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赤髪の少女【38】
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宴がお開きとなり、其々が自室に戻った頃、大広間に残った歩澄は澪を胡座をかいた足の上に座らせていた。
「あの……歩澄様?」
後ろから澪の肩に顎を乗せ、酔いを冷ましている歩澄に声をかけた。
すぐ近くにある顔に目を向ける。歩澄の高尚な馨りがずっと纏っており、澪は速まる鼓動をそっと手で押さえる。
「んー?」
「酔っているのですか?」
「酔ってなどいない。お前は一口も飲まなかったな」
「……お酒は苦手なのです」
以前勧玄に勧められて飲んだことがあったが、その後の記憶がなくなった。翌日、勧玄から二度と飲むなと止められていたのだ。
恐らく暴れたか何かしたのだろうと、それ以来澪は一口も酒を口にしていない。
「……澪」
「はい?」
「今宵は、私の寝所に来い」
そう言って歩澄は自らの頬を、澪の頬に寄せた。
「し、寝所に……ですか?」
「そうだ」
「で、ですが……」
澪にはまだ歩澄に抱かれる覚悟ができていない。傷の事も気になり、応えられそうになかった。
「そう固くならぬともよい。何もしない。ただ、お前が傍にいることを確かめたいのだ」
そう言って歩澄はぐっと澪の体を引き寄せた。より歩澄との距離が縮まり、心臓は煩い程音を立てていた。
「……本当に一緒に眠るだけですか?」
「約束する」
「……わかりました。湯浴みをしてから伺います」
澪が熱を帯びた顔でそう言うと、「待っている」そう言って歩澄は優しく接吻をした。
体を解放された澪は、逃げるようにして自室へと向かった。あんなにも甘い歩澄を近くに感じたのは初めての事だ。体が火照り、いつまでも鼓動は速いまま。
不安にさせたりしないと言われたものの、こんなにも愛されている実感を得られるものだとは思ってもいなかった。
湯浴みを終えた澪は、のぼせた体を冷ます為、桜の木の前に来ていた。月明かりに照らされ、殆ど散ってしまった花びらの残り見ながら息をつく。
「こんなところにいたのか?」
後ろから声をかけられ、澪は肩を震わせた。そっと後ろを振り向けば、すっかり酔いを冷ました歩澄が微笑んでいた。
「歩澄様……」
「逃げ出したのやもしれぬと思ってな、迎えに来たのだ」
歩澄は澪の隣に並び、頬に唇を寄せた。鮮やかに赤く煌めく澪の髪を手にとり、そこにもちゅっと音を立てる。
真っ赤な髪に顔を寄せる歩澄の姿に、澪は息を呑む。象牙色の髪が揺れ、妖艶で美しい。女人顔負けの色香を放っていたからである。
「に、逃げたりなどしません……。ですが、考えてみたら歩澄様の寝所がどこにあるのか知りませんでした」
そう言った澪に歩澄は目を丸くし、その刹那声を上げて笑った。
「仕方のない奴だ。連れてってやる。しっかりと覚えるのだぞ?」
そう言うと澪の体がふわりと浮いた。
「わっ」
歩澄が澪の体を抱え、澪は反射的に歩澄の首に腕を回した。歩澄の髪もまだ少し湿っていた。
初めて寝間着姿の歩澄を目にし、普段とは違った無防備な様子に、更に胸は激しく脈打った。
歩澄の寝所は奥まった場所にあった。橙色の光がほんのり灯る廊下。縁側からは欠けた月が覗く。澪は歩澄の肩から顔を出し、淡く白い月を見上げた。
歩澄は片腕で澪の体を抱えたまま、障子を開ける。その刹那、強く馨る香の匂い。
「……歩澄様の匂いがする」
部屋の中を見渡すと、翡翠と金で彩られた美しい香炉から細い煙が立ち上がっていた。静寂の中、漂う馨りは澪を包み込む。
「私の匂い?」
歩澄はふっと微笑みながら、澪の体を褥の上に降ろした。体が解放されると、澪は興味深そうに香炉へと近付いた。
