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いざ、潤銘郷へ【4】

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「ごめんなさい。潤銘郷までの距離がわからない故、これ以上の体力は使えません」

「だろうな。……怖くはないのか?」

「どうでしょうか。……今はそれしかすることがありませんから」

 澪は真っ直ぐ前を見て言う。怖い、怖くないではない。勧玄の約束を果たすためには、潤銘郷に行かなければならないのだ。そういった感情は湧いてはこなかった。 

「変わった娘だ。姫らしくない」

「姫らしい生活をしたことなどもう覚えていません。私は城から離れて城下の村で暮らしていた年の方が長いので」

「……城下?」

 予想もしていなかった澪の言葉に、瑛梓は目を見張る。澪も隠すつもりはなかった。初めから姫らしい格好もしておらず、上品な言葉使いも上手くできない。
 そして現在歩澄の家臣が匠閃郷の情勢を調べているのであれば、何年もの間姫が城を不在にしていたことなどすぐにわかるだろうと思ったのだ。

「はい。ですから、姫と言っても名ばかりで殆ど町娘と変わりありません。こうして馬にも乗りますからね」

 澪の言葉に、瑛梓は確かにと納得させられた。郷の姫であれば、上品に麗しく教養を受け、このように馬になど乗らない。
 瑛梓は、謎だらけの姫を見て思わず笑みが溢れた。「変わった娘だ」そう言って笑った。

「二度目ですよ。失礼です」

「それは悪かった。家族を殺され、私達を恨んではいないのか?」

「恨んでなどいません。己の身も守れぬ者が、民を守れるわけがありませんから」

 無表情で言ってのけた澪に、瑛梓は更に驚かされる。

「……匠閃城で何があった?」

「今は言うつもりはありません。恨んでなどいませんが、信用もしていませんので」

「……お互いにな」

 瑛梓はふっと笑う。本当に変わった娘だと思った。姫らしくもなければ、女性らしくもない。
 瑛梓の生まれた潤銘郷の女人は皆、派手に着飾り綺麗な物を好む。装飾品を集め、身に付けることで輝く宝石と同等の価値が自分にはあると見せつける。
 甘い香りと上品な佇まい。それが通常の女性のあるべき姿だと捉えてきた。
 しかし、隣にいる娘は馬を乗りこなし、刀を振る。優れた跳躍力を持ち、凛々しい目付きをする。こんな女性を見たのは初めてだった。
 
 幼い頃から好機の目で見られることが多かった瑛梓。それは言うまでもなくその容姿のせいである。
 瑛梓と梓月の母親は、隣国の姫だった。父親が貿易で隣国に渡った際に恋に落ち、潤銘郷へ連れ帰ってきた。しかし、母親は体が弱く瑛梓が五歳の時、梓月を産むと同時に亡くなった。
 その頃はまだ現在程異国の文化が盛んではなかった。父親よりも母親の血を多く含んだ瑛梓と梓月は、都の貴族達に気味悪がられ、影口を叩かれて育った。

 父親は、母親に心底惚れており、梓月を産んで死んだことから梓月が母親を殺したと梓月を虐げた。
 暴力行為が日常的であった父親から身を守るため、二人は暇がある限り体を鍛え、独学で剣術を学んだ。瑛梓のすぐ下には今年二十歳を迎える妹の梓乃しのがいる。
 妹は特に母親と瓜二つであり、彼女が十三の頃、父親は梓乃を母親の代わりに乱暴しようとした。
 瑛梓と梓月が稽古を終えて帰宅すると、仕事で外に出ている筈の父親が梓乃を組敷いているところに出くわしたのだ。悲鳴を上げて泣きじゃくる妹の姿を見て逆上した瑛梓は、置いてあった父の刀を手に取った。妹に覆い被さる醜悪なその男の喉を躊躇なくかっ切ったのだった。

 辺り一面血の海と化し、梓乃と梓月は怯えたような目をしたが、すぐに瑛梓に飛び付き自分達を救ってくれたことに感謝の言葉を繰り返した。
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