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いざ、潤銘郷へ【13】
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「ご統主様だけじゃない。瑛梓様だって、梓月様だって……」
「瑛梓様……? あの、髪の長い方?」
「そうだ。瑛梓様は素晴らしいお方だ! 慈悲深くて、穏やかで、俺達にだって優しくしてくれる。それでいて強くて、美しくて……」
興奮して早口になった五平はふと我に返り、はっと口を噤む。みるみる内に五平の顔面は紅潮し、顔を伏せ膝とにらめっこをしている。
そんな五平の様子を見て、澪はくすくすと笑う。
「おい、笑うな!」
「ふふ。大好きなんですね、その瑛梓様のこと」
「馬鹿野郎……大好きとか、そんなんじゃ……」
五平は、もごもごと恥ずかしそうに口ごもった。
澪にはよくわかる。澪とて勧玄の事が大好きだったのだから。尊敬できる主と共に戦えるなんて、幸せ者めと澪は羨ましくなる。
「では、梓月様というのは?」
「梓月様は琥太郎の親方様だ」
「ふーん……。強いのですか?」
(瑛梓様って人の家来じゃなかったのか……)
「当たり前だろ! 梓月様は凄いんだぞ! 琥太郎と同じ年の頃には歩澄様の重臣に抜擢されたんだ!」
(この人たちの話になるとむきになる……)
澪は、笑いを堪え「では、その方に謝らなければなりませんね。琥太郎を気絶させたりして」と言った。
「……やっぱり何かしたんじゃねぇか! 殴ったのか!? おい、殴ったのか!?」
声を荒げて目をひん剥き、澪に噛みつく。
澪は胸の前で両手を掲げ「大袈裟な。少し小突いただけですよ」と言った。
「この野郎! 瑛梓様に言いつけてやる!」
「知ってますよ、あの方は」
「え……?」
澪の言葉に急に大人しくなる五平。腰を浮かせた体を、元の位置に戻した。
「気絶させたことも、馬を奪ったことも理解しています。瑛梓様も、ご統主様も」
「……そうか」
五平は、あの方々が気付かない筈がないかとふと冷静になったのだ。
「ですから、謝ると言っているではありませんか。それで、その梓月様というのはどこへ?」
「今、匠閃郷の政について調べている」
五平の言葉を聞いて、澪は匠閃城を後にする時、澪に微笑みかけた男の姿を思い出した。
「ああ……あの人。瑛梓様って方と似ていますね」
「……見たのか? 兄弟だからな」
「兄弟? 兄弟で統主の重臣に?」
「そうだ。あの方々は偉大だ。梓月様だって、瑛梓様の家来の俺達に声をかけてくださる。俺達は恵まれている。徳昂様のところなんか……」
そこまで言って、五平はまたはっとしたように口を噤んだ。
「……よく口を滑らせますね」
「うるさい!」
袖で口元を覆う五平に、澪は呆れて息を漏らす。
「徳昂様とは私が戦った方ですよね?」
「……そうだ」
「大体想像はつきます。あの方の家来は酷い扱いを受けているのでしょう?」
「……何で」
「あの自分よがりな刀の振り方、往生際の悪さ。短気で自己中心的な性格がよく出ている戦い方です。気品が全くない」
「そこまで言わなくても……」
「だからきっと、自分の家来も大切にはしないのでしょうね」
「……家来は主を選べるから、徳昂様の家来はそういう男らしい徳昂様に憧れてついていってるんだ」
「男らしい?」
「ああ。徳昂様の家来は……その、頭にくるが瑛梓様や梓月様のことを女みたいで男らしさがないだとか、生ぬるいことばかり言っていて格好悪いだとか言うやつが多い」
(主が主なら、家来も家来か……)
澪は、容易に想像のつくその情景に何度か頷く。
「瑛梓様は、気にするなって、言いたい奴には言わせておけって言うけど……俺は納得できない。あいつらが自ら望んで徳昂様に仕えてるのはわかる。
でも、徳昂様はそれを当然だと思ってるし、あいつらも不当な扱いをされていても仕方がないと諦めている。そんなの、間違ってる!」
「間違ってなどいませんよ」
「……なんだと?」
「主とはそういうものです。家来は主に従い、それについていく。納得ができないのであれば仕える相手を変えるべき」
「……ふん。さすがは姫様だな。主の気持ちはわかっても家来の気持ちなんてわからないのだろうな」
