117 / 275
失われた村【7】
しおりを挟む
小菅村に入ると、村人達が澪の姿を見つけては、指を差して笑顔を向けた。すぐに村長である銀次が駆けつけ、涙を浮かべて喜んだ。
村人達がわらわらと集まり、澪と歩澄を囲んだ。慣れない光景に歩澄は顔をしかめ、村人達は珍しいものを見るような目で歩澄を見上げた。歩澄の身長は、小菅村の男の平均よりも更に高く、皆圧倒されるのであった。
銀次の家に呼ばれ、澪と歩澄は並んで腰かける。丈夫な木で作られた敷地の広い平家である。大工である銀次は自らの弟子と共に己の家を建てたのだ。しっかりとした造りの自慢の家である。
次々と料理が運ばれ、客をもてなす態勢が整った。
「急にどうしたんだい? 文の一つもよこさないで」
そうお松は言うが、顔は綻び嬉しそうである。
「急に出てっちゃったから、一度皆に会いに来たの。蒼さんの事も皆に紹介したくて」
そう言って満面の笑みを向ける澪に、歩澄は赤面しそうになり、こほんと一つ咳払いをした。
神室歩澄の名は他郷でも知れ渡っている。故に、歩澄と呼ぶ事は身分を明かすのと同じ事。蒼と呼ぶよう指示したのは、他でもない歩澄であった。また、歩澄も小菅村にいる間は澪と呼ぶことを約束していた。
「何だい、澪ちゃんの好い人かい?」
「え!? あ、うん……」
不意にお松にそう言われ、澪は顔を赤くして俯いた。
「何だ何だ、こりゃめでてぇな! ほら、酒を持ってこい!」
銀次は気前良く酒を振る舞った。そう裕福でなくとも、客人をもてなすのは小菅村のならわしである。
「すまない。突然押し掛けたのにも関わらずこのようにもてなしてもらい」
歩澄は銀次に向けそう言った。銀次は「気にしないで下せぇ。澪の好い人となりゃ、家族も同然ですで」と豪快に笑った。
「しっかし、綺麗なお方だねぇ。潤銘郷の殿方は皆こんなに綺麗な顔をしてるのかねぇ」
お松はじーっと歩澄の顔を見つめた。
「お母さんっ、失礼だよ!」
隣にいた娘の早苗がお松の着物の袖を引っ張りながら声を上げた。
「いや、よい。珍しいであろう。私には異国の血が混じっていてな。潤銘郷にはこういう風貌が多くいる」
歩澄も他郷の人間から忌み嫌われる事はあっても、このように興味を示されまじまじと顔を見られることは珍しい。それ故、笑みを溢してそう言った。そうは言っても、歩澄程の麗人は潤銘郷にもそうはいない。
「潤銘郷は異国みたいだっていうからねぇ。しかし本当にきっれーなお顔だねぇ。ここいらの殿方とは大違いだよ」
お松がそう言うと「そりゃちょっと言い過ぎやしないかね」と銀次は不貞腐れた。その様子を見て、周りはどっと笑いに包まれた。
「あんな事があったばかりで、嫌な思いをさせるかと思っていたが、受け入れてもらえてありがたく思う」
歩澄は眉を下げて銀次の顔を見た。銀次はじっと歩澄の顔を見た後、ふっと頬を緩め「匠閃郷統主の首がとられたことですかい?」と尋ねた。
「ああ」
「……こう言っちゃなんですがね、俺たちゃちっとばかし安心してるんですよ」
「……安心?」
歩澄は瞳を大きく開き、首を傾げた。
「ご統主様がいた時には年貢として売り上げの半分は納めていましてね……」
「半分だと!?」
歩澄は目を大きく見開き、声を荒げた。
「ははっ、驚くのは無理もない事ですで。働いても働いても、半分は持っていかれちまう。生活が苦しくて仕方がなかったが、ご統主が亡くなって年貢を納めなくてよくなった。
……潤銘郷のご統主が今後の方針を決めるまでは、俺たちゃ自分の食いぶちに回せるんですよ」
銀次は安堵した表情でそう語る。澪と歩澄は胸を痛めながらその話を聞いていた。
「昨日はお米がいっぱいきたよ!」
歩澄の後ろから袖を掴んで顔を出した子供がそう言った。今年五つになる銀次の曾孫、多重である。口の端にご飯粒を付けて、左手には握り飯を持っている。
「これ! 多重! お客様の着物が汚れたらどうするんだい!」
