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前進
【35】
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「お願いします」
以前、守屋家に停まっていた白塗りの高級車に乗り込んでからそう言うと、「どうぞ」と律くんは表情を変えずに言った。
律くんの車に乗せてもらうのはこれが初めてだった。つい、あまねくんにいつも乗せてもらう癖で助手席に乗ってしまったれど、ここでよかったんだろうか。
横目で律くんを見れば、まだスーツ姿だった。仕事帰りにそのまま来てくれたのだろう。
「仕事帰りだったのにごめんね」
「いえ。今ある案件ももうじき片付きそうなので、時間は作れます」
「そっか……。でも、お家の人皆に迷惑かけちゃって……」
「前にも言ったけど、周も関わっていることだからあなただけが自分を責めることはないですよ。それに、あの男のことも着々と進んでいますし」
「そうなんだ……。私、自分のことなのに、みんな律くんやお父様に任せっぱなしでなんか申し訳ないよ……」
現状、雅臣のことがどこまで進んでいるのか、全て把握できているわけではない。
私への暴行事件や、会社のこともあまねくんを含め、総出で動いてくれている。しかし、何の知識も技術もない私は、ただ皆がしてくれているのを待っているだけだ。
「そんなことないですよ。持ってきてくれたんですよね? パンフレットとサンプル」
「え? ああ、うん。律くんに言われた通り、あの人から受け取ったものは全部持ってきたよ」
「それだけで十分です。それをどうしても手に入れたかったけど、さすがに自宅や事務所の住所を教えるわけにはいかないし、かといって関係のない誰かを巻き込むわけにもいかないので」
「これ……そんなに重要なの?」
「俺の勘が正しければ。こう見えて、詐欺事件はけっこう担当してるんで。叩けば埃が出そうですね」
「そう……少しでも役に立てたならよかった」
「あの男は、賢い男です。それなりに法律の勉強もしてるから、捕まらないぎりぎりのところで悪行を繰り返しています。ただ、重なっている罪が多過ぎて、少しずつ綻び始めています。そこを一気に叩き込めれば、いくつもの罪で捕まえられるでしょう」
律くんの自信ありげな物言いに、こちらも安堵し、胸のつかえが少しとれた気がする。
「危険ではあったけど、あなたが機転を利かせてくれたおかけで、俺らもこうやって協力できてるんです。何もできないなんて思わなくていい」
「うん……。ありがとう」
言い方はぶっきらぼうだけれど、律くんだってあまねくんと同じくらい優しい。
暖かい言葉がとても嬉しい。
「それに、周があなたのためにあんなに必死なんだから。おとなしく守られてればいいんじゃないですか」
そう言って律くんは、ふっと少しだけ笑った。
横顔は相変わらずとても綺麗で、口角を上げた彼は、年下だということを忘れてしまいそうな程落ち着いている。
あまねくんの家族にそう言ってもらえたら、少しだけ赦されたような気がした。
守屋家に着くと、私はリビングに通された。あまねくんは、既に中にいる。
普段仕事で使用している車と、プライベート用の車が違うから尾行は大丈夫だろうと彼は言ったが、エントランスから出てきたシルエットは、誰がどう見たってあまねくんだ。
こんなにスタイルのいい人間はそうそういない。
変装がてら、キャップを被って、スウェットに着替えて来たと言うが、スウェットでもわかる長い足が今日は恨めしく見える。
どんな格好をしててもスタイルの良さが隠せないなんて、スーパーモデルの遺伝子は凄まじい。
「よかった、まどかさん。無事に来てくれて」
「うん。あまねくんに言われた通り、菅沼さんとお姉ちゃんには出掛けてもらったよ」
「協力してもらってごめんね」
「ううん。いつも私の方があまねくんの家族に助けられてるから。お姉ちゃんも、それくらいしかできないけどって快く引き受けてくれたよ」
