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失われた村【17】
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「ま、待て……よ、頼寿も民を巻き込むつもりなど毛頭なかったのだ。た、ただ潤銘郷が襲撃してくるのではないかとこちらも気が気でないのでな……」
皇成はびくびくと体を震え上がらせながらそう答えた。歩澄の眼は、今にも皇成に斬りかかってきそうな程鋭いものであった。
「私はお前達のように姑息な真似などしない。私の命が欲しくば、正面から受けて立つ。しかし、民の危険も省みないような馬鹿統主であるとすれば、もはや栄泰郷にも必要ないであろう」
歩澄の冷たい物言いに、皇成はぐっと押し黙る。
「千依は、そちらにくれてやった身だ。既に栄泰郷の人間となった者をどう使おうが知ったことではない。されど、潤銘郷の民を脅かす存在となるのであれば躊躇なく貴様らを殺す。ここまで言ってわからぬほど、馬鹿ではないな?」
歩澄の言葉に、秀虎の妹である千依を利用したことよりも、それによって双方の民へ危険が迫る可能性がある。そこへ歩澄が憤慨していることをこの時皇成はようやく理解ができた。
保身のために千依を間者として送ったことを黙っていたが、歩澄が考えるものは己よりももっと先の大規模なものであった。
皇成は、統主としての己の愚かさを見せつけられた気分になった。
「と、当然だ……。此度のことは謝ろうぞ。決して民を巻き込むつもりなどない。栄泰郷の民への脅威はこちらも本意ではないのだ」
皇成は下唇を噛み締めてそう言った。未だに額に汗を光らせたまま、じっと歩澄の目を見つめる。その意思の強さは、間違いなく栄泰郷統主のもの。普段は暢気であっても、統主としての役目を忘れているわけではない。
「ふん。これは警告だ。次はない。わかるな? 甘やかすわけではない。お前の命など私にはいつでも取れる。そういうことだ」
「ぬ……。栄泰城の真ん中でよくもそのようなことが言えるものだな……」
「当然だ。お前の家来全てを相手にしてでも、お前一人くらいの命は取れる。刺し違えて潤銘郷、栄泰郷統主のいなくなった郷を全て甲斐家か落家にくれてやるつもりか?」
歩澄がはっと鼻で笑う。皇成は、三つの郷の統主がいなくなり、洸烈郷と翠穣郷だけで王座争いをする様を想像し顔をひきつらせた。
「そういうことだ。もっとよく考えて行動することだな。そのような安易な考えてしかできぬ者に、到底王など任せられぬ」
「ぐ……。余は、栄泰郷を守りたいのだ。他統主の好きにさせるわけにはいかぬ」
「それは皆同じことだ。故に王座争いが勃発する。甲斐家が王座に上がればそれこそ郷は終わりだ」
「ど、同感だ……あそこだけはならぬ」
皇成は目を伏せてそう言った。無類の女好きで遊び人。そんな統主らしくない皇成でも、民に対する想いだけは人一倍強かった。国王の座に付きたいのは、郷の民から今の生活を奪いたくないという願いからである。
「皇成。お前のことはいけ好かんが、民がお前を慕っていることは認めているつもりだ」
「か、神室の……」
「経済は潤い、郷は活気に満ち、貧富の差が少ない。誰にでも保てることではない」
珍しく皇成を褒める歩澄に、周りの者は皆、目を見開いた。しかし次の瞬間、「馬鹿だがな」と冷めた口調で言ったことで、皇成はがくんと肩を落とした。
「千依が最後に残した言葉だ。頼寿、お前の命だけは見逃してくれとな」
「っ……」
頼寿はその言葉を聞いて、肩を震わせた。拳を膝の上で握り、歯を食い縛る。
「これから己が殺されるという時に、お前の身を案じたのだ。お前には勿体ない女であった」
秀虎もふっと視線を下げ、最後の千依の姿を思い出していた。
「兄上……歩澄様を裏切り、潤銘郷を裏切り、兄上までもを裏切ったこと、詫びても詫び足りませぬ。私の命など惜しくはありません。全て覚悟の上で帰って参ったのです。私は、頼寿様のために死ねるのなら本望。しかし、あの方の命だけはどうかお見逃し下さい」
それが最後の千依の言葉であった。涙と鼻水とで顔を濡らし、声を枯らしてそう言った。そうまでして千依が惚れた男。