五平は、面白くなさそうに奥歯を噛み締めた。澪は、そんな五平を横目に表情を変えない。
「瑛梓様……? あの、髪の長い方?」
「そうだ。瑛梓様は素晴らしいお方だ! 慈悲深くて、穏やかで、俺達にだって優しくしてくれる。それでいて強くて、美しくて……」
興奮して早口になった五平はふと我に返り、はっと口を噤む。みるみる内に五平の顔面は紅潮し、顔を伏せ膝とにらめっこをしている。
そんな五平の様子を見て、澪はくすくすと笑う。
「おい、笑うな!」
「ふふ。大好きなんですね、その瑛梓様のこと」
「馬鹿野郎……大好きとか、そんなんじゃ……」
五平は、もごもごと恥ずかしそうに口ごもった。
澪にはよくわかる。澪とて勧玄の事が大好きだったのだから。尊敬できる主と共に戦えるなんて、幸せ者めと澪は羨ましくなる。
「では、梓月様というのは?」
「梓月様は琥太郎の親方様だ」
「ふーん……。強いのですか?」
(瑛梓様って人の家来じゃなかったのか……)
「当たり前だろ! 梓月様は凄いんだぞ! 琥太郎と同じ年の頃には歩澄様の重臣に抜擢されたんだ!」
(この人たちの話になるとむきになる……)
澪は、笑いを堪え「では、その方に謝らなければなりませんね。琥太郎を気絶させたりして」と言った。
「……やっぱり何かしたんじゃねぇか! 殴ったのか!? おい、殴ったのか!?」
声を荒げて目をひん剥き、澪に噛みつく。
澪は胸の前で両手を掲げ「大袈裟な。少し小突いただけですよ」と言った。
「この野郎! 瑛梓様に言いつけてやる!」
「知ってますよ、あの方は」
「え……?」
澪の言葉に急に大人しくなる五平。腰を浮かせた体を、元の位置に戻した。
「気絶させたことも、馬を奪ったことも理解しています。瑛梓様も、ご統主様も」
「……そうか」
五平は、あの方々が気付かない筈がないかとふと冷静になったのだ。
「ですから、謝ると言っているではありませんか。それで、その梓月様というのはどこへ?」
「今、匠閃郷の政について調べている」
五平の言葉を聞いて、澪は匠閃城を後にする時、澪に微笑みかけた男の姿を思い出した。
「ああ……あの人。瑛梓様って方と似ていますね」
「……見たのか? 兄弟だからな」
「兄弟? 兄弟で統主の重臣に?」
「そうだ。あの方々は偉大だ。梓月様だって、瑛梓様の家来の俺達に声をかけてくださる。俺達は恵まれている。徳昂様のところなんか……」
そこまで言って、五平はまたはっとしたように口を噤んだ。
「……よく口を滑らせますね」
「うるさい!」
袖で口元を覆う五平に、澪は呆れて息を漏らす。
「徳昂様とは私が戦った方ですよね?」
「……そうだ」
「大体想像はつきます。あの方の家来は酷い扱いを受けているのでしょう?」
「……何で」
「あの自分よがりな刀の振り方、往生際の悪さ。短気で自己中心的な性格がよく出ている戦い方です。気品が全くない」
「そこまで言わなくても……」
「だからきっと、自分の家来も大切にはしないのでしょうね」
「……家来は主を選べるから、徳昂様の家来はそういう男らしい徳昂様に憧れてついていってるんだ」
「男らしい?」
「ああ。徳昂様の家来は……その、頭にくるが瑛梓様や梓月様のことを女みたいで男らしさがないだとか、生ぬるいことばかり言っていて格好悪いだとか言うやつが多い」
(主が主なら、家来も家来か……)
澪は、容易に想像のつくその情景に何度か頷く。
「瑛梓様は、気にするなって、言いたい奴には言わせておけって言うけど……俺は納得できない。あいつらが自ら望んで徳昂様に仕えてるのはわかる。
でも、徳昂様はそれを当然だと思ってるし、あいつらも不当な扱いをされていても仕方がないと諦めている。そんなの、間違ってる!」
「間違ってなどいませんよ」
「……なんだと?」
「主とはそういうものです。家来は主に従い、それについていく。納得ができないのであれば仕える相手を変えるべき」
「……ふん。さすがは姫様だな。主の気持ちはわかっても家来の気持ちなんてわからないのだろうな」
五平は、面白くなさそうに奥歯を噛み締めた。澪は、そんな五平を横目に表情を変えない。
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