【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

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赤髪の少女【29】

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 幼い頃、五年程一緒に修行をした仲だった。空穏が勧玄の孫だと知ったのは、勧玄が息を引き取る直前だ。澪も気付かなかったのは、勧玄が稽古をつけるからには孫だからといって澪に差別を感じさせないよう、空穏にも勧玄様と呼ばせていたからだ。

「俺は三年間会ってなかったからな。ずっと一緒にいたお前の方が辛かっただろ?」

 勧玄のことも九重のことも知っている空穏の言葉は、澪の心を溶かしてくれるようだった。身内のように温かく、安心する言葉。

「他の刀も盗まれたんだよな?」

「……うん」

「探してるんだろ? 俺も手伝うよ」

「え? ……でも」

「浬さんの形見でもあるし、お前の大事な刀でもあるだろ。鍛刀した時、嬉しそうだったじゃないか」

「うん……」

 空穏の言葉を聞いて、やっとの思いで鍛刀した華月と葉月を思い出す。

「ここの統主は冷酷非道だと聞く。酷いことされてないか?」

「……ううん、大丈夫」

「洸烈城に来いよ。煌明様の力があれば、刀だってもっと早く見つかる。俺が掛け合ってみるから、一緒に帰ろう?」

「で、でも……」

「刀を探してここに来たんだろ? だったら、洸烈郷でもいいじゃないか。お前の刀、俺が取り返してやるよ」

 そう言って空穏は、歯を出してにっと笑う。笑顔も勧玄の面影を写し出し、懐かしい気持ちでいっぱいになった。

「明日の朝発つから、考えてみてくれ」

 空穏はそう言ってもう一度澪の頭を撫でた。

「あんまり泣くなよ」

 そう言って着物の袖で澪の顔を拭く。空穏は、「またな」と言い残してその場を去っていった。



 客人の空穏の姿が見えないと探していた歩澄は、偶然澪と話す空穏の姿を見つけた。途中からしか話を聞けなかったが、どうやら昔からの知り合いのようで、刀のことも知っている様子だった。
 空穏の表情を見て、歩澄は嫉妬に駆られた。

(あの目は女を見る目だった……。いつから澪の事を……)

 幼い頃の澪といったら、たった一日の思い出しか歩澄にはない。しかし、あの親しげな様子は、遥かに歩澄よりも澪のことを知っていた。
 頭を撫でられ、涙を拭き取られ、それを拒絶することなくおとなしく受け入れた澪。己以外の男に容易に触れることを許した澪が腹立たしくて堪らなかった。
 それに加え、洸烈郷に来いと言われてもすぐには断らなかった。歩澄に匠閃郷を守ってくれと言っておきながら、昔の知り合いに出会えば、心が揺れるのかと怒りに震えた。

「あの男とはどういう関係だ」

 歩澄は、廊下で立ち尽くす澪に声をかけた。

「あ……師匠のお孫さんです。四年前まで一緒に修行をしていました。師匠は元々洸烈郷出身だったので……」

 そう言った澪の言葉。以前澪が「師匠は男らしくて逞しくて、すごく体が大きいんです」そう言って嬉しそうに笑っていた顔を思い出した。
 中性的な歩澄とは違い、凛々しく逞しく、男らしい。そんな言葉が似合う空穏。
 もしや、本来あのような男が好みなのかと歩澄の中で何かが渦巻く。

「あの男についていくのか?」

「ま、まさか! 行きませんよ」

「迷っていただろ?」

「……歩澄様は行ってほしいのですか?」

 澪の試すような物言いに歩澄の苛立ちは募る。腕を組み、視線を逸らした歩澄は「好きにしろ」と言った。

「……」

 歩澄の言葉に黙る澪。小さな口をきゅっと結び、次の言葉を考えた。

「本来、お前をここへ連れてきたのは匠閃城で殺すには手間がかかりそうだったからだ。お前は、潤銘郷に害を及ぼす気もなさそうだし、目的もあるのだろう? これを以てお前の身柄を解放してやる」

 歩澄は無表情のままそう続けた。

「解放……ですか?」

「ああ。だから好きにしろ。私は統主だ。潤銘郷からは離れられぬ。お前の刀探しを優先させることはできない。あの男であれば私よりもいくらか自由に動けるであろうな」

 突き放すような歩澄の言葉が澪の心に傷をつける。まるで出ていけとでも言われているようだった。
 子供の頃の思い出を共有し、愛しさを知った。しかし、慕情を抱き蒼に嫁ぐという口約束を覚えているのも己だけ。梓乃がいない間の暇潰し程度に少し遊ばれたのだ。
 そう考えた澪は、胸を抉られるような痛みを伴った。

 一方歩澄は、いつまでも敵郷の姫として人質の如く捕らえておくのは気が引けた。できることなら、澪自身の意思で潤銘城に留まってほしいと考えていたのだ。

 言葉足らずな二人のやり取りが溝を深め、心のすれ違いは大きくなっていく。

「……わかりました。では、華月を返していただけますか? それは本来私の刀です。高値で購入したのなら、いつかそのお代は支払います」

 澪の言葉に目を見開き、視線を戻した。覚悟を決めた真っ直ぐな目をしていた。
 祖父と師匠の刀を取り返す。それを目的にして今まで生きてきたのだ。どんな困難にも諦めず、約束を果たすために生き長らえてきたのだ。
 その事実を知っている歩澄には、澪を引き留める理由などなかった。

 歩澄は黙ったまま腰に差した華月を抜き取った。「金はいらん。持っていけ」そう澪に手渡した歩澄はそのまま背を向け、大広間へと戻っていった。

 澪は、手元に戻ってきた華月をじっと見つめた。鞘と鍔には思い出深い桜の花弁の形を彫った。刀工には段階によって職人が分けられている。九重は刀鍛冶であった。鞘師と彫り師は別におり、九重の口利きで其々から技術を学び、己の力で鞘造りも彫りも行った。
 そんな長い月日を重ねてようやく鍛刀した刀。手元に戻ってきたことが嬉しくない筈がない。しかし何故か澪は素直に喜ぶことができなかった。
 鞘を握りしめたまま溢れ出す涙は、拭えど次から次へと流れ落ちるのだった。
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