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失われた村【8】
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遅れてやってきた善知鳥も含め、宴は大いに盛り上がった。歩澄も騒ぐ男達と共に酒を煽り、職人の物造り自慢に耳を傾けた。
宵になると昼間の騒々しさが嘘のように静まり返っていた。外では虫が鳴いており、歩澄は褥に横たわる澪の頭を撫でながら笑みを溢した。
村長の客間に通され、広々とした部屋で褥を並べて二人横になっていた。
「すっかり気に入られてしまいましたね」
澪は歩澄の顔を見上げて笑う。
「どうだかな。しかし、食物の支給を喜んでもらえてよかった」
「はい。私も安心しました」
「私もだ。今日は長く馬を走らせ、疲れたであろう。もう眠れ」
歩澄がそう声をかけると、澪は微笑み目を閉じた。大丈夫だと言っていたものの、久しぶりの乗馬で疲れが溜まっていたのだろう。澪は暫くしてから寝息を立て始めた。
歩澄は澪の頬に一つ唇を落としてから、縁側に出た。空が澄んでいて星が綺麗だった。
「眠れませんかな?」
突如声がし、歩澄はゆっくりと振り返る。そこには銀次が立っていた。
「星が綺麗だったのでな。ゆっくりと眺めたいと思ってな」
「そうでしたか。ご迷惑でなければ少し散歩でもしませぬか」
昼間とは違う、落ち着いた話口調であった。歩澄は何かの意図を察してそれに従った。
家の前の道をゆっくりと歩く。時に空を見上げ、煌めく星を見つめた。
「澪が嬉しそうに笑っていて安心しました。連れてきて下さってありがとうございます」
「何を言う。連れてきてもらったのはこちらだ」
歩澄の言葉に銀次はふっと笑う。
「不憫な子でしてね……」
「ああ」
「統主の話をする時にはいつも気遣うが、全く話題に出さないわけにもいかないもので……」
昼間の話をしているのだろう、と歩澄は思った。
「……村人達は皆、匠閃城の事を?」
「ええ。知っております。澪が澪姫だということを」
「……そうか」
歩澄は、空穏の様子からそうではないかと察してはいた。しかし、澪本人は未だに村人達に己の素性を隠したままだと思っている。それ故、下手なことは言わずにおいたのだ。
「昨日の支給、ありがとうございました」
銀次は深々と歩澄に頭を下げた。
「……気付いていたのか」
歩澄は眉を下げ、ふっと笑みを溢した。
「こんなんでも昔はね、高貴なお方にたくさんの依頼を受けたものですよ。その中には統主もいたし、王もいた。貴方は歩澄様の……いや、先代ご統主と言うべきかな。奥方様にそっくりだ」
銀次がそう言うと、歩澄ははっと顔を上げ「母上を知っているのか!?」と言った。
「ええ。存じておりますよ。その昔はよく歩澄様から依頼を受けましてね。武具に庭に城。潤銘城の修復には私も加わらせていただきましたよ」
銀次は懐かしむようにそう言った。
「残念でなりませぬ。歩澄様は本当にいいご統主だった。私達が潤銘郷を羨む程にね」
銀次はふっと歩澄に微笑んだ。
「憲明様とてその昔は芯の通った立派な方だった。しかし、側室が来てから変わってしまった。どんどん郷は貧しくなり、憲明様は民に目を向けなくなった。歩澄様が亡くなってから余計に……」
「父上と憲明殿は仲が良かったのか?」
「ええ。お二人は、ご統主になる前からのご友人だったそうです。まだ王もいましたし、統主同士での争い事はあまりなかった。しかし、憲明様が御家騒動でごたついている間に、歩澄様は亡くなってしまわれた……。澪は既にこの村にいましたし、憲明様を支える者はおらなくなった」
「……そうであったか」
「しかし、不思議な縁ですな……。澪と貴方様の姿を見た時、私は涙が出そうになりましたよ。きっと貴方様と澪ならば、昔のように匠閃郷と潤銘郷も良好な関係を築けるようになるでしょうな」
「そうだといいがな……。しかし、私はこの郷では冷酷非道と恐れられているらしい」
歩澄が自嘲気味に笑うと、銀次は目を丸くさせ、大声で笑った。
「そのような噂を信じているのは子供だけですよ」
銀次はおかしそうにそう笑うため、歩澄は顔をしかめた。
「貴方様がご統主に上がられた頃には、憲明様は既にあのような状態であったから無理もない。先代の歩澄様は、いつも嬉しそうに貴方様の話をしてくれましてね。泣き虫で寂しがり屋で意気地がないと」
「なっ……」
歩澄は、顔を真っ赤にさせ、言葉を失った。
宵になると昼間の騒々しさが嘘のように静まり返っていた。外では虫が鳴いており、歩澄は褥に横たわる澪の頭を撫でながら笑みを溢した。
村長の客間に通され、広々とした部屋で褥を並べて二人横になっていた。
「すっかり気に入られてしまいましたね」
澪は歩澄の顔を見上げて笑う。
「どうだかな。しかし、食物の支給を喜んでもらえてよかった」
「はい。私も安心しました」
「私もだ。今日は長く馬を走らせ、疲れたであろう。もう眠れ」
歩澄がそう声をかけると、澪は微笑み目を閉じた。大丈夫だと言っていたものの、久しぶりの乗馬で疲れが溜まっていたのだろう。澪は暫くしてから寝息を立て始めた。
歩澄は澪の頬に一つ唇を落としてから、縁側に出た。空が澄んでいて星が綺麗だった。
「眠れませんかな?」
突如声がし、歩澄はゆっくりと振り返る。そこには銀次が立っていた。
「星が綺麗だったのでな。ゆっくりと眺めたいと思ってな」
「そうでしたか。ご迷惑でなければ少し散歩でもしませぬか」
昼間とは違う、落ち着いた話口調であった。歩澄は何かの意図を察してそれに従った。
家の前の道をゆっくりと歩く。時に空を見上げ、煌めく星を見つめた。
「澪が嬉しそうに笑っていて安心しました。連れてきて下さってありがとうございます」
「何を言う。連れてきてもらったのはこちらだ」
歩澄の言葉に銀次はふっと笑う。
「不憫な子でしてね……」
「ああ」
「統主の話をする時にはいつも気遣うが、全く話題に出さないわけにもいかないもので……」
昼間の話をしているのだろう、と歩澄は思った。
「……村人達は皆、匠閃城の事を?」
「ええ。知っております。澪が澪姫だということを」
「……そうか」
歩澄は、空穏の様子からそうではないかと察してはいた。しかし、澪本人は未だに村人達に己の素性を隠したままだと思っている。それ故、下手なことは言わずにおいたのだ。
「昨日の支給、ありがとうございました」
銀次は深々と歩澄に頭を下げた。
「……気付いていたのか」
歩澄は眉を下げ、ふっと笑みを溢した。
「こんなんでも昔はね、高貴なお方にたくさんの依頼を受けたものですよ。その中には統主もいたし、王もいた。貴方は歩澄様の……いや、先代ご統主と言うべきかな。奥方様にそっくりだ」
銀次がそう言うと、歩澄ははっと顔を上げ「母上を知っているのか!?」と言った。
「ええ。存じておりますよ。その昔はよく歩澄様から依頼を受けましてね。武具に庭に城。潤銘城の修復には私も加わらせていただきましたよ」
銀次は懐かしむようにそう言った。
「残念でなりませぬ。歩澄様は本当にいいご統主だった。私達が潤銘郷を羨む程にね」
銀次はふっと歩澄に微笑んだ。
「憲明様とてその昔は芯の通った立派な方だった。しかし、側室が来てから変わってしまった。どんどん郷は貧しくなり、憲明様は民に目を向けなくなった。歩澄様が亡くなってから余計に……」
「父上と憲明殿は仲が良かったのか?」
「ええ。お二人は、ご統主になる前からのご友人だったそうです。まだ王もいましたし、統主同士での争い事はあまりなかった。しかし、憲明様が御家騒動でごたついている間に、歩澄様は亡くなってしまわれた……。澪は既にこの村にいましたし、憲明様を支える者はおらなくなった」
「……そうであったか」
「しかし、不思議な縁ですな……。澪と貴方様の姿を見た時、私は涙が出そうになりましたよ。きっと貴方様と澪ならば、昔のように匠閃郷と潤銘郷も良好な関係を築けるようになるでしょうな」
「そうだといいがな……。しかし、私はこの郷では冷酷非道と恐れられているらしい」
歩澄が自嘲気味に笑うと、銀次は目を丸くさせ、大声で笑った。
「そのような噂を信じているのは子供だけですよ」
銀次はおかしそうにそう笑うため、歩澄は顔をしかめた。
「貴方様がご統主に上がられた頃には、憲明様は既にあのような状態であったから無理もない。先代の歩澄様は、いつも嬉しそうに貴方様の話をしてくれましてね。泣き虫で寂しがり屋で意気地がないと」
「なっ……」
歩澄は、顔を真っ赤にさせ、言葉を失った。
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