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毒草事件【12】
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澪はこれからまた城を出ると言った瑛梓と梓月をその場で見送り、暫く稽古に勤しむ琥太郎と五平の姿を見届けてからその場を後にした。
この城では、澪の仕事はない。料理人も使用人も十分過ぎる程いるため、特に人手が足りないところもないのだ。
それに、余所者の澪が何かを手伝うのを極端に嫌がる者の方が多い。徳昂の機嫌が悪く、ところ構わず当たり散らすのは澪が原因だと皆わかっているからだ。
いつまでも五平と琥太郎を見ているのも退屈で、かといって一緒に稽古をするのも気が引けた。
何か面白いことはないかと城内を散策し始めた。
ーー
その頃徳昂は、確実に死ぬ筈の毒で殺し損ねた澪に対し、業を煮やしていた。
(何故死なぬ。またもや歩澄様の前で恥をかかせおって……。あの女、絶対に殺してやる。今日にでも殺してやる)
そうは思うが、暫く様子をみろとの命令が歩澄から出ている。主の命令は絶対であり、歩澄が放っておけと言う以上、手を出せずにいた。
そんな中、偶然通りかかったところで澪と五平、琥太郎の姿を見つけた。
(あれは瑛梓と梓月の家来か……。あの女があの小さいのを襲ったと騒がれていたがあんなところで何を……)
稽古中のところに出くわした徳昂は、そっと様子を伺っていた。何やら偉そうに二人に指示を出している澪の姿。
(くっ……。主でもないくせに偉そうに……)
瑛梓と梓月がいないところで二人をこき使っているとでも思ったのか、ぎりぎりと音がしそうな程歯を食い縛る。
そこへ主である二人がやって来た。己の家来に偉そうにしているあの女に笑顔を向けている梓月と瑛梓の姿。
たった三日しか経っていないというのに、どうやってあの二人を丸め込んだのかと徳昂の怒りは頂点へ達する。
(瑛梓も梓月もうつけか。あんな女に絆されおって……)
徳昂が歩澄の家来になった時には、既に二人は歩澄の重臣として仕えていた。歩澄が自分よりも四つも年下でありながら尊敬したのは、他でもないその圧倒的な強さと時に冷酷とも思える潔い行動力にある。
それらは全て民のためであり、民を救うためであればどんなに他郷から悪く言われようとも毅然とした態度を変えない。そして、本来敵であった徳昂の命を救った男。
その崇高な精神は誰にでも真似できるものではなく、歩澄に生涯仕えようと心に決めたのだ。その歩澄の行く手を阻むものは、誰であろうと容赦はしない。
(匠閃城の者を皆殺しにすると歩澄様は言ったのだ。しかし、あの女は命乞いをし、あろうことか俺に恥をかかせた。あの女はあの場で始末しなければいけなかった。生かしておいてはいけなかった。
それなのに、瑛梓も梓月もへらへらと……。絶対にその内殺してやる)
歩澄と瑛梓、梓月の三人のやり取りを知らない徳昂は、澪の姿を見て余計に憎悪を膨らめた。
暫く見ていると、一人きりになった澪。ここで一気に斬りかかれば殺せる。そう思う徳昂だったが、歩澄の命令が思い留ませらた。
「くっ……」
目の前に憎い相手がいるのに、手を出せないこの屈辱と言ったらない。
徳昂は額に青筋を浮かべて、澪の元へ向かった。
「こんにちは、お姫様」
そう声をかけると、顔を上げた澪は怪訝そうな表情を浮かべた。明らかに殺気を放っているのにも関わらず、必死で取り繕うとしている徳昂に嫌気が差したからだ。
「こんにちは、徳昂様」
「この間のお茶はどうでしたかな?」
毒の効果が気になって仕方のない徳昂は、嫌味のようにそう言った。
あの毒のせいで酷い目にあった。何も腸が煮えくり返る程憤慨しているのは徳昂だけではない。それは澪も同じことだった。
「美味しくいただきましたよ。潤銘郷では高価なものだったとは知らなかった故、驚きました」
「ほう?」
「匠閃郷ではよく採れるのですよ。緑が多い郷ですから。人の手で植えた草花が多い潤銘郷では、採取するのが困難でしたか?」
澪はそう言って怪しく笑った。お前の盛った毒のことなど、こちらはとうにお見通しだと言いたげに。
