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毒草事件【11】

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◇◇◇

 澪が潤銘城へやってきてから丸三日が経過した。
 梓月に助けられた翌日以降は、用意された部屋で夜を明かし、特に歩澄の家臣から攻撃を受けることなく過ごしていた。
 時折琥太郎と五平がやって来て、稽古をするからと言って稽古場へと足を運んだ。

 そこには誰もおらず、琥太郎と五平は二人きりで澪に言われた通り体を鍛え始めた。

「他の家来はいないの?」

「他の者達には師匠がついているので……。僕達はここで」

「そう」

 弱々しい琥太郎の言葉を聞いて澪は軽く頷き、その場から離れた。遠くで猛々しい声が聞こえたため、そちらの方を覗く。小さな人影がいくつも見え、一対一で木刀を交えている。
 あちらには、師匠のいる者が皆で稽古をしているのだろうと暫しその動きを見つめた。

(重臣達の力は申し分ないが、下っ端は大したことないな。あの動きでは、たかが知れてる。
 それでも、この二人がそこにも入れないとなると、これは少々まずいか)

 動きの悪い家来達を見て、澪は大きく溜め息をつく。こればかりは、やる気だけではどうにもならない。元々備わっている体力と感性により、大きく個人差が出るからだ。
  五平を見れば、琥太郎と同じ内容のものをひたすら一緒に行っている。

 五平は琥太郎程弱くはない。一人で稽古をしていたのならば、とうにあちら側で弟子入りさせてもらえただろう。しかし、琥太郎を面倒みているが故に、本来の力を発揮できずにいた。

(勿体無いことを……)

「五平。あんたのは内容を変える」

「おい! 何度も言うけど、呼び捨てすんなよ! 年上だぞ!」

 澪に指を差す五平は、目を吊り上げ、声を張る。澪は、そんな五平に「その年下より弱いのだから仕方ないじゃない」と呆れてみせる。

「そうだけど……そうだけどな……」

「文句は私より強くなってからにしなさい。琥太郎くんと同じ稽古をしていてもあんたは強くならない」

 喧しい五平に内容を説明し、稽古を再開させた。

 本日も同じように二人を見ていると、「ここにいたのか」と声をかけられた。

「あ……梓月くん。と、瑛梓様」

 廊下で会う度、梓月は澪に声をかけたが、歩澄の命令で外に出ていることも多く、あれ以来大した会話もなく経過していた。
 梓月は澪を助けた夜、匠閃郷での調査の内容を歩澄に報告しに伺った。丁度そこに瑛梓の姿もあり、先の出来事を二人に伝えた。

「やはり、毒は効いていたか。何故助けた?」

 歩澄は梓月を責めるわけではなく、純粋に疑問を投げ掛けた。

「助けたつもりはございません。倒れていたので褥に運んだまでです。既に解毒薬を服用していたようで、何もせずとも回復致しました」

「そうか……。あれ程の毒でも持ち直すとはな」

「それと、少々気になることが……。澪の右腕には奇妙な傷が幾つもありました」

「奇妙?」

「はい。恐らく、戦闘時についたような傷ではありません。明らかに不自然で、気味の悪いものでした」

「ほう……。他には?」

「背後に人が立つことを極端に恐れていました」

「……あれ程の戦力を持つ者がか?」

 歩澄は、徳昂との対戦を思い出し、印象の違う梓月の報告に顔をしかめた。

「恐らく体が弱っていたために、私に殺されることを危惧していたのでしょうが、どうにも引っ掛かります」

「わかった。経済状況についてはどうだ」

「民が言うことには、民から搾取した年貢で匠閃城での贅沢三昧が行われていたとのことでした。他の村にも当たりましたが、貧しい村が多く、間違いないと思われます。しかし……姫の方は何かおかしいのです」

「またあの女に何か?」

「姉の衣装をいくつかくれてやりましたが、高価な布を見るのも初めてのようで、触れることすら躊躇っておりました」

「……瑛梓、やはりあのことは……」

 歩澄は梓月の言葉に暫し考え、その後瑛梓に目を向けた。

「ええ。嘘ではないようですね」

 歩澄の視線を捕らえた瑛梓は、そう言って頷く。状況の見えていない梓月が瑛梓へと視線を移すと「あの姫は、自ら城ではなくある村で暮らしていたと言っていたんだ」と瑛梓が答えた。

「村?」

「ああ。城にいた年より、村での生活の方が長いと」

「馬鹿な……。郷の姫なのに?」

 梓月は、信じられないと瞳を揺らした。

「しかし、それならば姫にしてあの戦闘力があるのも、城内の者を殺されても表情を変えなかったことにも頷ける」

 歩澄の言葉に、瑛梓と梓月は黙って頷いた。
 その後もそれぞれの情報を共有し、澪は暫く殺さずに様子をみると歩澄から命令が下った。
 また、徳昂がまだ澪を殺すことを諦めていない旨と、引き続き匠閃郷の実態を探り、澪の動向に目を向けるよう伝えられた。

 それにより、瑛梓と梓月は時折こうして澪の元を訪れていた。


「毒はどう?」

 梓月はそう尋ねた。

「もうすっかり回復したよ。梓月くんのおかげ」

 そう言って澪は梓月に微笑み、瑛梓には軽く頭を下げた。
 梓月が言ったように、澪が梓月と親しそうに話していても瑛梓は何も言わなかった。そんなことなど気にしていない素振りで、澪の隣に腰掛けた梓月に並んで同じように腰を下ろした。

「それはよかった。二人は?」

 梓月は、澪の目線が向いた琥太郎と五平を見て言う。

「……すごく弱い」

「そうだね」

「……」

 二人の姿を見ながら澪の梓月と瑛梓の間には沈黙が流れた。

「でも……二人とも刀の構え方はとても綺麗。基本に忠実な証だね。きっと伸びるよ」

 必死に体を動かす二人を見て澪が言えば、梓月は嬉しそうに頷いた。
 あれ以来澪が琥太郎と五平を気にかけてくれている。傍にいてやれないことでどうしているかと二人を心配していた梓月だったが、そんな澪を見て、ほんの少し安心できたのだった。
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