母親である早苗に叱られ、目を潤ませる多重。歩澄は、「叱らぬともよい。おいで」そう言って、多重を抱きかかえ、自分の膝の上に座らせた。
澪は驚いて言葉を失い、瞳を揺らした。歩澄が己にも見せぬ程優しい笑みを子供に向けていたからだ。
「米は美味いか?」
「うん! すいじょーきょーのお米」
「そうか」
「ほずみさまがくれたんだって」
そう言って多重は、歩澄の腕の中で握り飯にかぶりついた。
「多重がすみません」
早苗が頭を下げるが、歩澄は微笑みながら「よい。子供は元気でなくてはならぬ。食欲があるのは良いことだ」と言った。
「はい。お米が届いてからずっと食べているのです。驚きましたよ、潤銘郷からやってきたという方々から多くの物資が届きまして……」
早苗は、美味しそうに握り飯を頬張る多重を見て微笑みながら言った。
「なんたって水が美味かったな!」
「潤銘郷や翠穣郷はあんなに綺麗な水で飯を炊くらしいぞ」
「そりゃ、贅沢だなー!」
その辺に座る男達が、わいわいと米や水の話で盛り上がる。無事に梓月と秀虎の家来達による支給が始まっている証であった。
「まさか、あのように良質な食物が贈られくるなどとは思ってもみませんでした」
早苗がそう言うと、「匠閃郷のご統主が亡くなり不安はありましたが、今となっては潤銘郷に感謝すらしているのですよ」と銀次が続けた。
その言葉に歩澄は救われた。澪の育った村人達が喜んでくれている。結果的にそれは澪の喜びにも繋がる。また一つ澪の喜ぶ顔が見られ、歩澄の心はじんわりと温かくなった。
村人達がわらわらと集まり、澪と歩澄を囲んだ。慣れない光景に歩澄は顔をしかめ、村人達は珍しいものを見るような目で歩澄を見上げた。歩澄の身長は、小菅村の男の平均よりも更に高く、皆圧倒されるのであった。
銀次の家に呼ばれ、澪と歩澄は並んで腰かける。丈夫な木で作られた敷地の広い平家である。大工である銀次は自らの弟子と共に己の家を建てたのだ。しっかりとした造りの自慢の家である。
次々と料理が運ばれ、客をもてなす態勢が整った。
「急にどうしたんだい? 文の一つもよこさないで」
そうお松は言うが、顔は綻び嬉しそうである。
「急に出てっちゃったから、一度皆に会いに来たの。蒼さんの事も皆に紹介したくて」
そう言って満面の笑みを向ける澪に、歩澄は赤面しそうになり、こほんと一つ咳払いをした。
神室歩澄の名は他郷でも知れ渡っている。故に、歩澄と呼ぶ事は身分を明かすのと同じ事。蒼と呼ぶよう指示したのは、他でもない歩澄であった。また、歩澄も小菅村にいる間は澪と呼ぶことを約束していた。
「何だい、澪ちゃんの好い人かい?」
「え!? あ、うん……」
不意にお松にそう言われ、澪は顔を赤くして俯いた。
「何だ何だ、こりゃめでてぇな! ほら、酒を持ってこい!」
銀次は気前良く酒を振る舞った。そう裕福でなくとも、客人をもてなすのは小菅村のならわしである。
「すまない。突然押し掛けたのにも関わらずこのようにもてなしてもらい」
歩澄は銀次に向けそう言った。銀次は「気にしないで下せぇ。澪の好い人となりゃ、家族も同然ですで」と豪快に笑った。
「しっかし、綺麗なお方だねぇ。潤銘郷の殿方は皆こんなに綺麗な顔をしてるのかねぇ」
お松はじーっと歩澄の顔を見つめた。
「お母さんっ、失礼だよ!」
隣にいた娘の早苗がお松の着物の袖を引っ張りながら声を上げた。
「いや、よい。珍しいであろう。私には異国の血が混じっていてな。潤銘郷にはこういう風貌が多くいる」
歩澄も他郷の人間から忌み嫌われる事はあっても、このように興味を示されまじまじと顔を見られることは珍しい。それ故、笑みを溢してそう言った。そうは言っても、歩澄程の麗人は潤銘郷にもそうはいない。
「潤銘郷は異国みたいだっていうからねぇ。しかし本当にきっれーなお顔だねぇ。ここいらの殿方とは大違いだよ」
お松がそう言うと「そりゃちょっと言い過ぎやしないかね」と銀次は不貞腐れた。その様子を見て、周りはどっと笑いに包まれた。