「はて……何のことか」
「そういえば、潤銘郷との郷境は鬱蒼としていましたから、多くの草が採れましたか?」
更にわかりやすく言ってやれば、徳昂はぐっと表情を歪めた。
「杓牙草は放っておけば臭気からも毒素が漂います故、取り扱いには御注意下さいませ」
使用した毒草を放っておけば、その香りでも毒は回るぞ、との脅しだ。しかし、それは澪のついた嘘である。
杓牙草の毒は、直接体内に入れなければ効果はない。無論、刀に塗り込んだ藤蘭のように、液体にしたものを傷口に塗り込めばその効果は内服同様である。
「な、何だと!?」
「お心当たりがおありでしたら、急いだ方がよろしいかと」
「ぐっ……用事を思い出した! 失礼する!」
徳昂は、顔を真っ赤にさせ、足早に澪の前から去っていった。あの野蛮な性格だ。恐らく使用した杓牙草などその辺に転がしてあるのだろう。徳昂の姿を見て滑稽だ、と澪はふっと口角を上げた。
暫し廊下を歩きながら、澪はあの間での出来事を思い出す。真新しい畳が全面に敷き詰められた広い間だった。歩澄のいた上段は豪華な作りであった。肘置きも美しい刺繍が施してあり、歩澄の後ろには二振りの刀が並べて置いてあった。
歩澄と徳昂がいた間は、大広間であり主に軍義を開く時や、家臣からの報告を受ける時に使用する。
歩澄が城内にいる時は、殆どがその間で過ごしている。別に歩澄の自室もあるが、重臣でさえもその間に通されることはなかった。
そんな大広間の上段で、あの冷たい目を光らせていた歩澄の姿。自分の命などどうでもいいのだろうと澪は思う。
瑛梓は、歩澄のことを民の生活を守るために動いていると言っていた。実際、民が歩澄を敬愛しているのは見ていて十分過ぎる程伝わっている。
しかし、他人事のようなあの冷ややかな目を思い出すと、所詮他郷の者の命など何とも思わない人間なのだ、と思えてならない。
あの杓牙草も統主の命令かもしれない。神室歩澄は、そこまで頭の弱い人間ではないだろう。恐らくあの毒に関しては徳昂の作戦だ。しかし、どんな手を使ってでも殺せと言ったのかもしれない。
そんな考えが澪の頭を過っていた。
既に澪を殺すなと命令が下っていることなど知る由もない澪は、警戒の矛先を歩澄と徳昂に絞っていた。
この城では、澪の仕事はない。料理人も使用人も十分過ぎる程いるため、特に人手が足りないところもないのだ。
それに、余所者の澪が何かを手伝うのを極端に嫌がる者の方が多い。徳昂の機嫌が悪く、ところ構わず当たり散らすのは澪が原因だと皆わかっているからだ。
いつまでも五平と琥太郎を見ているのも退屈で、かといって一緒に稽古をするのも気が引けた。
何か面白いことはないかと城内を散策し始めた。
ーー
その頃徳昂は、確実に死ぬ筈の毒で殺し損ねた澪に対し、業を煮やしていた。
(何故死なぬ。またもや歩澄様の前で恥をかかせおって……。あの女、絶対に殺してやる。今日にでも殺してやる)
そうは思うが、暫く様子をみろとの命令が歩澄から出ている。主の命令は絶対であり、歩澄が放っておけと言う以上、手を出せずにいた。
そんな中、偶然通りかかったところで澪と五平、琥太郎の姿を見つけた。
(あれは瑛梓と梓月の家来か……。あの女があの小さいのを襲ったと騒がれていたがあんなところで何を……)
稽古中のところに出くわした徳昂は、そっと様子を伺っていた。何やら偉そうに二人に指示を出している澪の姿。
(くっ……。主でもないくせに偉そうに……)
瑛梓と梓月がいないところで二人をこき使っているとでも思ったのか、ぎりぎりと音がしそうな程歯を食い縛る。
そこへ主である二人がやって来た。己の家来に偉そうにしているあの女に笑顔を向けている梓月と瑛梓の姿。
たった三日しか経っていないというのに、どうやってあの二人を丸め込んだのかと徳昂の怒りは頂点へ達する。
(瑛梓も梓月もうつけか。あんな女に絆されおって……)
徳昂が歩澄の家来になった時には、既に二人は歩澄の重臣として仕えていた。歩澄が自分よりも四つも年下でありながら尊敬したのは、他でもないその圧倒的な強さと時に冷酷とも思える潔い行動力にある。
