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失われた村【10】

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 澪と歩澄は翌日もう一泊世話になり、昼餉時前には匠閃郷を後にした。また必ず来ると言い残して。
 
「澪……その、華月だが……」

 馬を走らせながら、歩澄は不意に澪にそう声をかけた。視線は澪の腰に差された華月に向かっている。空穏と共に洸烈郷へ行くと言った時、返したままになっていた。
 澪はそれを毎日大切に手入れし、持ち歩いている。

「はい?」

「その……やはりまだ貸しておいてはもらえぬか?」

「華月をですか?」

「ああ……いつか言ったであろう? 両手で振れるようになっておけと」

「言いました」

「……暫し鍛練したい」

 歩澄の言葉に澪は目を見張る。しかし次の瞬間、澪はふっと微笑み「わかりました」とだけ言った。

「……勧玄は、両手で扱えたのか?」

「勧玄様をご存知なんですか!?」

 澪は驚いて目を見開いた。前のめりになりながら歩澄に尋ねる。

「兵士なら知らぬ男などいない。誰もが一度は憧れる剣豪だ」

「え? そ、そんなに有名な人なのですか!?」

「お前、知らなかったのか?」

「はい……自分で大剣豪だとは言っていましたが……まさか、そのように有名だったとは……」

「私も何故万浬の名を聞いて勧玄に辿り着かなかったのかが不思議だ。して、どうなのだ?」

「もちろんです。万浬には、玄浬という対の刀が存在します。本来万浬はその玄浬とで一振りなのです」

「そうだったのか……」

「そりゃ、もうとんでもない強さの二刀流剣士です」

 澪の言葉に、歩澄は肩を落とす。左手で華月を扱えない内は勧玄の足元にも及ばないであろうと思ったのだ。

「私は勧玄以上に強くなってみせる。お前よりもな」

「どうでしょう。私と手合わせをしたら既に歩澄様の方が強いかもしれませんよ」

 澪はそう言って眉を下げた。歩澄からビリビリと伝わってくる強さは、梓月の殺気に恐怖した時よりも遥かに上回る。
 刀の峰に乗った澪の体を支える腕といい、本気を出した事を考えると実際のところ澪にも歩澄に勝てる自信はなかった。

「情けは要らぬ。その万浬と玄浬を取り返し、必ずや私が扱えるように努力しよう」

 歩澄は恥を捨て、澪に言った。背負ってきた重みは、澪も同じ。恋仲である前に、一人の戦士として歩澄は澪を認めていた。澪の努力も、経験も全てを受け止めたいと思った。

「はい。必ず取り返します。一つは……玄浬は空穏が持っています 」

「何だと!? ……故に共に行こうと思ったのか?」

「はい。さすれば、残りは二振りですから」

「そうか……すまない。私がその機会を奪ったのだな」

 歩澄は申し訳なさそうに顔を伏せた。しかし澪はふっと笑い「何をおっしゃるのですか。私が玄浬よりも歩澄様と一緒にいることを選んだのです」と言った。
 その言葉に歩澄の目頭は熱くなる。玄浬は澪にとって形見であり、宝だ。それを諦め、歩澄を選んだ。その選択の重味が痛い程伝わってきた。
 他人に必要とされることがこれ程までに幸福感を得られるものなのだと歩澄はこの時初めて知った。




ーー

 城に戻った歩澄は、澪を自ら自室に送り届け、いつもの大広間に重臣達を集めた。

「おかえりなさいませ、歩澄様。ご無事でなによりです」

 そう言って三人は頭を下げた。

「ああ。すっかり暗くなってしまったがな。澪でなければこの暗がりで馬を走らせるなどできなかったであろうな」 

 歩澄はそう言っておかしそうに笑う。

「本当に不思議な姫ですね。貴方にそのような顔をさせるのですから」

 秀虎は柔らかく微笑んだ。

「わ、私とて笑うくらいの事はする」

 目を背けた歩澄に、瑛梓と梓月も口元を緩めた。

「それで、匠閃郷はどうだったのですか? 澪のあの様子ではとても楽しんでこられたようですが」

「ああ。歓迎を受けた」

「……左様でございますか。潤銘郷の風貌をもってしても」

「そうだな。それどころか村長には統主であると気付かれた」

「なっ!?」

 歩澄が苦笑すると、三人は目を見開き、瞳を大きく揺らした。

「秀虎、お前父上と憲明が友人であったと知っていたか?」

 歩澄が畳に視線を落としながらそう言うと、秀虎は顔を上げ「いえ……」と答えた。

「二人は……私の父上と澪の父上は統主になる前からの友人であったそうだ」

「なっ……では……」

「私は父上の友人をこの手で殺めたことになる」

 歩澄はそう言って右の掌を見つめた。しかし、表情を曇らせることはなかった。
 三人の重臣達は動揺し、歩澄の言葉を待った。

「そのような顔をするな、お前達。私は一切の後悔はしておらぬ。ああしなければ匠閃郷は守れなかった」

 歩澄の言葉に、三人は大きく頷いた。

「その昔、潤銘郷と匠閃郷はとても良好な関係だったようだ。幼かった私が一度だけ匠閃郷を訪れたことがあったが、恐らく父上と母上は何度もあの村を訪れている。親友である憲明の正室、伽代の父親は九重浬だからな」

「そのような繋がりが……」

「ああ。村長は、この潤銘城の修復も行った事のある腕利きの大工だそうだ。ますます、あの郷の民は他人事ではなくなった」

「そのようですね」

「して、匠閃郷の民達は私についてくる覚悟ができていると言ってくれた」

 歩澄はそう言って微笑み、三人は息を飲んだ。
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