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毒草事件【6】

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 重たい瞼を持ち上げると、うっすらと光が見えた。

(生きてる……)

 澪は安堵したものの、一体ここはどこかと飛び起きた。突然体を起こしたものだから、頭の中が回転するかのようにふらついた。

「っ……」

 目頭を押さえ、目眩に耐える。

「無理をしない方がいい。毒の効果が消えるまで暫くかかるから」

 聞き覚えのない声が聞こえ、澪はゆっくりそちらを振り向く。白金色の髪に、赤紫色の瞳。あどけなさは残るが、瑛梓よりか冷たい印象を受けた。

(……この子、強い)

 ゾクッと背筋に寒気が走る。毒に侵された今の体で戦えば恐らく負ける。澪の中の本能がそう叫んでいた。

「……梓月様」

「そう。はじめまして、お姫様」

 梓月はそう言って満面の笑みを向けた。澪は、少しだけ体の力を抜いた。殺気を感じたのは一瞬だけで、次の瞬間からはそれが消え去っていたからだ。
 挨拶代わりといったところか、と梓月の笑顔を見て思う。

「はじめまして。琥太郎くんのこと、すみませんでした」

「聞いたよ。馬を奪ったのだとか」

「はい。必要だったので」

「そう。目を覚ますまで傍にいてくれたようだし琥太郎も嬉しそうに君のことを話していた。だから今回は大目にみよう。しかし……次に琥太郎に手を出したら殺すよ?」

 梓月は笑みを消し、冷たく鋭い眼光を澪に向けた。赤紫色をした変わった瞳は、妖しく光を放つ。

(すごい殺気……。気を失っている内に殺されなかっただけ運がよかった。ありがとう、勧玄様)

 通りかかったのが徳昂だったなら確実に殺されていた。いくら殺気を放たれようと、睨み付けられようと、幸運であったと思う他ないと澪は軽く息をつく。

「もちろんです。大切な家来に傷をつけて申し訳ありません」

 澪は体を起こしたままの状態で頭を下げる。

「琥太郎は元気だったしもういいよ。それより、お腹空いてる?」

「え?」

 予想もしていなかった質問が飛んできて、澪は目を丸くする。

「夕げの刻に倒れていたから。何も食べてないのだろう? 空腹にあんなものを飲まされたら普通なら確実に死ぬ。姫様、何者?」

 褥横に胡座をかいて座る梓月は、膝の上に頬杖をついてふっと微笑みながらそう尋ねる。
 助けてもらった恩がある。ただ、深いところまでは言えない。
 澪は少し間を置いてから「少しの量の毒なら効きません。耐性があるので」と答えた。

「なにそれ。面白いね」

「……面白い」

 驚くでもなく、恐れるでもなく、梓月は楽しそうに笑みを崩さない。不思議な青年だと澪は思った。
 遠くで見た時にはもっと幼く見えた梓月だが、こうして近くで見ると鍛えられた筋肉と、皮の厚くなった手が男らしさを引き立たせていた。
 女性のような容姿をしていても、しっかりとした男性の体つきをしているのだと感心した。

「あんな量の毒を飲ませるなんて、誰の仕業かあらかた想像はつく。耐性があれば毒だとわかっただろうに何故飲んだ?」

「……逃げ出したら負けたようで嫌だったからです」

 茶を出したのが歩澄であったのなら、隙をついて逃げ出したかもしれぬ。しかし、相手があの徳昂であり、澪が死ぬことに心踊らせているような人間に期待通りの結果などくれてやるものかと意地の方が勝ってしまった。

「負け? ……ははっ」

 梓月は目を瞬かせ、その刹那表情を崩して声を上げて笑った。

「とんだ負けず嫌いだね。それで殺されていたら元も子もない」

「仰る通りです……」

 今回ばかりは澪も自分の不甲斐なさを呪った。やはり二杯目はやめておけばよかったと後悔する他ない。
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