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婚姻届
【43】
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「やっぱり男は、酒が飲めなきゃだめだな。今の若いやつらは、酒を勧めりゃパワハラだ何だってすぐに言う。それに比べて君はいい。さあ、飲みなさい」
「いただきます」
ハイジさんに鍛えられたからか、どれだけ勧められても表情を変えずに父と飲み続けているあまねくん。
私も強い方だと思っていたけれど、あまねくんと飲むといつも介抱されるのは私の方だしな。
空になった皿をキッチンへ運んでいく母の後を追って「何か手伝おうか?」と声をかける。
「いいのよ。今日は主役なんだから座ってなさいよ」
「いいよ、いいよ。あの通りあまねくんは捕まっちゃってるし、菅沼さんは運転手だから飲めなくてお父さんのターゲットになってるし」
「本当にどうしようもない人だね。あんなにあまねくんのこと反対してたのに」
「まあ、認めてもらったわけだから、考えが変わらない内に籍を入れるまでだけどね」
食器を洗う母と笑いながら話していると、「お母さん、これもいい?」と姉が小皿を持ってやってきた。
暫く見ない間にすっかりお腹が大きくなっている。たった数ヶ月でこんなに大きくなるのだから、妊娠とは恐ろしい。
「ねぇねぇ、もう赤ちゃん動く?」
「だいぶね。最初はわかんなかったけど、ポコポコするのが多くなってきたから動いてるんだと思うよ」
「へぇ……」
姉のお腹に触れてみる。
「……」
うんともすんともいわない。
「おーい。赤ちゃーん」
お腹に向かって叫んでから、耳を当ててみる。
「……」
静かなままだ。
「動かないじゃん!」
「ははっ、嫌われてんじゃないの?」
「何でよ!」
笑っている姉に、つい声を張る。
「あ、動いた」
「え!?」
急いで顔を近付ける。暫くじっとしているが、やはり動かない。
姉はおかしそうに、体を震わして笑っている。
「やってること拓真と一緒だからね。あの人も全然反応されないの。パパなのにねぇ」
「パパに反応しないんじゃ、私に反応するわけないじゃん」
「残念でした」
結局、私は胎動を感じることはできず、「もうちょっと大きくなったら嫌でも動き回るからわかるわよ」なんて母に慰められながら、あまねくんのもとに戻った。
居間に入ると、父はテーブルに伏せって寝ていた。あまねくんと菅沼さんは、楽しそうに雑談している。
さすがあまねくんだ。もう菅沼さんと仲良くなったようだった。やはり、彼のコミュニケーション能力は年齢関係ないんだろうなと感心する。
「あ、まどかさん。お父さん寝ちゃった」
私の姿を見つけた彼は、愛くるしい笑顔を私に向けた。
「うん。ごめんね。けっこう付き合わされたでしょ。大丈夫?」
傍に寄り、両頬を両手で包み込んだ。ほんのり熱を帯びている感じがするが、見た目にはわからない。
「手、冷たくて気持ちいい。お手伝いしてきたの?」
「ううん。結局お母さんが1人でやってくれてる。あまねくん、本当にお酒強いね」
「ハイジさんと飲む機会も減ったから、昔より弱くなったくらいだよ。あんまり顔に出ないって言われるけど、俺もけっこう酔ってるかも」
私に顔を包まれたまま、美しい笑顔を見せてくれる。ゆっくり瞬きする姿を見れば、眠いのを我慢しているようにも思えた。
「そうみたいね。お疲れ様。ずっと気を張ってたから疲れたでしょ? お父さんも寝ちゃったことだし、今日はお開きにしてゆっくりしようか。菅沼さんも、今日はありがとうございました」
彼から手を離し、菅沼さんの方に視線を向ける。
「いえいえ。まどかちゃんも元気になったみたいでよかったよ。それにしても初々しくていいねぇ。今更だけど、俺も付き合いたてくらいで結婚しとけばよかったかなぁ」
菅沼さんは、右手の親指と人差し指で顎を挟み、首を傾げて笑った。
「お姉ちゃんと菅沼さんは何ですぐ結婚しなかったんでしたっけ?」
「君のお姉さんが、仕事を頑張りたいから結婚はまだ先でいいって言ったんだよ」
目を瞑って深く頷く菅沼さん。そうでしたか……。それはそれは……。
「ちょっと男勝りなところあるからねぇ。ガツガツ仕事するし、残業も難なくこなすし、家にも仕事持ち込むし。男の俺がげんなりするくらい仕事するからさ……完全にタイミング見失ったよね。まあ、同棲してくれただけいいと思わないとなのかもしれないけどね」
そう言いながらも菅沼さんは嬉しそうだ。「仕事を頑張るさくらが好き」そう菅沼さんが姉に話したことを私は知っている。
結婚のタイミングを見失ったなんて言っているけれど、私にしてみれば絶妙なタイミングに思えてならない。
姉は子供ができて嬉しそうだし、逆に子供ができなければいつまでも仕事に夢中になっていそうだから。