「……綺麗」
両手をついてじっと香炉を見つめる澪。その隣にそっと歩澄は腰を降ろした。
「気に入ったか?」
「はい。歩澄様の匂いは、この香の匂いだったのですね」
「毎日ここへ来ればいくらでも香を楽しめるぞ」
「ま、毎日!?」
歩澄の言葉に澪は顔を上げたが、目が合った瞬間勢いよく目を逸らした。
「そのような反応をされると余計に興味をそそる」
歩澄は澪の腰を引き、しなやかな指先で顎を捕らえた。固定された顔を上に向かせ、歩澄は舌先で澪の唇をなぞった。
澪はびくりと体を震わせ、ぎゅっと目を瞑る。その反応を見た歩澄は、おかしそうに笑う。
(初いな。……このような澪の姿を見られのは私の特権か)
気をよくした歩澄は、優しく澪の髪を撫で、己の胸板へと澪の顔を寄せた。
澪が耳を押し付けるようにして歩澄に身を寄せれば、歩澄からもとくとくと速度を増した鼓動が聞こえた。緊張しているのは己だけではない。そう思った途端、澪は強い安心感に包まれた。
「澪、お前のことをもっと教えてくれないか?」
髪を撫でながら歩澄は甘い声色で囁く。
「私のこと……?」
「ああ。お前が育った村のことを教えてくれ」
「そのようなことでよければ……」
澪が顔を上げると、柔らかい表情の歩澄が頷いた。初めて歩澄を見た時の冷たい目ではなかった。優しさと暖かさを孕んだ目。
歩澄が澪の全てを受け入れようとしている意志が伝わってくるようだった。
「おいで」
歩澄は澪の手を引いて褥へと誘った。
横になり歩澄の腕に頭を預けた澪は、静かに村人達の優しさについて語った。稽古中に木から落ちたこと、熊に追いかけられたこと、素手で捕まえた魚を鳥に盗られたこと。
歩澄は笑いながらその話を聞き、時に「それから?」と言って澪の言葉を促した。
その内に澪の瞬きが多くなり、ゆっくりと瞼を重そうにしている。
歩澄は、澪の額に唇を落とし「おやすみ」と眠りを誘う。
澪はその言葉に吸い込まれるかのように眠りに落ちた。
「あの……歩澄様?」
後ろから澪の肩に顎を乗せ、酔いを冷ましている歩澄に声をかけた。
すぐ近くにある顔に目を向ける。歩澄の高尚な馨りがずっと纏っており、澪は速まる鼓動をそっと手で押さえる。
「んー?」
「酔っているのですか?」
「酔ってなどいない。お前は一口も飲まなかったな」
「……お酒は苦手なのです」
以前勧玄に勧められて飲んだことがあったが、その後の記憶がなくなった。翌日、勧玄から二度と飲むなと止められていたのだ。
恐らく暴れたか何かしたのだろうと、それ以来澪は一口も酒を口にしていない。
「……澪」
「はい?」
「今宵は、私の寝所に来い」
そう言って歩澄は自らの頬を、澪の頬に寄せた。
「し、寝所に……ですか?」
「そうだ」
「で、ですが……」
澪にはまだ歩澄に抱かれる覚悟ができていない。傷の事も気になり、応えられそうになかった。
「そう固くならぬともよい。何もしない。ただ、お前が傍にいることを確かめたいのだ」
そう言って歩澄はぐっと澪の体を引き寄せた。より歩澄との距離が縮まり、心臓は煩い程音を立てていた。
「……本当に一緒に眠るだけですか?」
「約束する」
「……わかりました。湯浴みをしてから伺います」
澪が熱を帯びた顔でそう言うと、「待っている」そう言って歩澄は優しく接吻をした。
体を解放された澪は、逃げるようにして自室へと向かった。あんなにも甘い歩澄を近くに感じたのは初めての事だ。体が火照り、いつまでも鼓動は速いまま。
不安にさせたりしないと言われたものの、こんなにも愛されている実感を得られるものだとは思ってもいなかった。
湯浴みを終えた澪は、のぼせた体を冷ます為、桜の木の前に来ていた。月明かりに照らされ、殆ど散ってしまった花びらの残り見ながら息をつく。