頼寿に命じられたとは言え、自らの意思でもあったのだ。栄泰郷だけの落ち度でもない。それをわかっているからこそ、歩澄も秀虎もこの場はこれで納めようとしていた。
皇成はびくびくと体を震え上がらせながらそう答えた。歩澄の眼は、今にも皇成に斬りかかってきそうな程鋭いものであった。
「私はお前達のように姑息な真似などしない。私の命が欲しくば、正面から受けて立つ。しかし、民の危険も省みないような馬鹿統主であるとすれば、もはや栄泰郷にも必要ないであろう」
歩澄の冷たい物言いに、皇成はぐっと押し黙る。
「千依は、そちらにくれてやった身だ。既に栄泰郷の人間となった者をどう使おうが知ったことではない。されど、潤銘郷の民を脅かす存在となるのであれば躊躇なく貴様らを殺す。ここまで言ってわからぬほど、馬鹿ではないな?」
歩澄の言葉に、秀虎の妹である千依を利用したことよりも、それによって双方の民へ危険が迫る可能性がある。そこへ歩澄が憤慨していることをこの時皇成はようやく理解ができた。
保身のために千依を間者として送ったことを黙っていたが、歩澄が考えるものは己よりももっと先の大規模なものであった。
皇成は、統主としての己の愚かさを見せつけられた気分になった。
「と、当然だ……。此度のことは謝ろうぞ。決して民を巻き込むつもりなどない。栄泰郷の民への脅威はこちらも本意ではないのだ」
皇成は下唇を噛み締めてそう言った。未だに額に汗を光らせたまま、じっと歩澄の目を見つめる。その意思の強さは、間違いなく栄泰郷統主のもの。普段は暢気であっても、統主としての役目を忘れているわけではない。
「ふん。これは警告だ。次はない。わかるな? 甘やかすわけではない。お前の命など私にはいつでも取れる。そういうことだ」
「ぬ……。栄泰城の真ん中でよくもそのようなことが言えるものだな……」
「当然だ。お前の家来全てを相手にしてでも、お前一人くらいの命は取れる。刺し違えて潤銘郷、栄泰郷統主のいなくなった郷を全て甲斐家か落家にくれてやるつもりか?」
歩澄がはっと鼻で笑う。皇成は、三つの郷の統主がいなくなり、洸烈郷と翠穣郷だけで王座争いをする様を想像し顔をひきつらせた。
「そういうことだ。もっとよく考えて行動することだな。そのような安易な考えてしかできぬ者に、到底王など任せられぬ」
「ぐ……。余は、栄泰郷を守りたいのだ。他統主の好きにさせるわけにはいかぬ」
「それは皆同じことだ。故に王座争いが勃発する。甲斐家が王座に上がればそれこそ郷は終わりだ」
「ど、同感だ……あそこだけはならぬ」
皇成は目を伏せてそう言った。無類の女好きで遊び人。そんな統主らしくない皇成でも、民に対する想いだけは人一倍強かった。国王の座に付きたいのは、郷の民から今の生活を奪いたくないという願いからである。
「皇成。お前のことはいけ好かんが、民がお前を慕っていることは認めているつもりだ」
「か、神室の……」
「経済は潤い、郷は活気に満ち、貧富の差が少ない。誰にでも保てることではない」
珍しく皇成を褒める歩澄に、周りの者は皆、目を見開いた。しかし次の瞬間、「馬鹿だがな」と冷めた口調で言ったことで、皇成はがくんと肩を落とした。
「千依が最後に残した言葉だ。頼寿、お前の命だけは見逃してくれとな」
「っ……」
頼寿はその言葉を聞いて、肩を震わせた。拳を膝の上で握り、歯を食い縛る。
「これから己が殺されるという時に、お前の身を案じたのだ。お前には勿体ない女であった」
秀虎もふっと視線を下げ、最後の千依の姿を思い出していた。
「兄上……歩澄様を裏切り、潤銘郷を裏切り、兄上までもを裏切ったこと、詫びても詫び足りませぬ。私の命など惜しくはありません。全て覚悟の上で帰って参ったのです。私は、頼寿様のために死ねるのなら本望。しかし、あの方の命だけはどうかお見逃し下さい」
それが最後の千依の言葉であった。涙と鼻水とで顔を濡らし、声を枯らしてそう言った。そうまでして千依が惚れた男。
頼寿に命じられたとは言え、自らの意思でもあったのだ。栄泰郷だけの落ち度でもない。それをわかっているからこそ、歩澄も秀虎もこの場はこれで納めようとしていた。
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