後からやってきた姉と共に実家を後にする菅沼さんを、あまねくんと母と見送る。
ようやく一息つけた気がして、あまねくんを見上げれば、彼も心底安堵したような表情を浮かべていた。
「いただきます」
ハイジさんに鍛えられたからか、どれだけ勧められても表情を変えずに父と飲み続けているあまねくん。
私も強い方だと思っていたけれど、あまねくんと飲むといつも介抱されるのは私の方だしな。
空になった皿をキッチンへ運んでいく母の後を追って「何か手伝おうか?」と声をかける。
「いいのよ。今日は主役なんだから座ってなさいよ」
「いいよ、いいよ。あの通りあまねくんは捕まっちゃってるし、菅沼さんは運転手だから飲めなくてお父さんのターゲットになってるし」
「本当にどうしようもない人だね。あんなにあまねくんのこと反対してたのに」
「まあ、認めてもらったわけだから、考えが変わらない内に籍を入れるまでだけどね」
食器を洗う母と笑いながら話していると、「お母さん、これもいい?」と姉が小皿を持ってやってきた。
暫く見ない間にすっかりお腹が大きくなっている。たった数ヶ月でこんなに大きくなるのだから、妊娠とは恐ろしい。
「ねぇねぇ、もう赤ちゃん動く?」
「だいぶね。最初はわかんなかったけど、ポコポコするのが多くなってきたから動いてるんだと思うよ」
「へぇ……」
姉のお腹に触れてみる。
「……」
うんともすんともいわない。
「おーい。赤ちゃーん」
お腹に向かって叫んでから、耳を当ててみる。
「……」
静かなままだ。
「動かないじゃん!」
「ははっ、嫌われてんじゃないの?」
「何でよ!」
笑っている姉に、つい声を張る。
「あ、動いた」
「え!?」
急いで顔を近付ける。暫くじっとしているが、やはり動かない。
姉はおかしそうに、体を震わして笑っている。
「やってること拓真と一緒だからね。あの人も全然反応されないの。パパなのにねぇ」
「パパに反応しないんじゃ、私に反応するわけないじゃん」
「残念でした」
結局、私は胎動を感じることはできず、「もうちょっと大きくなったら嫌でも動き回るからわかるわよ」なんて母に慰められながら、あまねくんのもとに戻った。
居間に入ると、父はテーブルに伏せって寝ていた。あまねくんと菅沼さんは、楽しそうに雑談している。
さすがあまねくんだ。もう菅沼さんと仲良くなったようだった。やはり、彼のコミュニケーション能力は年齢関係ないんだろうなと感心する。
「あ、まどかさん。お父さん寝ちゃった」
私の姿を見つけた彼は、愛くるしい笑顔を私に向けた。
「うん。ごめんね。けっこう付き合わされたでしょ。大丈夫?」
傍に寄り、両頬を両手で包み込んだ。ほんのり熱を帯びている感じがするが、見た目にはわからない。
「手、冷たくて気持ちいい。お手伝いしてきたの?」
「ううん。結局お母さんが1人でやってくれてる。あまねくん、本当にお酒強いね」
「ハイジさんと飲む機会も減ったから、昔より弱くなったくらいだよ。あんまり顔に出ないって言われるけど、俺もけっこう酔ってるかも」
私に顔を包まれたまま、美しい笑顔を見せてくれる。ゆっくり瞬きする姿を見れば、眠いのを我慢しているようにも思えた。
「そうみたいね。お疲れ様。ずっと気を張ってたから疲れたでしょ? お父さんも寝ちゃったことだし、今日はお開きにしてゆっくりしようか。菅沼さんも、今日はありがとうございました」
彼から手を離し、菅沼さんの方に視線を向ける。
「いえいえ。まどかちゃんも元気になったみたいでよかったよ。それにしても初々しくていいねぇ。今更だけど、俺も付き合いたてくらいで結婚しとけばよかったかなぁ」
菅沼さんは、右手の親指と人差し指で顎を挟み、首を傾げて笑った。
「お姉ちゃんと菅沼さんは何ですぐ結婚しなかったんでしたっけ?」
「君のお姉さんが、仕事を頑張りたいから結婚はまだ先でいいって言ったんだよ」
目を瞑って深く頷く菅沼さん。そうでしたか……。それはそれは……。
「ちょっと男勝りなところあるからねぇ。ガツガツ仕事するし、残業も難なくこなすし、家にも仕事持ち込むし。男の俺がげんなりするくらい仕事するからさ……完全にタイミング見失ったよね。まあ、同棲してくれただけいいと思わないとなのかもしれないけどね」
そう言いながらも菅沼さんは嬉しそうだ。「仕事を頑張るさくらが好き」そう菅沼さんが姉に話したことを私は知っている。
結婚のタイミングを見失ったなんて言っているけれど、私にしてみれば絶妙なタイミングに思えてならない。
姉は子供ができて嬉しそうだし、逆に子供ができなければいつまでも仕事に夢中になっていそうだから。
後からやってきた姉と共に実家を後にする菅沼さんを、あまねくんと母と見送る。
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