【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

文字の大きさ
44 / 275

毒草事件【12】

しおりを挟む
 澪はこれからまた城を出ると言った瑛梓と梓月をその場で見送り、暫く稽古に勤しむ琥太郎と五平の姿を見届けてからその場を後にした。

 この城では、澪の仕事はない。料理人も使用人も十分過ぎる程いるため、特に人手が足りないところもないのだ。
 それに、余所者の澪が何かを手伝うのを極端に嫌がる者の方が多い。徳昂の機嫌が悪く、ところ構わず当たり散らすのは澪が原因だと皆わかっているからだ。

 いつまでも五平と琥太郎を見ているのも退屈で、かといって一緒に稽古をするのも気が引けた。

 何か面白いことはないかと城内を散策し始めた。



ーー

 その頃徳昂は、確実に死ぬ筈の毒で殺し損ねた澪に対し、業を煮やしていた。

(何故死なぬ。またもや歩澄様の前で恥をかかせおって……。あの女、絶対に殺してやる。今日にでも殺してやる)

 そうは思うが、暫く様子をみろとの命令が歩澄から出ている。主の命令は絶対であり、歩澄が放っておけと言う以上、手を出せずにいた。

 そんな中、偶然通りかかったところで澪と五平、琥太郎の姿を見つけた。

(あれは瑛梓と梓月の家来か……。あの女があの小さいのを襲ったと騒がれていたがあんなところで何を……)

 稽古中のところに出くわした徳昂は、そっと様子を伺っていた。何やら偉そうに二人に指示を出している澪の姿。

(くっ……。主でもないくせに偉そうに……)

 瑛梓と梓月がいないところで二人をこき使っているとでも思ったのか、ぎりぎりと音がしそうな程歯を食い縛る。
 そこへ主である二人がやって来た。己の家来に偉そうにしているあの女に笑顔を向けている梓月と瑛梓の姿。

 たった三日しか経っていないというのに、どうやってあの二人を丸め込んだのかと徳昂の怒りは頂点へ達する。

(瑛梓も梓月もうつけか。あんな女に絆されおって……)

 徳昂が歩澄の家来になった時には、既に二人は歩澄の重臣として仕えていた。歩澄が自分よりも四つも年下でありながら尊敬したのは、他でもないその圧倒的な強さと時に冷酷とも思える潔い行動力にある。
 それらは全て民のためであり、民を救うためであればどんなに他郷から悪く言われようとも毅然とした態度を変えない。そして、本来敵であった徳昂の命を救った男。

 その崇高な精神は誰にでも真似できるものではなく、歩澄に生涯仕えようと心に決めたのだ。その歩澄の行く手を阻むものは、誰であろうと容赦はしない。

(匠閃城の者を皆殺しにすると歩澄様は言ったのだ。しかし、あの女は命乞いをし、あろうことか俺に恥をかかせた。あの女はあの場で始末しなければいけなかった。生かしておいてはいけなかった。
 それなのに、瑛梓も梓月もへらへらと……。絶対にその内殺してやる)

 歩澄と瑛梓、梓月の三人のやり取りを知らない徳昂は、澪の姿を見て余計に憎悪を膨らめた。

 暫く見ていると、一人きりになった澪。ここで一気に斬りかかれば殺せる。そう思う徳昂だったが、歩澄の命令が思い留ませらた。

「くっ……」

 目の前に憎い相手がいるのに、手を出せないこの屈辱と言ったらない。
 徳昂は額に青筋を浮かべて、澪の元へ向かった。

「こんにちは、お姫様」

 そう声をかけると、顔を上げた澪は怪訝そうな表情を浮かべた。明らかに殺気を放っているのにも関わらず、必死で取り繕うとしている徳昂に嫌気が差したからだ。

「こんにちは、徳昂様」

「この間のお茶はどうでしたかな?」

 毒の効果が気になって仕方のない徳昂は、嫌味のようにそう言った。
 あの毒のせいで酷い目にあった。何も腸が煮えくり返る程憤慨しているのは徳昂だけではない。それは澪も同じことだった。

「美味しくいただきましたよ。潤銘郷では高価なものだったとは知らなかった故、驚きました」

「ほう?」

「匠閃郷ではよく採れるのですよ。緑が多い郷ですから。人の手で植えた草花が多い潤銘郷では、採取するのが困難でしたか?」

 澪はそう言って怪しく笑った。お前の盛った毒のことなど、こちらはとうにお見通しだと言いたげに。

 「はて……何のことか」

「そういえば、潤銘郷との郷境は鬱蒼としていましたから、多くの草が採れましたか?」

 更にわかりやすく言ってやれば、徳昂はぐっと表情を歪めた。

「杓牙草は放っておけば臭気からも毒素が漂います故、取り扱いには御注意下さいませ」

 使用した毒草を放っておけば、その香りでも毒は回るぞ、との脅しだ。しかし、それは澪のついた嘘である。
 杓牙草の毒は、直接体内に入れなければ効果はない。無論、刀に塗り込んだ藤蘭のように、液体にしたものを傷口に塗り込めばその効果は内服同様である。

「な、何だと!?」

「お心当たりがおありでしたら、急いだ方がよろしいかと」

「ぐっ……用事を思い出した! 失礼する!」

 徳昂は、顔を真っ赤にさせ、足早に澪の前から去っていった。あの野蛮な性格だ。恐らく使用した杓牙草などその辺に転がしてあるのだろう。徳昂の姿を見て滑稽だ、と澪はふっと口角を上げた。


 暫し廊下を歩きながら、澪はあの間での出来事を思い出す。真新しい畳が全面に敷き詰められた広い間だった。歩澄のいた上段は豪華な作りであった。肘置きも美しい刺繍が施してあり、歩澄の後ろには二振りの刀が並べて置いてあった。
 歩澄と徳昂がいた間は、大広間であり主に軍義を開く時や、家臣からの報告を受ける時に使用する。
 歩澄が城内にいる時は、殆どがその間で過ごしている。別に歩澄の自室もあるが、重臣でさえもその間に通されることはなかった。

 そんな大広間の上段で、あの冷たい目を光らせていた歩澄の姿。自分の命などどうでもいいのだろうと澪は思う。

 瑛梓は、歩澄のことを民の生活を守るために動いていると言っていた。実際、民が歩澄を敬愛しているのは見ていて十分過ぎる程伝わっている。
 しかし、他人事のようなあの冷ややかな目を思い出すと、所詮他郷の者の命など何とも思わない人間なのだ、と思えてならない。

 あの杓牙草も統主の命令かもしれない。神室歩澄は、そこまで頭の弱い人間ではないだろう。恐らくあの毒に関しては徳昂の作戦だ。しかし、どんな手を使ってでも殺せと言ったのかもしれない。

 そんな考えが澪の頭を過っていた。
 既に澪を殺すなと命令が下っていることなど知る由もない澪は、警戒の矛先を歩澄と徳昂に絞っていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...