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神室歩澄の右腕【11】

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「それからというもの、歩澄様は人が変わったように稽古に励み、政を学んだ。そして、殺生も。
 幼い歩澄様が統主となった事で、騙して潤銘郷を手に入れようとする輩も後を絶たなかった。私が教えたのだ。大切な者を守るのであれば、害となるものは全て斬れと。
 歩澄様は、片っ端からそれに該当する者を殺した。私は家来を遣い、そやつらの亡骸をその者達の郷へ持っていき、見せしめのように吊るした。
 それからだ。歩澄様が冷酷非道と言われるようになったのは。幼い歩澄様をお守りするためには、強靭な力の持ち主であると見せつけるしかなかった。
 歩澄様が鬼の子と呼ばれようとも、統主の座が欲しくて両親を手にかけたのではないかと疑われようとも、あの方が自分の手で何も守れなかったと絶望する姿を私は見たくなかった」

 澪には、秀虎の気持ちが痛い程強く伝わってきた。九重も勧玄も同じ気持ちだったのだろう。そう思うと目頭が熱くなった。

「しかし殺生をする度、ご両親を思い出すのだろう。お二人の亡骸を見ても涙を流さなかった歩澄様は、殺生をした後必ず自室に籠って涙を流される。今回もそうであったのだろうな……。
 千依の事は最初から覚悟していた事だ。妹を殺すよう頼んだことを後悔などしていない。然れど、私は歩澄様に酷な頼みをしてしまった。私諸共殺して欲しいとな……。
 千依を殺すことだけでも心苦しいだろうに、そんな歩澄様に私の事も殺してくれと言ってしまったのだ……」

 秀虎は、まるで懺悔でもするかのように俯き顔を歪めた。

「どうしてそのような話を私にして下さるのですか?」

「……お前には身分がないのだろう? 今や私の身分は歩澄様のすぐ下にいる。家来の前では弱音も吐けんのだ」

 そう言って秀虎は、諦めたように眉を下げて笑った。

「それでは、一番上の歩澄様にとって唯一弱音を吐けるのは、幼い頃からの歩澄様を知る秀虎様だけなのですね」

 澪がそう言えば、秀虎は何かに気付かされたかのように目を見開いた。

「し、しかし……私は民を危険に曝した。妹の罪は私の罪でもある。処罰を終えたら、私はここを出ていく」

 秀虎はそう言ったが、その表情には未練が残っていた。

「歩澄様が出ていけと言ったのですか?」

「あの方はそのような事は言わない!」

「でしたら、追い出されるまで図々しく居座ったらよろしいではありませんか」

「……なんだと?」

「あの方は不要なものは切り捨てるのでしょう? それでしたら、秀虎様が必要でなくなった時、ご統主自らそうおっしゃるでしょう」

「それは……そうだが……」

 澪の言葉に秀虎は唖然とした。まさかそのような言葉が返ってくるとは思いもよらなかったのだ。

「それに、ご存知ですか? ここの家来達は秀虎様方重臣以外はとても弱く、お粗末な戦闘力です」

「なっ……」

「あれでは潤銘郷どころか、城すら守れませんよ」

「……言ってくれるな」

「当然です。私は、匠閃郷をここのご統主に預けているのですからね。秀虎様がいなくなったら、この弱い戦力でどうやって匠閃郷を守って下さるのですか?」

 遠慮のない澪の言葉に、秀虎は頭を抱えた。

「……家来達の鍛練は強化させよう。……そんなに弱いか?」

「弱いです。三十人程度なら、私一人でも勝てます」

「まさか……」

 秀虎は冗談を、と笑おうとしたが、一瞬見せた澪の殺気を察知し、口ごもった。

「匠閃郷は、守っていただかなければ困るのです。統主の……父上のせいで民が困窮しているのですから」

「そのような責任を感じることもできるのだな」

 秀虎は、馬鹿にしたように澪を笑った。

「……私は、城を逃げ出してある村で過ごしました。母方の祖父の元で、師匠と共に。私にとっては、二人が育ての親であり、全てでした」

 澪は、先程秀虎が語った昔話の礼でもするかのように、自らの思い出に触れた。

「そこで私は刀を覚え、戦闘力を身につけた。師匠は、その辺の統主とだって互角に戦えると褒めて下さいましたよ」

 そう言って一瞬頬を緩めた澪だったが、その刹那、瞳を揺らして「しかし、それでも守れなかった」と続けた。

「二人は殺されました。……殺したのは実母付きの重臣です」

 澪がそう言うと秀虎は息を飲み、焦げ茶色の瞳を更に大きく開いた。

「母は、実の父親を殺したのです。私の命をとるために……」

「……お前、何を背負って生きてきた?」

「それはまだ言えません。今言えるのはここまでです。ただ、私はあの村を守りたい。逃げ場のない私を受け入れてくれたあの村を、守りたいだけなのです。
 ……私が城に留まっていれば、二人は殺されずに済みました。しかし、村に行かなければ、二人と共に暮らせなかった。
 城を出た事を悔いてはいません。ですが、私にはやらねばならぬことがあります。そのためにも、匠閃郷の民は無事でいてもらわなければ困るのです」

「……そうか」

 秀虎は静かに頷いた。

「秀虎様にもやることがあるのでしょう? 歩澄様を王にするのではないのですか?」

「……ああ」

「でしたら、出ていく事など考えず、前に進むことだけ考えればよろしいのです。そして、匠閃郷も守って下さいまし」

 澪が歯を見せて笑うと、「図々しい奴だな」と秀虎もつられて笑った。 



ーー

 澪の後をつけ、全ての内容を聞いていた歩澄は、その場に踞り目にいっぱいの涙を溜めていた。
 秀虎が城を後にしようとしていることなど目に見えていた。命令にて留まらせておくつもりではいたが、居づらさを抱えたまま歩澄の傍に仕えさせておくのも酷であると感じていた。
 しかし澪は、そんな歩澄の心配を余所に匠閃郷を守るために留まれと引き留めたのだ。
 余計な事を、と思いながらも幸甚と感じずにはいられなかった。
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