【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

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失われた村【7】

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 小菅村に入ると、村人達が澪の姿を見つけては、指を差して笑顔を向けた。すぐに村長である銀次ぎんじが駆けつけ、涙を浮かべて喜んだ。
 村人達がわらわらと集まり、澪と歩澄を囲んだ。慣れない光景に歩澄は顔をしかめ、村人達は珍しいものを見るような目で歩澄を見上げた。歩澄の身長は、小菅村の男の平均よりも更に高く、皆圧倒されるのであった。

 銀次の家に呼ばれ、澪と歩澄は並んで腰かける。丈夫な木で作られた敷地の広い平家である。大工である銀次は自らの弟子と共に己の家を建てたのだ。しっかりとした造りの自慢の家である。
 次々と料理が運ばれ、客をもてなす態勢が整った。

「急にどうしたんだい? 文の一つもよこさないで」

 そうお松は言うが、顔は綻び嬉しそうである。

「急に出てっちゃったから、一度皆に会いに来たの。蒼さんの事も皆に紹介したくて」

 そう言って満面の笑みを向ける澪に、歩澄は赤面しそうになり、こほんと一つ咳払いをした。
 神室歩澄の名は他郷でも知れ渡っている。故に、歩澄と呼ぶ事は身分を明かすのと同じ事。蒼と呼ぶよう指示したのは、他でもない歩澄であった。また、歩澄も小菅村にいる間はりょうと呼ぶことを約束していた。

「何だい、澪ちゃんのい人かい?」

「え!? あ、うん……」

 不意にお松にそう言われ、澪は顔を赤くして俯いた。

「何だ何だ、こりゃめでてぇな! ほら、酒を持ってこい!」

 銀次は気前良く酒を振る舞った。そう裕福でなくとも、客人をもてなすのは小菅村のならわしである。

「すまない。突然押し掛けたのにも関わらずこのようにもてなしてもらい」

 歩澄は銀次に向けそう言った。銀次は「気にしないで下せぇ。澪の好い人となりゃ、家族も同然ですで」と豪快に笑った。

「しっかし、綺麗なお方だねぇ。潤銘郷の殿方は皆こんなに綺麗な顔をしてるのかねぇ」

 お松はじーっと歩澄の顔を見つめた。

「お母さんっ、失礼だよ!」

 隣にいた娘の早苗さなえがお松の着物の袖を引っ張りながら声を上げた。

「いや、よい。珍しいであろう。私には異国の血が混じっていてな。潤銘郷にはこういう風貌が多くいる」

 歩澄も他郷の人間から忌み嫌われる事はあっても、このように興味を示されまじまじと顔を見られることは珍しい。それ故、笑みを溢してそう言った。そうは言っても、歩澄程の麗人は潤銘郷にもそうはいない。

「潤銘郷は異国みたいだっていうからねぇ。しかし本当にきっれーなお顔だねぇ。ここいらの殿方とは大違いだよ」

 お松がそう言うと「そりゃちょっと言い過ぎやしないかね」と銀次は不貞腐れた。その様子を見て、周りはどっと笑いに包まれた。

「あんな事があったばかりで、嫌な思いをさせるかと思っていたが、受け入れてもらえてありがたく思う」

 歩澄は眉を下げて銀次の顔を見た。銀次はじっと歩澄の顔を見た後、ふっと頬を緩め「匠閃郷統主の首がとられたことですかい?」と尋ねた。

「ああ」

「……こう言っちゃなんですがね、俺たちゃちっとばかし安心してるんですよ」

「……安心?」

 歩澄は瞳を大きく開き、首を傾げた。

「ご統主様がいた時には年貢として売り上げの半分は納めていましてね……」

「半分だと!?」

 歩澄は目を大きく見開き、声を荒げた。

「ははっ、驚くのは無理もない事ですで。働いても働いても、半分は持っていかれちまう。生活が苦しくて仕方がなかったが、ご統主が亡くなって年貢を納めなくてよくなった。
……潤銘郷のご統主が今後の方針を決めるまでは、俺たちゃ自分の食いぶちに回せるんですよ」

 銀次は安堵した表情でそう語る。澪と歩澄は胸を痛めながらその話を聞いていた。

「昨日はお米がいっぱいきたよ!」

 歩澄の後ろから袖を掴んで顔を出した子供がそう言った。今年五つになる銀次の曾孫、多重たえである。口の端にご飯粒を付けて、左手には握り飯を持っている。

「これ! 多重! お客様の着物が汚れたらどうするんだい!」

 母親である早苗に叱られ、目を潤ませる多重。歩澄は、「叱らぬともよい。おいで」そう言って、多重を抱きかかえ、自分の膝の上に座らせた。

 澪は驚いて言葉を失い、瞳を揺らした。歩澄が己にも見せぬ程優しい笑みを子供に向けていたからだ。

「米は美味いか?」

「うん! すいじょーきょーのお米」

「そうか」

「ほずみさまがくれたんだって」

 そう言って多重は、歩澄の腕の中で握り飯にかぶりついた。

「多重がすみません」

 早苗が頭を下げるが、歩澄は微笑みながら「よい。子供は元気でなくてはならぬ。食欲があるのは良いことだ」と言った。

「はい。お米が届いてからずっと食べているのです。驚きましたよ、潤銘郷からやってきたという方々から多くの物資が届きまして……」

 早苗は、美味しそうに握り飯を頬張る多重を見て微笑みながら言った。

「なんたって水が美味かったな!」
「潤銘郷や翠穣郷はあんなに綺麗な水で飯を炊くらしいぞ」
「そりゃ、贅沢だなー!」

 その辺に座る男達が、わいわいと米や水の話で盛り上がる。無事に梓月と秀虎の家来達による支給が始まっている証であった。

「まさか、あのように良質な食物が贈られくるなどとは思ってもみませんでした」

 早苗がそう言うと、「匠閃郷のご統主が亡くなり不安はありましたが、今となっては潤銘郷に感謝すらしているのですよ」と銀次が続けた。

 その言葉に歩澄は救われた。澪の育った村人達が喜んでくれている。結果的にそれは澪の喜びにも繋がる。また一つ澪の喜ぶ顔が見られ、歩澄の心はじんわりと温かくなった。
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