20 / 275
いざ、潤銘郷へ【4】
しおりを挟む
「ごめんなさい。潤銘郷までの距離がわからない故、これ以上の体力は使えません」
「だろうな。……怖くはないのか?」
「どうでしょうか。……今はそれしかすることがありませんから」
澪は真っ直ぐ前を見て言う。怖い、怖くないではない。勧玄の約束を果たすためには、潤銘郷に行かなければならないのだ。そういった感情は湧いてはこなかった。
「変わった娘だ。姫らしくない」
「姫らしい生活をしたことなどもう覚えていません。私は城から離れて城下の村で暮らしていた年の方が長いので」
「……城下?」
予想もしていなかった澪の言葉に、瑛梓は目を見張る。澪も隠すつもりはなかった。初めから姫らしい格好もしておらず、上品な言葉使いも上手くできない。
そして現在歩澄の家臣が匠閃郷の情勢を調べているのであれば、何年もの間姫が城を不在にしていたことなどすぐにわかるだろうと思ったのだ。
「はい。ですから、姫と言っても名ばかりで殆ど町娘と変わりありません。こうして馬にも乗りますからね」
澪の言葉に、瑛梓は確かにと納得させられた。郷の姫であれば、上品に麗しく教養を受け、このように馬になど乗らない。
瑛梓は、謎だらけの姫を見て思わず笑みが溢れた。「変わった娘だ」そう言って笑った。
「二度目ですよ。失礼です」
「それは悪かった。家族を殺され、私達を恨んではいないのか?」
「恨んでなどいません。己の身も守れぬ者が、民を守れるわけがありませんから」
無表情で言ってのけた澪に、瑛梓は更に驚かされる。
「……匠閃城で何があった?」
「今は言うつもりはありません。恨んでなどいませんが、信用もしていませんので」
「……お互いにな」
瑛梓はふっと笑う。本当に変わった娘だと思った。姫らしくもなければ、女性らしくもない。
瑛梓の生まれた潤銘郷の女人は皆、派手に着飾り綺麗な物を好む。装飾品を集め、身に付けることで輝く宝石と同等の価値が自分にはあると見せつける。
甘い香りと上品な佇まい。それが通常の女性のあるべき姿だと捉えてきた。
しかし、隣にいる娘は馬を乗りこなし、刀を振る。優れた跳躍力を持ち、凛々しい目付きをする。こんな女性を見たのは初めてだった。
幼い頃から好機の目で見られることが多かった瑛梓。それは言うまでもなくその容姿のせいである。
瑛梓と梓月の母親は、隣国の姫だった。父親が貿易で隣国に渡った際に恋に落ち、潤銘郷へ連れ帰ってきた。しかし、母親は体が弱く瑛梓が五歳の時、梓月を産むと同時に亡くなった。
その頃はまだ現在程異国の文化が盛んではなかった。父親よりも母親の血を多く含んだ瑛梓と梓月は、都の貴族達に気味悪がられ、影口を叩かれて育った。
父親は、母親に心底惚れており、梓月を産んで死んだことから梓月が母親を殺したと梓月を虐げた。
暴力行為が日常的であった父親から身を守るため、二人は暇がある限り体を鍛え、独学で剣術を学んだ。瑛梓のすぐ下には今年二十歳を迎える妹の梓乃がいる。
妹は特に母親と瓜二つであり、彼女が十三の頃、父親は梓乃を母親の代わりに乱暴しようとした。
瑛梓と梓月が稽古を終えて帰宅すると、仕事で外に出ている筈の父親が梓乃を組敷いているところに出くわしたのだ。悲鳴を上げて泣きじゃくる妹の姿を見て逆上した瑛梓は、置いてあった父の刀を手に取った。妹に覆い被さる醜悪なその男の喉を躊躇なくかっ切ったのだった。
辺り一面血の海と化し、梓乃と梓月は怯えたような目をしたが、すぐに瑛梓に飛び付き自分達を救ってくれたことに感謝の言葉を繰り返した。