うまくいけば、あの飯田という男はこのまま、対応したのが姉のさくらであると認識してくれることだろう。
以前、守屋家に停まっていた白塗りの高級車に乗り込んでからそう言うと、「どうぞ」と律くんは表情を変えずに言った。
律くんの車に乗せてもらうのはこれが初めてだった。つい、あまねくんにいつも乗せてもらう癖で助手席に乗ってしまったれど、ここでよかったんだろうか。
横目で律くんを見れば、まだスーツ姿だった。仕事帰りにそのまま来てくれたのだろう。
「仕事帰りだったのにごめんね」
「いえ。今ある案件ももうじき片付きそうなので、時間は作れます」
「そっか……。でも、お家の人皆に迷惑かけちゃって……」
「前にも言ったけど、周も関わっていることだからあなただけが自分を責めることはないですよ。それに、あの男のことも着々と進んでいますし」
「そうなんだ……。私、自分のことなのに、みんな律くんやお父様に任せっぱなしでなんか申し訳ないよ……」
現状、雅臣のことがどこまで進んでいるのか、全て把握できているわけではない。
私への暴行事件や、会社のこともあまねくんを含め、総出で動いてくれている。しかし、何の知識も技術もない私は、ただ皆がしてくれているのを待っているだけだ。
「そんなことないですよ。持ってきてくれたんですよね? パンフレットとサンプル」
「え? ああ、うん。律くんに言われた通り、あの人から受け取ったものは全部持ってきたよ」
「それだけで十分です。それをどうしても手に入れたかったけど、さすがに自宅や事務所の住所を教えるわけにはいかないし、かといって関係のない誰かを巻き込むわけにもいかないので」
「これ……そんなに重要なの?」
「俺の勘が正しければ。こう見えて、詐欺事件はけっこう担当してるんで。叩けば埃が出そうですね」
「そう……少しでも役に立てたならよかった」
「あの男は、賢い男です。それなりに法律の勉強もしてるから、捕まらないぎりぎりのところで悪行を繰り返しています。ただ、重なっている罪が多過ぎて、少しずつ綻び始めています。そこを一気に叩き込めれば、いくつもの罪で捕まえられるでしょう」
律くんの自信ありげな物言いに、こちらも安堵し、胸のつかえが少しとれた気がする。
「危険ではあったけど、あなたが機転を利かせてくれたおかけで、俺らもこうやって協力できてるんです。何もできないなんて思わなくていい」
「うん……。ありがとう」
言い方はぶっきらぼうだけれど、律くんだってあまねくんと同じくらい優しい。
暖かい言葉がとても嬉しい。
「それに、周があなたのためにあんなに必死なんだから。おとなしく守られてればいいんじゃないですか」
そう言って律くんは、ふっと少しだけ笑った。
横顔は相変わらずとても綺麗で、口角を上げた彼は、年下だということを忘れてしまいそうな程落ち着いている。
あまねくんの家族にそう言ってもらえたら、少しだけ赦されたような気がした。
守屋家に着くと、私はリビングに通された。あまねくんは、既に中にいる。
普段仕事で使用している車と、プライベート用の車が違うから尾行は大丈夫だろうと彼は言ったが、エントランスから出てきたシルエットは、誰がどう見たってあまねくんだ。
こんなにスタイルのいい人間はそうそういない。
変装がてら、キャップを被って、スウェットに着替えて来たと言うが、スウェットでもわかる長い足が今日は恨めしく見える。
どんな格好をしててもスタイルの良さが隠せないなんて、スーパーモデルの遺伝子は凄まじい。
「よかった、まどかさん。無事に来てくれて」
「うん。あまねくんに言われた通り、菅沼さんとお姉ちゃんには出掛けてもらったよ」
「協力してもらってごめんね」
「ううん。いつも私の方があまねくんの家族に助けられてるから。お姉ちゃんも、それくらいしかできないけどって快く引き受けてくれたよ」
うまくいけば、あの飯田という男はこのまま、対応したのが姉のさくらであると認識してくれることだろう。
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