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失われた村【20】
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澪は暫し楽しそうにした後、急に黙り始めた。完全に酔いが回り睡魔が襲ってきたのではないかと歩澄は様子を伺う。
しかし、澪の顔は眠気とは少し違う。目はとろんと据わっているが、変わらず頬は紅潮しており、艶やかな色気を放っている。
「……澪」
まるで歩澄を誘うかのように上目遣いで視線を捕らえる。歩澄は、今にも赤面しそうになるのを何とか堪えた。
「蒼くん……」
ぽつりと名前を呼ばれ、胸の奥をぐっと掴まれた気分になった。ここが潤銘城であったのなら、歩澄は直ぐにでも澪を抱えてこの場を去ったであろう。
二人だけの空間を手に入れたいと思えてならなかった。
しかし、その異様な澪に気付いたのは歩澄や秀虎ばかりではない。栄泰郷側の家来達も、澪の艶っぽい表情を見て喉を鳴らした。
「な、何だかあの姫は色っぽいのう……既に酔っているのか……」
皇成までも体を前のめりにさせ、すっかり澪に釘付けである。男達の視線を独占している澪。その姿に、紬は血が滲みそうな程唇をぐっと噛んだ。
己の夫までも誘惑する澪に、紬の嫉妬は膨れていく。
「旦那様! どこを見ているのですか!」
紬は皇成の着物の袖を勢いよく引っ張った。
「わっ……と! な、何をむくれておる。余は、客人が酔ってしまっては大変だと思ってだな……」
すっかり不機嫌そうな紬に、皇成の背中に嫌な汗が伝う。
他の女人に目を向けた時も、新しく側室を迎えようとする時も、紬は決まって機嫌を損ねる。
嫉妬深い紬を支えているのは、正妻という立場だけである。数多い妾の中でも一番は自分だという立場が何とか殺意を押さえ込んでいた。
しかし、余所の郷から来た名も知らぬ統主の娘に歩澄だけでは飽き足りず、他の殿方の視線までもを奪われた。そう思えてならない紬は、嫉妬の矛先を澪に向けていた。
「それでは私も歓迎の意味を込めて何か披露いたしましょう」
紬は客人をもてなすという名目の元、視線の先を己に向けるための言葉を言ってのけた。
この場で何かを披露すれば、全ての注目は己に向けられる。そう思った紬は琴を弾くことを提案した。
「おぬしが琴を弾いてくれるのか。それは楽しみだのう」
皇成はその提案を嬉しそうに了承した。紬の奏でる琴の音色は美しく、聴く者全てを魅了させると言われる程の腕前である。紬自身もそれを自負しており、皇成と出会ったばかりの頃はよく皇成のためだけに弾いていた。
準備が整うと、紬は指先に神経を集中させ繊細な音を鳴らした。流れるように指を弾き、柔和な音が響く。
その場を和ませるには十分な効果であった。
紬がふと視線を上げると、へらへらと嬉しそうにしている澪の姿と、肩を抱いて澪の体を支える歩澄の姿。
紬の琴にうっとりと耳を傾ける栄泰郷の家臣に対し、歩澄は酒を煽りながら澪の様子を伺っている。
この琴の音色を前にして尚、そのようなみすぼらしい女人に興味がいくのかと紬の堪忍袋の緒が切れる。
何とか失敗しないように演奏を終え、拍手喝采を受けるが、歩澄は紬の方を見ようともしないものだから紬の拳はわなわなと震えた。
琴爪が掌に食い込む程、力を込める。どうにか歩澄をこちらに向かせたい。紬はそう思った。
「いやー、やはりおぬしの琴は素晴らしいのう。聴いていて癒される」
わははと機嫌良く皇成は笑う。紬は先程まで澪に目を向けていたくせにと皇成に対して目を細めた。
そんなことよりも気に入らないのは澪のこと。客人であることなどすっかり忘れて、何とか澪に恥をかかせられないかと思考を巡らせた。
しかし、澪の顔は眠気とは少し違う。目はとろんと据わっているが、変わらず頬は紅潮しており、艶やかな色気を放っている。
「……澪」
まるで歩澄を誘うかのように上目遣いで視線を捕らえる。歩澄は、今にも赤面しそうになるのを何とか堪えた。
「蒼くん……」
ぽつりと名前を呼ばれ、胸の奥をぐっと掴まれた気分になった。ここが潤銘城であったのなら、歩澄は直ぐにでも澪を抱えてこの場を去ったであろう。
二人だけの空間を手に入れたいと思えてならなかった。
しかし、その異様な澪に気付いたのは歩澄や秀虎ばかりではない。栄泰郷側の家来達も、澪の艶っぽい表情を見て喉を鳴らした。
「な、何だかあの姫は色っぽいのう……既に酔っているのか……」
皇成までも体を前のめりにさせ、すっかり澪に釘付けである。男達の視線を独占している澪。その姿に、紬は血が滲みそうな程唇をぐっと噛んだ。
己の夫までも誘惑する澪に、紬の嫉妬は膨れていく。
「旦那様! どこを見ているのですか!」
紬は皇成の着物の袖を勢いよく引っ張った。
「わっ……と! な、何をむくれておる。余は、客人が酔ってしまっては大変だと思ってだな……」
すっかり不機嫌そうな紬に、皇成の背中に嫌な汗が伝う。
他の女人に目を向けた時も、新しく側室を迎えようとする時も、紬は決まって機嫌を損ねる。
嫉妬深い紬を支えているのは、正妻という立場だけである。数多い妾の中でも一番は自分だという立場が何とか殺意を押さえ込んでいた。
しかし、余所の郷から来た名も知らぬ統主の娘に歩澄だけでは飽き足りず、他の殿方の視線までもを奪われた。そう思えてならない紬は、嫉妬の矛先を澪に向けていた。
「それでは私も歓迎の意味を込めて何か披露いたしましょう」
紬は客人をもてなすという名目の元、視線の先を己に向けるための言葉を言ってのけた。
この場で何かを披露すれば、全ての注目は己に向けられる。そう思った紬は琴を弾くことを提案した。
「おぬしが琴を弾いてくれるのか。それは楽しみだのう」
皇成はその提案を嬉しそうに了承した。紬の奏でる琴の音色は美しく、聴く者全てを魅了させると言われる程の腕前である。紬自身もそれを自負しており、皇成と出会ったばかりの頃はよく皇成のためだけに弾いていた。
準備が整うと、紬は指先に神経を集中させ繊細な音を鳴らした。流れるように指を弾き、柔和な音が響く。
その場を和ませるには十分な効果であった。
紬がふと視線を上げると、へらへらと嬉しそうにしている澪の姿と、肩を抱いて澪の体を支える歩澄の姿。
紬の琴にうっとりと耳を傾ける栄泰郷の家臣に対し、歩澄は酒を煽りながら澪の様子を伺っている。
この琴の音色を前にして尚、そのようなみすぼらしい女人に興味がいくのかと紬の堪忍袋の緒が切れる。
何とか失敗しないように演奏を終え、拍手喝采を受けるが、歩澄は紬の方を見ようともしないものだから紬の拳はわなわなと震えた。
琴爪が掌に食い込む程、力を込める。どうにか歩澄をこちらに向かせたい。紬はそう思った。
「いやー、やはりおぬしの琴は素晴らしいのう。聴いていて癒される」
わははと機嫌良く皇成は笑う。紬は先程まで澪に目を向けていたくせにと皇成に対して目を細めた。
そんなことよりも気に入らないのは澪のこと。客人であることなどすっかり忘れて、何とか澪に恥をかかせられないかと思考を巡らせた。
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