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毒草事件【18】
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「私も膳の中身は確認させてもらったが、お前さんの言った通り、少し加熱されていたようだね。水抄菊の毒の回りは遅い。その内麓蟲と菅紅が効いてくるだろう。さすれば、その内目を覚ますよ」
楊は顎の髭を撫でながらそう言った。澪は胸を撫で下ろし、「よかった。ありがとうございます」と言うと、琥太郎の寝顔に目を移した。
「それじゃあ、私はこれで失礼する」
すぐに立ち上がり、その場を後にしようとする楊。澪は慌ててもう一度お礼を言う。
楊は、後ろ向きに右手を挙げて部屋を後にした。
「……変わった人」
澪がそう呟くと「それでも腕は確かだ。楊がああ言うのだから琥太郎はおそらくもう大丈夫だろう」と瑛梓が言った。
「あの方は?」
「楊憂炎。歩澄様が異国から招いた薬師だ」
「異国から……。それにしては言葉が達者ですね」
「ああ。あれの父親も薬師で、貿易にも関わっていたようだ。幼い頃から他国との交流があったのであろう」
「そうでしたか……」
楊が出ていった障子を見つめていた澪は、「それよりも澪。私達はとても怒っているのだが?」との瑛梓の言葉により、勢いよく振り返る。
そこには笑顔をひきつらせ、額に青筋を浮かべている瑛梓と梓月の姿。
「え……」
「え……ではない。あのような場所で歩澄様に掴みかかるとは命知らずか」
瑛梓が憤慨しているのは、見ればわかる。そして、その隣にいる梓月も「いくら俺達でも、あれでは庇いきれないよ」と目を細めている。
「ご、ごめんなさい……」
二人の気迫に押され、澪は小さくなる。琥太郎が毒を食したと知り、冷静さを欠いてしまった。つい勢いに任せて歩澄に掴みかかったことを軽率だったと言われても仕方のないことだ。
「あの場で歩澄様が命を下せば、我々とてお前を斬る他ない」
「……仰る通りです」
「頼むから身勝手な行動はしてくれるな」
「でも、琥太郎が!」
瑛梓の言葉に澪が拳を握り締めて顔を歪めれば、梓月は表情をふっと緩めた。
「ありがとう。琥太郎を守ってくれて。しかし、俺達はそれでも澪を斬らなければならなくなる。俺達の立場も理解してほしい」
そう諭すように言われてしまい、澪も言い返す言葉を失った。
「しかし、なぜこのようなことが……」
「私の元に毒入りの膳が運ばれてきたのは確かです。しかし、私が席を立った隙に琥太郎くんが別の膳を私のものとして取って置き、毒入りの膳を自分の元に置いたようです。
あの場で騒ぎになっても面倒だと思った故、毒が混入していることは琥太郎くんには言わずにいました」
「そうであったか。まあ、その場で琥太郎に言えば、確実に騒ぎにはなっただろうな」
瑛梓の言葉で、その場の三人は動揺して慌てふためく琥太郎の姿を想像し、引き笑いを浮かべた。その事態を思えば、澪の取った行動にも頷けるのだった。
「私がもっと注意を払っていれば、琥太郎くんを巻き込むことはなかった。申し訳ありません……」
澪がその場で頭を下げると「お前が謝ることではない。事の発端は歩澄様の命令に背き、お前に毒を盛った者がいたことだ」と瑛梓は目頭を押さえて言った。
「命令に背いた?」
澪は、瑛梓の言葉の意味が理解できずに首を傾げた。すると梓月が言いにくそうに「澪には言っていなかったが、歩澄様からは澪に手を出すなと言われている」と言った。
「え……?」
「その命令は家来全員に行き届いている筈だ。それ故、本来であればお前の膳に毒が盛られること自体が問題なのだ」
瑛梓は深刻な表情を浮かべた。その言葉を聞き、澪は全身の血の気が引いた。
「では、私は……」
「お前に手を出すなと言った統主に罵声を浴びせたことになるな」
そう言った瑛梓が苦笑を浮かべると、澪は更に身を縮めた。
その状況を澪よりも早く理解していた二人が怒るのは当然のことだと、澪は反省せざるを得なかった。
「歩澄様はそれでも掴みかかった澪よりも、琥太郎の命を優先させた。それだけだ」
「……そうですが」
「それに、毒を盛ったのが誰かは既に見当がついている筈だ。そちらの処分に追われることになるだろう」
「見当もなにも一人しかいないではありませんか!」
「だからそう噛みつくな。あの時の殺気といい、本気で歩澄様を殺す気だっただろう?」
「それは……その。とりあえず息の根を止めようかと」
「やめないか」
瑛梓は目を見開き、二度と手を出すなと目で訴えていた。