「あんな事があったばかりで、嫌な思いをさせるかと思っていたが、受け入れてもらえてありがたく思う」
歩澄は眉を下げて銀次の顔を見た。銀次はじっと歩澄の顔を見た後、ふっと頬を緩め「匠閃郷統主の首がとられたことですかい?」と尋ねた。
「ああ」
「……こう言っちゃなんですがね、俺たちゃちっとばかし安心してるんですよ」
「……安心?」
歩澄は瞳を大きく開き、首を傾げた。
「ご統主様がいた時には年貢として売り上げの半分は納めていましてね……」
「半分だと!?」
歩澄は目を大きく見開き、声を荒げた。
「ははっ、驚くのは無理もない事ですで。働いても働いても、半分は持っていかれちまう。生活が苦しくて仕方がなかったが、ご統主が亡くなって年貢を納めなくてよくなった。
……潤銘郷のご統主が今後の方針を決めるまでは、俺たちゃ自分の食いぶちに回せるんですよ」
銀次は安堵した表情でそう語る。澪と歩澄は胸を痛めながらその話を聞いていた。
「昨日はお米がいっぱいきたよ!」
歩澄の後ろから袖を掴んで顔を出した子供がそう言った。今年五つになる銀次の曾孫、多重である。口の端にご飯粒を付けて、左手には握り飯を持っている。
「これ! 多重! お客様の着物が汚れたらどうするんだい!」
母親である早苗に叱られ、目を潤ませる多重。歩澄は、「叱らぬともよい。おいで」そう言って、多重を抱きかかえ、自分の膝の上に座らせた。
澪は驚いて言葉を失い、瞳を揺らした。歩澄が己にも見せぬ程優しい笑みを子供に向けていたからだ。
「米は美味いか?」
「うん! すいじょーきょーのお米」
「そうか」
「ほずみさまがくれたんだって」
そう言って多重は、歩澄の腕の中で握り飯にかぶりついた。
「多重がすみません」
早苗が頭を下げるが、歩澄は微笑みながら「よい。子供は元気でなくてはならぬ。食欲があるのは良いことだ」と言った。
「はい。お米が届いてからずっと食べているのです。驚きましたよ、潤銘郷からやってきたという方々から多くの物資が届きまして……」
早苗は、美味しそうに握り飯を頬張る多重を見て微笑みながら言った。
「なんたって水が美味かったな!」
「潤銘郷や翠穣郷はあんなに綺麗な水で飯を炊くらしいぞ」
「そりゃ、贅沢だなー!」
その辺に座る男達が、わいわいと米や水の話で盛り上がる。無事に梓月と秀虎の家来達による支給が始まっている証であった。
「まさか、あのように良質な食物が贈られくるなどとは思ってもみませんでした」
早苗がそう言うと、「匠閃郷のご統主が亡くなり不安はありましたが、今となっては潤銘郷に感謝すらしているのですよ」と銀次が続けた。
その言葉に歩澄は救われた。澪の育った村人達が喜んでくれている。結果的にそれは澪の喜びにも繋がる。また一つ澪の喜ぶ顔が見られ、歩澄の心はじんわりと温かくなった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」
公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。
死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」
目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。
「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」
隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。
そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……?
「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」
資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる