【完結】美人過ぎる〇〇はワンコ彼氏に溺愛される

雪村こはる

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愛情

【46】

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 了承してくれた家族に感謝しながら病室に案内されれば、千代さんの周りを8人程の家族が囲んでいた。
 これは場違いかもしれない……一瞬そう思ったが、何度か見たことのある息子さんが「わざわざ来ていただいてすみません。ありがとうございます」と声をかけてくれたため、「大変な時に押しかけてしまい、申し訳ないです。一目会いたかったものですから」と軽く頭を下げた。

「今日ちょっと容体が急変しましてね……よかったら声をかけてあげてください」

 そう言って、千代さんの横を開けてくれた。
 状況を見るからに、恐らく今は最期の別れの時で、いつ亡くなってもおかしくはない状態のため、来られる家族と親族が集められたというところだろう。
 そんな場面に立ち会うことを許してくれた家族には感謝が込み上げ、目の前にいる千代さんの顔をいざ見たら、何の言葉も浮かんで来なかった。

 楽しかった思い出、たくさんあったね。そろそろ桜の季節だねなんて言うから、着ぶくれするほどに上着を着て、マフラーでぐるぐる巻きにして、近くの川沿いに河津桜を見に行ったね。
 せっかく満開なのに寒いから帰ると言う千代さんをなだめて、こっそり持ってきていたお饅頭を半分こしたね。

 ここにいたってつまらんって言うから、近くのスーパーにお菓子を買いに行ったね。
 子供みたいに両手いっぱいにお菓子を抱えて、そんなに買わないよと私が言えば、あなたはふてくされてそれを1つずつ返した。

「あんた、あたしゃあね、コーヒーが飲みたいよ」とテレビで喫茶店特集を見ながらそういうから、できたばかりのカフェに一緒に行ったね。
 その頃には自分が言ったことなんてさっぱり忘れて「こんな洒落た店に連れてってもらったことなんてないだよ」と言って嬉しそうに笑ってくれたね。

 私の顔を見ると「あたしゃあね、あんたん大好きだよ」と言って手を握ってくれるから、「私も千代さん大好きだよ」と言い返す時は、いつもよりも優しい気持ちになれたよ。

 思い出はたくさん出てくるのに、肝心な時に肝心な言葉は1つも出てこなかった。
 暖かい千代さんの手を握って「千代さん、お見舞い来たよ……」そう声をかけたけれど、頬や口唇に血液の跡があり、まだ新しい吐血の様子が伺えたものだから、また言葉に詰まり、次の言葉を探した。

「辛かったね……頑張ったね……」

 そう声をかけるのがやっとで、何も言わない千代さんの顔を見ていることしかできなかった。周りの家族は皆涙を流していて、その環境に呑み込まれそうになる。
 死期が近いことは確信に変わり、あとどのくらいもつのだろうか……そう思っている内に心電図モニターがピーと高い音をたてた。

 家族の距離がぐっと千代さんに近付いて、私の意思とは反して一気に涙が溢れた。
 一本の平行線になってしまった千代さんの波形の上にはasystoleの文字。
 心静止の意味だ。千代さんの心拍を機械が読み取れなくなった証だった。
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