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毒草事件【17】

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ーー

 琥太郎の自室へと辿り着いた澪は、褥の上に琥太郎の体を降ろした。
 まだ三日しか経っておらぬというのに、こうして琥太郎を部屋に運ぶのは二回目である。

「先に食べててなんて言わなきゃよかった。ごめんね、琥太郎くん」

 気を失っている琥太郎の頬を指でなぞり、澪は歩澄の顔を思い出す。あんな時でさえ冷静で冷やかな目をする統主。
 己の直属の家来を巻き込むのも許せないが、信頼している家臣の家来を巻き込むなど言語道断である。
 ましてや、誰よりも弱い琥太郎を巻き込むとは……。家来の命も守れないような男が民の命を守るなどとは笑わせる。

 澪は、治まらない憤りの矛先を歩澄だけに向けるしかなかった。


 琥太郎が眠る掛布をぎゅっと握りしめれば、廊下が騒がしくなり勢いよく障子が開けられた。

「澪! 言われたものを持ってきた!」

 梓月と瑛梓だった。駆けつけた二人の姿と、見たことのない男の姿。漆黒の髪は無造作に肩まで伸びていた。ところどころ跳ねている髪をわしゃわしゃと手で掻いている。
 伸びた前髪から覗く垂れ目は、気怠そうで、無精髭が更にやる気のなさを醸し出していた。

「薬師を連れてきた!」

 梓月がそう言ったことで目の前の男、楊が薬師であると澪は認知した。

「毒は水抄菊で間違いないないね?」

 楊は、澪にそう尋ねた。ゆったりとした穏やかな口調だった。

「間違いありません」

「そう。違ったらとんでもないことになるよ」

 薬草も使い方を間違えれば毒と化す。麓蟲も菅紅も水抄菊には解毒効果があるが、違えば毒として体内に吸収される。

「わかっています。水抄菊で間違いない」

 澪は琥太郎の吐物を口に含んだのだ。その時に感じたものは、水抄菊で間違いなかった。

「そう。では、飲まそう」

 楊は琥太郎の体を起こし、頬を何度か叩く。

「ん……」

 琥太郎が朦朧としながらも開眼したところで、煎じたものを口内に流し込んだ。

「お待ち下さい。量はその程度でいい」

 澪がそう言うと、琥太郎が数回飲み込み込んだのを確認した楊は、再び琥太郎の体を横たえた。

 澪はその行動に安堵し「ありがとうございます」と体の力を抜いた。

「ああ、かまわないよ。しかし……よく麓蟲や菅紅を知っていたね」

「昔書物で読みました。匠閃郷では数は少ないですが水抄菊が咲く場所があります。万が一の場合、解毒する方法を探りましたが麓蟲と菅紅のことしか記載がありませんでした」

「そうだろうね」

「匠閃郷は郷自体が裕福ではない故、他国の薬草を手に入れることは不可能に近いのです。ですが、ここでならそれが可能かと……そして、それを扱える人間が必要でした」

「そうかい。……彼が食したのが水抄菊だとどうしてわかった?」

「臭いと味。あの独特な臭いは一度嗅いだら忘れません」

「へぇ……。あれは塩と混ぜてあった。臭いは殆どしない筈だが?」

 やる気のなさそうだった男は、澪の言葉に興味を示したのか、口角を上げる。小太郎から手を離し、澪の隣にしゃがみ込んでそちらに顔を向けた。

「私にはわかります」

「ほう? では、最後に麓蟲と菅紅をあの量でやめさせたのはなぜだろうか」

「それは……先程小太郎が食した膳を全て確認しました。えぐみが少なく、おそらくほんの少し加熱されていたと思われます。
 そして、気休め程度ではありますが、麓蟲と菅紅がなかった場合に備えてすぐに別の解毒薬を飲ませました。量が多ければ、それらと混ざり合い、余計な毒を産みかねません」

「そうか、そうか。それで、ほんの少しの加熱とは?」

「わかりません。しっかりと加熱がされていれば、臭いもえぐみも殆どなくなるはずです。そして、効能も。
 しかし、塩で誤魔化しただけでは消えない辛みに似た刺激は多少感じられました。おそらくあらかじめよそっておいた膳に水抄菊の乳液を混ぜておいたのだと思います。
 考えられるのは、誰かの手によって、その膳の中身を温められた。沸騰する程の加熱ではなく、温める程度に火を加えたのだとすれば、辻褄が合うのです」

「ふむ。なるほど。おそらくそうであろうな」

 黙って二人のやり取りを見ていた瑛梓と梓月は、怪訝な顔をする。薬師と同等に薬草について語る澪。そして、薬師の疑問に対し、全く顔色を変えることなく説明をする姿。

 臭いと味だけで何の毒かを見極める、知識と感覚。どれをとっても唖然とする他なかった。

「して、お前さん。味がしたと言ったが、水抄菊を食したのか?」

「はい。しかし、心配は無用です。訳がありまして、少量の毒は効きません」

「おいおい、どんな訳だよ。水抄菊は猛毒だぞ」

「そうですね。私も過去には何度か死にかけましたが、今では克服しております」

「克服……? ……ふーん、そういうこともあるかもしれないなぁ」

 楊はにやりと笑い、口元を右手で覆った。澪に対して、興味が湧いたのだ。
 幼い頃から薬草に興味のあった楊は、自ら毒草や薬草を少しずつ摂取しては、味や臭い、効能を体に覚えさせてきた。そんな楊も澪同様、普通の人間の致死量では死なない程度の耐性ができていた。
 こんな体質をもっているのは、自分だけであろうと思っていた楊は、まさかと思いつつも澪が己と同じ耐性をもっているのだとほぼ確信していた。
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