゼリーとかジュースとか代わりになりそうなもの提供できないですか?」
「あー……本当はダメなんですけど、ゼリーならありますよ。内緒で持っていきます」
「すみません、助かります」
施設で1人しかいない管理栄養士の佐野さんは、私と付き合いが長いこともあり、ある程度の融通を利かせてくれた。
早速もってきてくれたゼリーを提供すると「こりゃ食べんいいね」と笑顔で摂取する千代さん。
少しだけホッとし、気を利かせて数個余分に持ってきてくれたゼリーをありがたく頂戴し、全てに千代さんの名前を書かせてもらった。
夕食時にも食欲がないようなら、ゼリーを摂取してもらうよう申し送って帰宅した。
今日は大塚さんは出勤していないし、あまねくんの家族について聞かれることもないと安堵した。
彼女には、いつ顔合わせがあるとはいっていなかったけれど、今度家族と会ってくると話してしまったため、次に会った時には聞かれるかもしれないとビクビクしていたのだ。
「はい、これで終わりですよ。ごちそうさまでした」
全介助の利用者さんに、最後の一口を食べさせる。ようやく昼食も終わり頃で、食事介助もこの方で終わりかななんて思って辺りを見渡す。
「一さん、千代さんご飯進まないみたいなんですけど……」
後ろから職員に話しかけられ、振り向く。
「え? 千代さん? いつも全部食べるじゃんね」
私の大好きな千代さんは、いつも「ご飯はまだかね?」と聞いてくる程食事を楽しみにしている。誰よりも完食するのが早くて、見守りさえいらない程だ。
「千代さん、どうしたの? 食欲ないですか?」
ご飯を一口かじってあるだけで、箸を置いてしまっている千代さん。
「悪いよ、あんた。あたしゃあなんだか食欲んないだよ」
困ったように笑う千代さん。珍しいなと思いながらも違和感が残る。箸で一口おかずをすくって口元にもっていくが、千代さんは顔をしかめて首を振る。
「千代さん、食べないと元気出ないですよ」
「そんなこと言ったってもね、腹ん空かないだもんでしょんないじゃん」
「そう……。じゃあ、お茶は? お茶なら飲める?」
いつもは何杯でも欲しがるお茶にも手をつけておらず、私はお茶を進める。
「そうだね。お茶はいただこうかね」
そう言って茶碗を受け取ってくれたものだから、少しだけ安堵したが、一口飲んでそのまま茶碗を置いてしまった。
「もういらない?」
耳元で少し大きい声で話す。
「うん、もういいです。美味しくいただきました」
そう言ってお辞儀をする千代さん。やはりどこか変だ。
千代さんのお茶だけ目の前に置いて、お膳を下げると排尿チェック表に目を通す。
0時から13時までで排尿回数は1回しかチェックされていなかった。
オムツ交換も合わせて3回は排泄介助を行っているはずだ。いつもコンスタントに排尿があるはずの千代さんがこんなに尿量が少ないのもおかしい。
「千代さん、おトイレ行きましょうか」
「今、行きたかないよ」
「でも、夜からずっと出てないから1回行っておきましょう」
「そうかえ……」
あまり元気のない千代さんをトイレ誘導し、暫く座っていてもらったが、排泄する気配はなかった。
「ねぇ、昨日の遅番って誰だっけ?」
「えー……近藤さんです」
「そう……。千代さん、様子おかしいって言ってなかった?」
「いえ……特に。千代さん、何ですかね?」
「うーん……昨日も水分摂取量少ないし、あんまり排尿ないんだよね。脱水かなぁ」
「脱水? こんな時期にですか?」
「冬でも脱水になるよ。特に高齢者は、体温調節ができにくくなるから。今厚い布団かけてるし、夜間に汗かいたなら余計に脱水になってる可能性あるからね」
「そうなんですか……」
私は、看護師のPHSへ連絡し、千代さんの状況を説明した。すぐに来てくれ、体温を測ると38.2℃だった。
「熱も出てるし、脱水かもね。今インフルエンザも落ち着いてるし、ないとは思うけど、熱が続くようなら一応隔離しなきゃだね。とりあえず、水分促してみて」
「わかりました。ありがとうございます」
看護師からも脱水かもしれないと言われ、水分を促すのだけれど、一向に飲んでくれる気配はない。私は、今度は栄養士に連絡をする。
「お疲れ様です、一です。千代さんなんですけど、脱水かもしれないんです。水分すすめたいんですけど、一向に飲んでくれなくて。なんかゼリーとかジュースとか代わりになりそうなもの提供できないですか?」
「あー……本当はダメなんですけど、ゼリーならありますよ。内緒で持っていきます」
「すみません、助かります」
施設で1人しかいない管理栄養士の佐野さんは、私と付き合いが長いこともあり、ある程度の融通を利かせてくれた。
早速もってきてくれたゼリーを提供すると「こりゃ食べんいいね」と笑顔で摂取する千代さん。
少しだけホッとし、気を利かせて数個余分に持ってきてくれたゼリーをありがたく頂戴し、全てに千代さんの名前を書かせてもらった。
夕食時にも食欲がないようなら、ゼリーを摂取してもらうよう申し送って帰宅した。
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