【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

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失われた村【9】

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「私達のような老いぼれは皆、先代の歩澄様のお人柄をよく知っている。憲明様も、貴方様に殺されるなら本望だったのではないでしょうかな……」

「まさか……」

「歩澄様を救えなかったとご自分を責めていたと聞きます。何かに赦されたかったのやもしれません」

「私のしたことは間違ってはいなかったのだろうか……」

「間違っている筈がございません。現に匠閃郷の村人達はこんなにも活気が戻った。貴方様のおかげです」

 銀次はそう言って微笑んだ。歩澄は胸のつかえがすっとなくなったような感覚を得た。心のどこかで澪の家族を殺したことをずっと考えていたのだ。

「それに、どうせ澪の計らいでしょう」

「……なぜそう思う?」 

「あの子は匠閃城の人間を恨んでいましたから。少なくとも、あの子のためにはなったのです」

「そう言われれば、少しは救われる」

「ずる賢く、頭の回る子です。戦闘力を持ち、気が強く気性も荒い……」

「……ああ」

 銀次の言葉に歩澄は苦笑した。

「しかし、とても思いやりのある優しい子だ。私達は皆あの子が大好きでしてね。浬と勧玄を失って心の傷は更に深くなった。しかし、貴方様がいれば……」

「待て、今何と言った……?」

 歩澄は銀次の言葉を遮りそう尋ねた。

「はて?」

「勧玄……?」

「ええ。聞いておりませんか?」

「勧玄とはあの大剣豪勧玄のことか!?」

 歩澄は血相を変えて、銀次に詰め寄った。

「そ、そうですよ。澪に剣術の全てを叩き込んだ男です」

「……だから万浬を……」

 歩澄は、万浬を模して華月を鍛刀したのは自分だと微笑んだ澪の顔を思い出していた。大きく動揺し、歩澄はその場にしゃがみ込んだ。

「どうりで強い筈だ……」

 歩澄は右手で口元を覆い、目を泳がせた。大剣豪勧玄といえば、憧れない男児などいない程の強者である。その男こそが伝説であり、万浬は幻の刀。まさかその男が澪に剣術を教えていたとは予想もしていなかった。

「大丈夫ですかい?」

 銀次は心配そうに声をかけた。

「ああ……すまない。取り乱した……。しかし、その澪はどれ程の腕を……」

「そりゃ、勧玄の技術全てを受け継いでおりますからな。本気で戦う様は、勧玄生き写しですよ」

 銀次は高らかに笑い、「強いですよ。そりゃ、もう」と付け加えた。
 歩澄は統主となった時より寝る間も惜しんで稽古に励んだ。秀虎に厳しく稽古され、更に剣術を磨いた。
 恐らく潤銘郷においては、歩澄の右にでる者はいないであろう。歩澄自身もそれを自負していた。しかし、大剣豪勧玄の弟子とあっては女といえど見くびってはいけない。歩澄の本能がそう訴えかけていた。
 今後、より一層鍛練が必要であると気を引き締めたところでようやく歩澄は立ち上がった。

「……私は、みおの喜ぶ顔が見たい」

 ポツリとそう言った歩澄の言葉に、銀次は目を丸くさせ、ほっほっほと嬉しそうに笑った。

「本気でりょうに惚れておるのですか」

「ああ。恥ずかしながらすっかり夢中なのだ」

「何も恥ずかしいことなどありませぬ。あれは人気がありますぞ」

「……わかっておる」

「芯が強く、弱音を吐きませんからな。そういう人の強さは人を惹き付ける。今後も敵は多く出てくるでしょうな」

「覚悟はできている。私は、あの者を誰にも渡す気はない」

 歩澄は凛とした視線で真っ直ぐ銀次を見つめた。

「ほっほっほ。その目だ、その目。先代の歩澄様そっくりですぞ」

「……そうか」

「澪が自分で決めて出ていったのです。貴方様が一緒であれば私共も安心です」

「ああ。澪は私が守る。そして、澪が大切にしているこの村もな」

「……ありがたいお言葉だ」

 銀次は視界が涙で滲み、それを隠すように歩澄に背を向けた。

「間抜村の事も澪から聞いた。ゆくゆくは、そういった貧しい村をなくしたいと思っている。匠閃郷の統主も兼ねるからには、今よりも良い生活を民に提供できるよう努めたい……」

「本当に……歩澄様の言葉が嘘のようにしっかりとされたご子息だ。蒼殿……あえて今はそう呼ばせていただきたい」

「ああ」

「私達、匠閃郷の民は皆、潤銘郷統主についていく覚悟はできている」

 銀次の言葉に、歩澄は顔を上げた。じっと銀次の背中を見つめる。

「匠閃郷には潤銘郷程の富もなければ気品もない。しかし、職人の技術ならいくらでもある。ご統主様が一言声をかけて下されば、私達は喜んでその技術を使います」

「……それは心強いな」

「ですからどうか、今度は潤銘郷統主としてお越し下さいませ」

 そう言って振り返った銀次に歩澄はふっと頬を緩め、「そうさせてもらう」と言った。
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