それらは全て民のためであり、民を救うためであればどんなに他郷から悪く言われようとも毅然とした態度を変えない。そして、本来敵であった徳昂の命を救った男。
その崇高な精神は誰にでも真似できるものではなく、歩澄に生涯仕えようと心に決めたのだ。その歩澄の行く手を阻むものは、誰であろうと容赦はしない。
(匠閃城の者を皆殺しにすると歩澄様は言ったのだ。しかし、あの女は命乞いをし、あろうことか俺に恥をかかせた。あの女はあの場で始末しなければいけなかった。生かしておいてはいけなかった。
それなのに、瑛梓も梓月もへらへらと……。絶対にその内殺してやる)
歩澄と瑛梓、梓月の三人のやり取りを知らない徳昂は、澪の姿を見て余計に憎悪を膨らめた。
暫く見ていると、一人きりになった澪。ここで一気に斬りかかれば殺せる。そう思う徳昂だったが、歩澄の命令が思い留ませらた。
「くっ……」
目の前に憎い相手がいるのに、手を出せないこの屈辱と言ったらない。
徳昂は額に青筋を浮かべて、澪の元へ向かった。
「こんにちは、お姫様」
そう声をかけると、顔を上げた澪は怪訝そうな表情を浮かべた。明らかに殺気を放っているのにも関わらず、必死で取り繕うとしている徳昂に嫌気が差したからだ。
「こんにちは、徳昂様」
「この間のお茶はどうでしたかな?」
毒の効果が気になって仕方のない徳昂は、嫌味のようにそう言った。
あの毒のせいで酷い目にあった。何も腸が煮えくり返る程憤慨しているのは徳昂だけではない。それは澪も同じことだった。
「美味しくいただきましたよ。潤銘郷では高価なものだったとは知らなかった故、驚きました」
「ほう?」
「匠閃郷ではよく採れるのですよ。緑が多い郷ですから。人の手で植えた草花が多い潤銘郷では、採取するのが困難でしたか?」
澪はそう言って怪しく笑った。お前の盛った毒のことなど、こちらはとうにお見通しだと言いたげに。
「はて……何のことか」
「そういえば、潤銘郷との郷境は鬱蒼としていましたから、多くの草が採れましたか?」
更にわかりやすく言ってやれば、徳昂はぐっと表情を歪めた。
「杓牙草は放っておけば臭気からも毒素が漂います故、取り扱いには御注意下さいませ」
使用した毒草を放っておけば、その香りでも毒は回るぞ、との脅しだ。しかし、それは澪のついた嘘である。
杓牙草の毒は、直接体内に入れなければ効果はない。無論、刀に塗り込んだ藤蘭のように、液体にしたものを傷口に塗り込めばその効果は内服同様である。
「な、何だと!?」
「お心当たりがおありでしたら、急いだ方がよろしいかと」
「ぐっ……用事を思い出した! 失礼する!」
徳昂は、顔を真っ赤にさせ、足早に澪の前から去っていった。あの野蛮な性格だ。恐らく使用した杓牙草などその辺に転がしてあるのだろう。徳昂の姿を見て滑稽だ、と澪はふっと口角を上げた。
暫し廊下を歩きながら、澪はあの間での出来事を思い出す。真新しい畳が全面に敷き詰められた広い間だった。歩澄のいた上段は豪華な作りであった。肘置きも美しい刺繍が施してあり、歩澄の後ろには二振りの刀が並べて置いてあった。
歩澄と徳昂がいた間は、大広間であり主に軍義を開く時や、家臣からの報告を受ける時に使用する。
歩澄が城内にいる時は、殆どがその間で過ごしている。別に歩澄の自室もあるが、重臣でさえもその間に通されることはなかった。
そんな大広間の上段で、あの冷たい目を光らせていた歩澄の姿。自分の命などどうでもいいのだろうと澪は思う。
瑛梓は、歩澄のことを民の生活を守るために動いていると言っていた。実際、民が歩澄を敬愛しているのは見ていて十分過ぎる程伝わっている。
しかし、他人事のようなあの冷ややかな目を思い出すと、所詮他郷の者の命など何とも思わない人間なのだ、と思えてならない。
あの杓牙草も統主の命令かもしれない。神室歩澄は、そこまで頭の弱い人間ではないだろう。恐らくあの毒に関しては徳昂の作戦だ。しかし、どんな手を使ってでも殺せと言ったのかもしれない。
そんな考えが澪の頭を過っていた。
既に澪を殺すなと命令が下っていることなど知る由もない澪は、警戒の矛先を歩澄と徳昂に絞っていた。
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