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前進
【19】
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「あ、うん……。病院行ったの……」
「そう。風邪?」
「ううん……。会ってから言う」
すぐには言葉が出てこなかった。あまねくんの顔を見たら、もう少し素直になれる気がした。
「そっか。明日も仕事だから、シャワー浴びてから行くね」
「うん。スウェットでもいいよ」
「彼女の実家に行くのにスウェットはまずいでしょ」
あまねくんが笑ってくれる。今から会えるのが待ち遠しい。あまねくんには何度もすっぴんを見せているため、わざわざ化粧はしなかったけれど、時間をかけてスキンケアを行った。準備万端だ。
彼の電話を切り、母にもう少ししたらあまねくんがやってくることを伝えた。夕飯の支度をしていた母は、一緒に夕御飯食べてもらいなと言ってくれたため、あまねくんにその旨をラインで送った。
あまねくんがうちに挨拶に来てくれた時には、ぎすぎすしていてとても夕飯を楽しめるような状態ではなかった。今回は、父が帰ってくるよりも先にあまねくんが到着することになりそうだ。
母が説得すると言ってくれたし、私は構えずに彼との一時を大事にしようと思った。
1時間程して、家のチャイムが鳴る。急いで走っていって、玄関のドアを開ければそこには愛しい彼がいた。
「あ、まどかさんだ」
優しく微笑む彼に会うのは、何年振りかのような感覚に陥る。セットしていない髪に、服装は落ち着いた綺麗め。今となってはきっちりしたスーツ姿の方が見ることが多くなっていたため、普段着の彼を見ると特別感が増大した。
心の底から込み上げる何かが、衝動的に私を動かした。裸足のまま玄関に降り立って、あまねくんに抱きつく。
久しぶりのあまねくんの匂い。甘くて、爽やかで、いい匂いがする。
「わっ、まどかさん!?」
「会いたかった……」
「……俺もだよ。ずっと会いたかった」
そっと髪を撫でてくれる彼の手が暖かい。外は雨が降っていて、彼の服も少し濡れていた。
病院に行った時には、天気なんて気にもしなかったけれど、どんよりと曇っていたような気がした。
まだ梅雨が明けないんだ……。
今年は、入梅したわりに晴れの日が多かったから、雨なんて久しぶりに見た気がした。
「雨降ってるんだね……」
「ここのところずっと雨だよ。でも、夏はすぐそこだから、梅雨明けたら一気に暑くなりそうだね」
あまねくんは、ごく自然にこんな世間話をする。会いたくて会いたくて堪らなかったのは自分だけのような気がして、1週間前の彼と全く変わらないことが少し寂しく思えた。
「あらあら、あまねくんいらっしゃい。今丁度ご飯できたところだから食べて」
「ありがとうございます。お邪魔します」
奥から出てきた母に、私に抱きつかれたままそう言うあまねくん。
母は、この状況を見ても何を言うわけでもなく、そのままキッチンへと戻っていった。
「今日はね、エビフライだって」
「美味しそう」
見上げて背の高い彼の顔を見れば、穏やかな表情を浮かべている。雅臣からの嫌がらせもあり、私の被害についても動いてくれていて、あまねくんも相当疲れているだろうと思っていたのに、思いの外元気そうだった。
「……まどかさん、痩せた? 何か暫く見ない間に小さくなっちゃったね」
彼は、不思議そう首を傾げる。私の腰に回した腕を、自分にぎゅっと近付けて、感覚を確認しているようだった。
「うん。食欲なくてご飯食べてなかったから」
「え? 大丈夫なの?」
「うん。あまねくんと一緒にご飯って思ったら、今日はたくさん食べられそうな気がする」
「そっか。俺もまどかさんと美味しいもの食べられるの嬉しいよ」
「じゃあ、行こ? 上がって」
あまねくんをダイニングへ案内する。前回は別室の居間に招いたから、私達がいつも食事をしているダイニングへ通すのはこれが初めてだった。
「あれ? こっちは洋風なんだ……。てっきり全部和風の作りになってるのかと思った」
