【完結】美人過ぎる〇〇はワンコ彼氏に溺愛される

ラポール形成

【38】

「……だってあんな言い方……」

「そうですね。すみません」

「……ごめん、痛かったね」

　いくら咄嗟のことだったとはいえ、人の顔を叩いていい理由にはならない。少しずつ冷静さを取り戻していけば、力任せに叩いてしまった彼の頬が気になって仕方がなかった。
　手を伸ばして左頬に触れようとする。

「いいです。大丈夫ですから」

　彼は、そう言って私の手をかわすように体の向きを変え、奏ちゃんが登っていった斜面に足を踏み出した。

「でも、赤くなってるかも……」

「そうですね。驚くくらい痛かったから」

「ごめん……」

「……そんなに周のことが好きなんですね」

「え？」

「笑っちゃったけど、そこまで弟のことを想ってくれるのは嬉しいです」

　そう言って彼はまた柔らかく笑った。そんな顔をされると、もとはといえば悪いのは私を試した律くんだけれど、私の方が申し訳ない気分になる。

「うん……。あまねくんはね、初恋の人なの」

　彼の後を追うように、私も傾斜を登り始める。降りた時は何でもなかったけれど、ヒールで登るのは中々辛い。

「初恋？  付き合った人は他にもいたんじゃないんですか？」

「うん、いたんだけどね。今までの人達は、好きだと思ってたけど本気で好きなわけじゃなかったみたい」

「……何となくわかる気がします」

「本当？」

「本当。そういう意味では、俺も初恋まだなのかもしれません」

「え？  律くん、彼女いないの？」

「いないです。会うために時間作ったりするのも面倒なんで」

「……何か、律くんらしい」

　本来、律くんの印象はこっちだ。
　自分の時間を大事にしていて、効率の悪いことは嫌い。寡黙でクールで、一匹狼。そんな勝手なイメージ。それがあんなふうに笑うんだから、人の第一印象なんてあてにならない。

「俺らしい？  俺のこと何も知らないのに？」

「……知らない。勝手なイメージ」

「俺も、あなたのイメージと実物が違いすぎてちょっと戸惑っています」

「ねぇ、だからごめんって！  家着いたらちゃんと冷やしてよ？」

「はいはい」

　彼は笑いながらどんどん登っていってしまう。さすがに彼と同じペースでは困難で、徐々に彼との距離に差ができる。
　こちらをちらっと視線を移した彼がそれに気付き、上から手を差しのべられる。

　掴まれということだろうか。しかし、自らあまねくん以外の男性の手を握るのは気が引ける。

「早く。登れないんでしょ」

　そう言って彼は私の手を握り、勢いよくぐいぐい上へと引っ張り上げた。