(お、怒ってる……。仕方がないじゃないか……琥太郎くんの命がかかっていたのだから)
澪は胸の前で左手を右手で包むように握り、口を尖らせた。
楊は顎の髭を撫でながらそう言った。澪は胸を撫で下ろし、「よかった。ありがとうございます」と言うと、琥太郎の寝顔に目を移した。
「それじゃあ、私はこれで失礼する」
すぐに立ち上がり、その場を後にしようとする楊。澪は慌ててもう一度お礼を言う。
楊は、後ろ向きに右手を挙げて部屋を後にした。
「……変わった人」
澪がそう呟くと「それでも腕は確かだ。楊がああ言うのだから琥太郎はおそらくもう大丈夫だろう」と瑛梓が言った。
「あの方は?」
「楊憂炎。歩澄様が異国から招いた薬師だ」
「異国から……。それにしては言葉が達者ですね」
「ああ。あれの父親も薬師で、貿易にも関わっていたようだ。幼い頃から他国との交流があったのであろう」
「そうでしたか……」
楊が出ていった障子を見つめていた澪は、「それよりも澪。私達はとても怒っているのだが?」との瑛梓の言葉により、勢いよく振り返る。
そこには笑顔をひきつらせ、額に青筋を浮かべている瑛梓と梓月の姿。
「え……」
「え……ではない。あのような場所で歩澄様に掴みかかるとは命知らずか」
瑛梓が憤慨しているのは、見ればわかる。そして、その隣にいる梓月も「いくら俺達でも、あれでは庇いきれないよ」と目を細めている。
「ご、ごめんなさい……」
二人の気迫に押され、澪は小さくなる。琥太郎が毒を食したと知り、冷静さを欠いてしまった。つい勢いに任せて歩澄に掴みかかったことを軽率だったと言われても仕方のないことだ。
「あの場で歩澄様が命を下せば、我々とてお前を斬る他ない」
「……仰る通りです」
「頼むから身勝手な行動はしてくれるな」
「でも、琥太郎が!」
瑛梓の言葉に澪が拳を握り締めて顔を歪めれば、梓月は表情をふっと緩めた。
「ありがとう。琥太郎を守ってくれて。しかし、俺達はそれでも澪を斬らなければならなくなる。俺達の立場も理解してほしい」
そう諭すように言われてしまい、澪も言い返す言葉を失った。
「しかし、なぜこのようなことが……」
「私の元に毒入りの膳が運ばれてきたのは確かです。しかし、私が席を立った隙に琥太郎くんが別の膳を私のものとして取って置き、毒入りの膳を自分の元に置いたようです。
あの場で騒ぎになっても面倒だと思った故、毒が混入していることは琥太郎くんには言わずにいました」
「そうであったか。まあ、その場で琥太郎に言えば、確実に騒ぎにはなっただろうな」
瑛梓の言葉で、その場の三人は動揺して慌てふためく琥太郎の姿を想像し、引き笑いを浮かべた。その事態を思えば、澪の取った行動にも頷けるのだった。
「私がもっと注意を払っていれば、琥太郎くんを巻き込むことはなかった。申し訳ありません……」
澪がその場で頭を下げると「お前が謝ることではない。事の発端は歩澄様の命令に背き、お前に毒を盛った者がいたことだ」と瑛梓は目頭を押さえて言った。
「命令に背いた?」
澪は、瑛梓の言葉の意味が理解できずに首を傾げた。すると梓月が言いにくそうに「澪には言っていなかったが、歩澄様からは澪に手を出すなと言われている」と言った。
「え……?」
「その命令は家来全員に行き届いている筈だ。それ故、本来であればお前の膳に毒が盛られること自体が問題なのだ」
瑛梓は深刻な表情を浮かべた。その言葉を聞き、澪は全身の血の気が引いた。
「では、私は……」
「お前に手を出すなと言った統主に罵声を浴びせたことになるな」
そう言った瑛梓が苦笑を浮かべると、澪は更に身を縮めた。
その状況を澪よりも早く理解していた二人が怒るのは当然のことだと、澪は反省せざるを得なかった。
「歩澄様はそれでも掴みかかった澪よりも、琥太郎の命を優先させた。それだけだ」
「……そうですが」
「それに、毒を盛ったのが誰かは既に見当がついている筈だ。そちらの処分に追われることになるだろう」
「見当もなにも一人しかいないではありませんか!」
「だからそう噛みつくな。あの時の殺気といい、本気で歩澄様を殺す気だっただろう?」
「それは……その。とりあえず息の根を止めようかと」
「やめないか」
瑛梓は目を見開き、二度と手を出すなと目で訴えていた。
(お、怒ってる……。仕方がないじゃないか……琥太郎くんの命がかかっていたのだから)
澪は胸の前で左手を右手で包むように握り、口を尖らせた。
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