彼は面白いものでも見るかのように、口角を上げて辺りを見渡している。
「そう。風邪?」
「ううん……。会ってから言う」
すぐには言葉が出てこなかった。あまねくんの顔を見たら、もう少し素直になれる気がした。
「そっか。明日も仕事だから、シャワー浴びてから行くね」
「うん。スウェットでもいいよ」
「彼女の実家に行くのにスウェットはまずいでしょ」
あまねくんが笑ってくれる。今から会えるのが待ち遠しい。あまねくんには何度もすっぴんを見せているため、わざわざ化粧はしなかったけれど、時間をかけてスキンケアを行った。準備万端だ。
彼の電話を切り、母にもう少ししたらあまねくんがやってくることを伝えた。夕飯の支度をしていた母は、一緒に夕御飯食べてもらいなと言ってくれたため、あまねくんにその旨をラインで送った。
あまねくんがうちに挨拶に来てくれた時には、ぎすぎすしていてとても夕飯を楽しめるような状態ではなかった。今回は、父が帰ってくるよりも先にあまねくんが到着することになりそうだ。
母が説得すると言ってくれたし、私は構えずに彼との一時を大事にしようと思った。
1時間程して、家のチャイムが鳴る。急いで走っていって、玄関のドアを開ければそこには愛しい彼がいた。
「あ、まどかさんだ」
優しく微笑む彼に会うのは、何年振りかのような感覚に陥る。セットしていない髪に、服装は落ち着いた綺麗め。今となってはきっちりしたスーツ姿の方が見ることが多くなっていたため、普段着の彼を見ると特別感が増大した。
心の底から込み上げる何かが、衝動的に私を動かした。裸足のまま玄関に降り立って、あまねくんに抱きつく。
久しぶりのあまねくんの匂い。甘くて、爽やかで、いい匂いがする。
「わっ、まどかさん!?」
「会いたかった……」
「……俺もだよ。ずっと会いたかった」
そっと髪を撫でてくれる彼の手が暖かい。外は雨が降っていて、彼の服も少し濡れていた。
病院に行った時には、天気なんて気にもしなかったけれど、どんよりと曇っていたような気がした。
まだ梅雨が明けないんだ……。
今年は、入梅したわりに晴れの日が多かったから、雨なんて久しぶりに見た気がした。
「雨降ってるんだね……」
「ここのところずっと雨だよ。でも、夏はすぐそこだから、梅雨明けたら一気に暑くなりそうだね」
あまねくんは、ごく自然にこんな世間話をする。会いたくて会いたくて堪らなかったのは自分だけのような気がして、1週間前の彼と全く変わらないことが少し寂しく思えた。
「あらあら、あまねくんいらっしゃい。今丁度ご飯できたところだから食べて」
「ありがとうございます。お邪魔します」
奥から出てきた母に、私に抱きつかれたままそう言うあまねくん。
母は、この状況を見ても何を言うわけでもなく、そのままキッチンへと戻っていった。
「今日はね、エビフライだって」
「美味しそう」
見上げて背の高い彼の顔を見れば、穏やかな表情を浮かべている。雅臣からの嫌がらせもあり、私の被害についても動いてくれていて、あまねくんも相当疲れているだろうと思っていたのに、思いの外元気そうだった。
「……まどかさん、痩せた? 何か暫く見ない間に小さくなっちゃったね」
彼は、不思議そう首を傾げる。私の腰に回した腕を、自分にぎゅっと近付けて、感覚を確認しているようだった。
「うん。食欲なくてご飯食べてなかったから」
「え? 大丈夫なの?」
「うん。あまねくんと一緒にご飯って思ったら、今日はたくさん食べられそうな気がする」
「そっか。俺もまどかさんと美味しいもの食べられるの嬉しいよ」
「じゃあ、行こ? 上がって」
あまねくんをダイニングへ案内する。前回は別室の居間に招いたから、私達がいつも食事をしているダイニングへ通すのはこれが初めてだった。
「あれ? こっちは洋風なんだ……。てっきり全部和風の作りになってるのかと思った」
彼は面白いものでも見るかのように、口角を上げて辺りを見渡している。
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