「こんなところにいたのか?」
後ろから声をかけられ、澪は肩を震わせた。そっと後ろを振り向けば、すっかり酔いを冷ました歩澄が微笑んでいた。
「歩澄様……」
「逃げ出したのやもしれぬと思ってな、迎えに来たのだ」
歩澄は澪の隣に並び、頬に唇を寄せた。鮮やかに赤く煌めく澪の髪を手にとり、そこにもちゅっと音を立てる。
真っ赤な髪に顔を寄せる歩澄の姿に、澪は息を呑む。象牙色の髪が揺れ、妖艶で美しい。女人顔負けの色香を放っていたからである。
「に、逃げたりなどしません……。ですが、考えてみたら歩澄様の寝所がどこにあるのか知りませんでした」
そう言った澪に歩澄は目を丸くし、その刹那声を上げて笑った。
「仕方のない奴だ。連れてってやる。しっかりと覚えるのだぞ?」
そう言うと澪の体がふわりと浮いた。
「わっ」
歩澄が澪の体を抱え、澪は反射的に歩澄の首に腕を回した。歩澄の髪もまだ少し湿っていた。
初めて寝間着姿の歩澄を目にし、普段とは違った無防備な様子に、更に胸は激しく脈打った。
歩澄の寝所は奥まった場所にあった。橙色の光がほんのり灯る廊下。縁側からは欠けた月が覗く。澪は歩澄の肩から顔を出し、淡く白い月を見上げた。
歩澄は片腕で澪の体を抱えたまま、障子を開ける。その刹那、強く馨る香の匂い。
「……歩澄様の匂いがする」
部屋の中を見渡すと、翡翠と金で彩られた美しい香炉から細い煙が立ち上がっていた。静寂の中、漂う馨りは澪を包み込む。
「私の匂い?」
歩澄はふっと微笑みながら、澪の体を褥の上に降ろした。体が解放されると、澪は興味深そうに香炉へと近付いた。
「……綺麗」
両手をついてじっと香炉を見つめる澪。その隣にそっと歩澄は腰を降ろした。
「気に入ったか?」
「はい。歩澄様の匂いは、この香の匂いだったのですね」
「毎日ここへ来ればいくらでも香を楽しめるぞ」
「ま、毎日!?」
歩澄の言葉に澪は顔を上げたが、目が合った瞬間勢いよく目を逸らした。
「そのような反応をされると余計に興味をそそる」
歩澄は澪の腰を引き、しなやかな指先で顎を捕らえた。固定された顔を上に向かせ、歩澄は舌先で澪の唇をなぞった。
澪はびくりと体を震わせ、ぎゅっと目を瞑る。その反応を見た歩澄は、おかしそうに笑う。
(初いな。……このような澪の姿を見られのは私の特権か)
気をよくした歩澄は、優しく澪の髪を撫で、己の胸板へと澪の顔を寄せた。
澪が耳を押し付けるようにして歩澄に身を寄せれば、歩澄からもとくとくと速度を増した鼓動が聞こえた。緊張しているのは己だけではない。そう思った途端、澪は強い安心感に包まれた。
「澪、お前のことをもっと教えてくれないか?」
髪を撫でながら歩澄は甘い声色で囁く。
「私のこと……?」
「ああ。お前が育った村のことを教えてくれ」
「そのようなことでよければ……」
澪が顔を上げると、柔らかい表情の歩澄が頷いた。初めて歩澄を見た時の冷たい目ではなかった。優しさと暖かさを孕んだ目。
歩澄が澪の全てを受け入れようとしている意志が伝わってくるようだった。
「おいで」
歩澄は澪の手を引いて褥へと誘った。
横になり歩澄の腕に頭を預けた澪は、静かに村人達の優しさについて語った。稽古中に木から落ちたこと、熊に追いかけられたこと、素手で捕まえた魚を鳥に盗られたこと。
歩澄は笑いながらその話を聞き、時に「それから?」と言って澪の言葉を促した。
その内に澪の瞬きが多くなり、ゆっくりと瞼を重そうにしている。
歩澄は、澪の額に唇を落とし「おやすみ」と眠りを誘う。
澪はその言葉に吸い込まれるかのように眠りに落ちた。
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