「だろうな。……怖くはないのか?」
「どうでしょうか。……今はそれしかすることがありませんから」
澪は真っ直ぐ前を見て言う。怖い、怖くないではない。勧玄の約束を果たすためには、潤銘郷に行かなければならないのだ。そういった感情は湧いてはこなかった。
「変わった娘だ。姫らしくない」
「姫らしい生活をしたことなどもう覚えていません。私は城から離れて城下の村で暮らしていた年の方が長いので」
「……城下?」
予想もしていなかった澪の言葉に、瑛梓は目を見張る。澪も隠すつもりはなかった。初めから姫らしい格好もしておらず、上品な言葉使いも上手くできない。
そして現在歩澄の家臣が匠閃郷の情勢を調べているのであれば、何年もの間姫が城を不在にしていたことなどすぐにわかるだろうと思ったのだ。
「はい。ですから、姫と言っても名ばかりで殆ど町娘と変わりありません。こうして馬にも乗りますからね」
澪の言葉に、瑛梓は確かにと納得させられた。郷の姫であれば、上品に麗しく教養を受け、このように馬になど乗らない。
瑛梓は、謎だらけの姫を見て思わず笑みが溢れた。「変わった娘だ」そう言って笑った。
「二度目ですよ。失礼です」
「それは悪かった。家族を殺され、私達を恨んではいないのか?」
「恨んでなどいません。己の身も守れぬ者が、民を守れるわけがありませんから」
無表情で言ってのけた澪に、瑛梓は更に驚かされる。
「……匠閃城で何があった?」
「今は言うつもりはありません。恨んでなどいませんが、信用もしていませんので」
「……お互いにな」
瑛梓はふっと笑う。本当に変わった娘だと思った。姫らしくもなければ、女性らしくもない。
瑛梓の生まれた潤銘郷の女人は皆、派手に着飾り綺麗な物を好む。装飾品を集め、身に付けることで輝く宝石と同等の価値が自分にはあると見せつける。
甘い香りと上品な佇まい。それが通常の女性のあるべき姿だと捉えてきた。
しかし、隣にいる娘は馬を乗りこなし、刀を振る。優れた跳躍力を持ち、凛々しい目付きをする。こんな女性を見たのは初めてだった。
幼い頃から好機の目で見られることが多かった瑛梓。それは言うまでもなくその容姿のせいである。
瑛梓と梓月の母親は、隣国の姫だった。父親が貿易で隣国に渡った際に恋に落ち、潤銘郷へ連れ帰ってきた。しかし、母親は体が弱く瑛梓が五歳の時、梓月を産むと同時に亡くなった。
その頃はまだ現在程異国の文化が盛んではなかった。父親よりも母親の血を多く含んだ瑛梓と梓月は、都の貴族達に気味悪がられ、影口を叩かれて育った。
父親は、母親に心底惚れており、梓月を産んで死んだことから梓月が母親を殺したと梓月を虐げた。
暴力行為が日常的であった父親から身を守るため、二人は暇がある限り体を鍛え、独学で剣術を学んだ。瑛梓のすぐ下には今年二十歳を迎える妹の梓乃がいる。
妹は特に母親と瓜二つであり、彼女が十三の頃、父親は梓乃を母親の代わりに乱暴しようとした。
瑛梓と梓月が稽古を終えて帰宅すると、仕事で外に出ている筈の父親が梓乃を組敷いているところに出くわしたのだ。悲鳴を上げて泣きじゃくる妹の姿を見て逆上した瑛梓は、置いてあった父の刀を手に取った。妹に覆い被さる醜悪なその男の喉を躊躇なくかっ切ったのだった。
辺り一面血の海と化し、梓乃と梓月は怯えたような目をしたが、すぐに瑛梓に飛び付き自分達を救ってくれたことに感謝の言葉を繰り返した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる