258 / 289
婚姻届
【43】
しおりを挟む
「やっぱり男は、酒が飲めなきゃだめだな。今の若いやつらは、酒を勧めりゃパワハラだ何だってすぐに言う。それに比べて君はいい。さあ、飲みなさい」
「いただきます」
ハイジさんに鍛えられたからか、どれだけ勧められても表情を変えずに父と飲み続けているあまねくん。
私も強い方だと思っていたけれど、あまねくんと飲むといつも介抱されるのは私の方だしな。
空になった皿をキッチンへ運んでいく母の後を追って「何か手伝おうか?」と声をかける。
「いいのよ。今日は主役なんだから座ってなさいよ」
「いいよ、いいよ。あの通りあまねくんは捕まっちゃってるし、菅沼さんは運転手だから飲めなくてお父さんのターゲットになってるし」
「本当にどうしようもない人だね。あんなにあまねくんのこと反対してたのに」
「まあ、認めてもらったわけだから、考えが変わらない内に籍を入れるまでだけどね」
食器を洗う母と笑いながら話していると、「お母さん、これもいい?」と姉が小皿を持ってやってきた。
暫く見ない間にすっかりお腹が大きくなっている。たった数ヶ月でこんなに大きくなるのだから、妊娠とは恐ろしい。
「ねぇねぇ、もう赤ちゃん動く?」
「だいぶね。最初はわかんなかったけど、ポコポコするのが多くなってきたから動いてるんだと思うよ」
「へぇ……」
姉のお腹に触れてみる。
「……」
うんともすんともいわない。
「おーい。赤ちゃーん」
お腹に向かって叫んでから、耳を当ててみる。
「……」
静かなままだ。
「動かないじゃん!」
「ははっ、嫌われてんじゃないの?」
「何でよ!」
笑っている姉に、つい声を張る。
「あ、動いた」
「え!?」
急いで顔を近付ける。暫くじっとしているが、やはり動かない。
姉はおかしそうに、体を震わして笑っている。
「やってること拓真と一緒だからね。あの人も全然反応されないの。パパなのにねぇ」
「パパに反応しないんじゃ、私に反応するわけないじゃん」
「残念でした」
結局、私は胎動を感じることはできず、「もうちょっと大きくなったら嫌でも動き回るからわかるわよ」なんて母に慰められながら、あまねくんのもとに戻った。
居間に入ると、父はテーブルに伏せって寝ていた。あまねくんと菅沼さんは、楽しそうに雑談している。
さすがあまねくんだ。もう菅沼さんと仲良くなったようだった。やはり、彼のコミュニケーション能力は年齢関係ないんだろうなと感心する。
「あ、まどかさん。お父さん寝ちゃった」
私の姿を見つけた彼は、愛くるしい笑顔を私に向けた。
「うん。ごめんね。けっこう付き合わされたでしょ。大丈夫?」
傍に寄り、両頬を両手で包み込んだ。ほんのり熱を帯びている感じがするが、見た目にはわからない。
「手、冷たくて気持ちいい。お手伝いしてきたの?」
「ううん。結局お母さんが1人でやってくれてる。あまねくん、本当にお酒強いね」
「ハイジさんと飲む機会も減ったから、昔より弱くなったくらいだよ。あんまり顔に出ないって言われるけど、俺もけっこう酔ってるかも」
私に顔を包まれたまま、美しい笑顔を見せてくれる。ゆっくり瞬きする姿を見れば、眠いのを我慢しているようにも思えた。
「そうみたいね。お疲れ様。ずっと気を張ってたから疲れたでしょ? お父さんも寝ちゃったことだし、今日はお開きにしてゆっくりしようか。菅沼さんも、今日はありがとうございました」
彼から手を離し、菅沼さんの方に視線を向ける。
「いえいえ。まどかちゃんも元気になったみたいでよかったよ。それにしても初々しくていいねぇ。今更だけど、俺も付き合いたてくらいで結婚しとけばよかったかなぁ」
菅沼さんは、右手の親指と人差し指で顎を挟み、首を傾げて笑った。
「お姉ちゃんと菅沼さんは何ですぐ結婚しなかったんでしたっけ?」
「君のお姉さんが、仕事を頑張りたいから結婚はまだ先でいいって言ったんだよ」
目を瞑って深く頷く菅沼さん。そうでしたか……。それはそれは……。
「ちょっと男勝りなところあるからねぇ。ガツガツ仕事するし、残業も難なくこなすし、家にも仕事持ち込むし。男の俺がげんなりするくらい仕事するからさ……完全にタイミング見失ったよね。まあ、同棲してくれただけいいと思わないとなのかもしれないけどね」
そう言いながらも菅沼さんは嬉しそうだ。「仕事を頑張るさくらが好き」そう菅沼さんが姉に話したことを私は知っている。
結婚のタイミングを見失ったなんて言っているけれど、私にしてみれば絶妙なタイミングに思えてならない。
姉は子供ができて嬉しそうだし、逆に子供ができなければいつまでも仕事に夢中になっていそうだから。
後からやってきた姉と共に実家を後にする菅沼さんを、あまねくんと母と見送る。
ようやく一息つけた気がして、あまねくんを見上げれば、彼も心底安堵したような表情を浮かべていた。
「いただきます」
ハイジさんに鍛えられたからか、どれだけ勧められても表情を変えずに父と飲み続けているあまねくん。
私も強い方だと思っていたけれど、あまねくんと飲むといつも介抱されるのは私の方だしな。
空になった皿をキッチンへ運んでいく母の後を追って「何か手伝おうか?」と声をかける。
「いいのよ。今日は主役なんだから座ってなさいよ」
「いいよ、いいよ。あの通りあまねくんは捕まっちゃってるし、菅沼さんは運転手だから飲めなくてお父さんのターゲットになってるし」
「本当にどうしようもない人だね。あんなにあまねくんのこと反対してたのに」
「まあ、認めてもらったわけだから、考えが変わらない内に籍を入れるまでだけどね」
食器を洗う母と笑いながら話していると、「お母さん、これもいい?」と姉が小皿を持ってやってきた。
暫く見ない間にすっかりお腹が大きくなっている。たった数ヶ月でこんなに大きくなるのだから、妊娠とは恐ろしい。
「ねぇねぇ、もう赤ちゃん動く?」
「だいぶね。最初はわかんなかったけど、ポコポコするのが多くなってきたから動いてるんだと思うよ」
「へぇ……」
姉のお腹に触れてみる。
「……」
うんともすんともいわない。
「おーい。赤ちゃーん」
お腹に向かって叫んでから、耳を当ててみる。
「……」
静かなままだ。
「動かないじゃん!」
「ははっ、嫌われてんじゃないの?」
「何でよ!」
笑っている姉に、つい声を張る。
「あ、動いた」
「え!?」
急いで顔を近付ける。暫くじっとしているが、やはり動かない。
姉はおかしそうに、体を震わして笑っている。
「やってること拓真と一緒だからね。あの人も全然反応されないの。パパなのにねぇ」
「パパに反応しないんじゃ、私に反応するわけないじゃん」
「残念でした」
結局、私は胎動を感じることはできず、「もうちょっと大きくなったら嫌でも動き回るからわかるわよ」なんて母に慰められながら、あまねくんのもとに戻った。
居間に入ると、父はテーブルに伏せって寝ていた。あまねくんと菅沼さんは、楽しそうに雑談している。
さすがあまねくんだ。もう菅沼さんと仲良くなったようだった。やはり、彼のコミュニケーション能力は年齢関係ないんだろうなと感心する。
「あ、まどかさん。お父さん寝ちゃった」
私の姿を見つけた彼は、愛くるしい笑顔を私に向けた。
「うん。ごめんね。けっこう付き合わされたでしょ。大丈夫?」
傍に寄り、両頬を両手で包み込んだ。ほんのり熱を帯びている感じがするが、見た目にはわからない。
「手、冷たくて気持ちいい。お手伝いしてきたの?」
「ううん。結局お母さんが1人でやってくれてる。あまねくん、本当にお酒強いね」
「ハイジさんと飲む機会も減ったから、昔より弱くなったくらいだよ。あんまり顔に出ないって言われるけど、俺もけっこう酔ってるかも」
私に顔を包まれたまま、美しい笑顔を見せてくれる。ゆっくり瞬きする姿を見れば、眠いのを我慢しているようにも思えた。
「そうみたいね。お疲れ様。ずっと気を張ってたから疲れたでしょ? お父さんも寝ちゃったことだし、今日はお開きにしてゆっくりしようか。菅沼さんも、今日はありがとうございました」
彼から手を離し、菅沼さんの方に視線を向ける。
「いえいえ。まどかちゃんも元気になったみたいでよかったよ。それにしても初々しくていいねぇ。今更だけど、俺も付き合いたてくらいで結婚しとけばよかったかなぁ」
菅沼さんは、右手の親指と人差し指で顎を挟み、首を傾げて笑った。
「お姉ちゃんと菅沼さんは何ですぐ結婚しなかったんでしたっけ?」
「君のお姉さんが、仕事を頑張りたいから結婚はまだ先でいいって言ったんだよ」
目を瞑って深く頷く菅沼さん。そうでしたか……。それはそれは……。
「ちょっと男勝りなところあるからねぇ。ガツガツ仕事するし、残業も難なくこなすし、家にも仕事持ち込むし。男の俺がげんなりするくらい仕事するからさ……完全にタイミング見失ったよね。まあ、同棲してくれただけいいと思わないとなのかもしれないけどね」
そう言いながらも菅沼さんは嬉しそうだ。「仕事を頑張るさくらが好き」そう菅沼さんが姉に話したことを私は知っている。
結婚のタイミングを見失ったなんて言っているけれど、私にしてみれば絶妙なタイミングに思えてならない。
姉は子供ができて嬉しそうだし、逆に子供ができなければいつまでも仕事に夢中になっていそうだから。
後からやってきた姉と共に実家を後にする菅沼さんを、あまねくんと母と見送る。
ようやく一息つけた気がして、あまねくんを見上げれば、彼も心底安堵したような表情を浮かべていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ナイトプールで熱い夜
狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる