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失われた村【22】
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澪は身を乗り出して刀を眺めた。うぐいす色の柄は修繕されたままの状態であり、鍔に彫られた龍の形は懐かしいものであった。
「八雲様、この刀はどちらで手に入れたのですか?」
すかさず澪が尋ねると「うん? それは……どこであったかな?」皇成は首をひねり暫し考えていた。しかし、思い出せないのか頼寿に「のう、頼寿これはどうしたのだったか」と尋ねた。
「匠閃郷の商人がやってきたのです。万浬であると言って……」
頼寿はそう言いにくそうに言った。
「ああ! その刀であったか……。すまぬ、その刀は使えぬ。別のものを用意させようぞ」
皇成は大きな溜め息をつき、眉をひそめてそう言った。
「……使えぬ?」
歩澄が怪訝そうに尋ねる。
「左様。万浬だと言われ飛び付いたのだがな。振ってみてがっかりした。ただのがらくたであった」
「がらくた……ですか」
澪はふっと笑みを溢した。
(よかった……八雲皇成は万浬を使いこなせなかったか。このままがらくただと思い込ませておけば、手に入れられるかもしれない……)
「結構な値がしたのだがな。刀を抜いて驚いた。軽すぎて柔くてのう……斬ろうとすれば容易にしなり、人肉どころか紙も切れぬわ。まるで玩具よ」
皇成は落胆した様子でそう言った。万浬の特徴を心得ている歩澄は、皇成の言葉に笑いを堪えた。本物であると気付かれれば、絶対に手放すまい。
「しかし……鞘の柄が変わっておりますね……。鍔も何だか素敵です」
澪は、初めてそれを見るかのように振る舞った。歩澄は澪が何かを企んでいるとみて、その動向を見守った。
「ぬ……? まあ……な。しかし、刀は飾りではないのだぞ? 人が切れぬ刀を置いておいても意味がない。余程価値があるものでなければな」
その価値に皇成が気付いていないだけである。勧玄が愛用していた万浬となれば、澪が探している刀の中でも最も値が張るであろう。
万浬が栄泰郷に流れたことだけが救いである。
「価値がない刀であれば、この刀はいらないのですか?」
「ん? うーん……それなりに値は張った故、手放すのも惜しくないわけではないのだがの……」
皇成としてはがらくたである万浬などすぐにでも手放しても惜しくはなかった。然れど、高価なものだとして売り付けられた故、無償でくれてやるのは気が引けたのだ。
「そういえば燈獅子は売ってしまったと言っていたな」
歩澄がここで助け船を出した。すっと皇成の視線を捕らえ、嘘を掘り起こす。
「そ、それは……」
「燈獅子の代わりにその刀を貰っていくというのはどうだ」
「こ、この刀で手を打とうというのか!?」
皇成はぎょっとして目を見開いた。燈獅子は国宝級の刀。それに比べ万浬は偽物のがらくたである。とても同価値があるとは思えぬ申し出に皇成は動揺したのだ。
「ああ。澪がどうやら気に入ったようなのでな。燈獅子とは比べ物にもならないが、装飾として置く分にはかまわぬだろう」
歩澄も平然を装ってそう言った。皇成としては願ってもない申し出であった。実際にありもしない燈獅子を囮にしたことで、危うく命を落としかけたのだ。それをがらくた一つで許そうと言うのだから。
更に歩澄の機嫌もすっかり良くなったようで、これで全てが丸く収まるのであればくれてやろうと思えた。
しかし、そこで面白くないのが紬である。先程まで酔って殿方の視線を独占していた澪。それが今ではあっけらかんとして、目の前の刀をねだっている。それも、他郷統主であり紬の夫である皇成に直に願い出たのである。
己の身分よりも低い澪が、気安く皇成に話しかけ、物乞いまでする始末。紬は腸が煮えくり返りそうな程憤慨していた。
「八雲様、この刀はどちらで手に入れたのですか?」
すかさず澪が尋ねると「うん? それは……どこであったかな?」皇成は首をひねり暫し考えていた。しかし、思い出せないのか頼寿に「のう、頼寿これはどうしたのだったか」と尋ねた。
「匠閃郷の商人がやってきたのです。万浬であると言って……」
頼寿はそう言いにくそうに言った。
「ああ! その刀であったか……。すまぬ、その刀は使えぬ。別のものを用意させようぞ」
皇成は大きな溜め息をつき、眉をひそめてそう言った。
「……使えぬ?」
歩澄が怪訝そうに尋ねる。
「左様。万浬だと言われ飛び付いたのだがな。振ってみてがっかりした。ただのがらくたであった」
「がらくた……ですか」
澪はふっと笑みを溢した。
(よかった……八雲皇成は万浬を使いこなせなかったか。このままがらくただと思い込ませておけば、手に入れられるかもしれない……)
「結構な値がしたのだがな。刀を抜いて驚いた。軽すぎて柔くてのう……斬ろうとすれば容易にしなり、人肉どころか紙も切れぬわ。まるで玩具よ」
皇成は落胆した様子でそう言った。万浬の特徴を心得ている歩澄は、皇成の言葉に笑いを堪えた。本物であると気付かれれば、絶対に手放すまい。
「しかし……鞘の柄が変わっておりますね……。鍔も何だか素敵です」
澪は、初めてそれを見るかのように振る舞った。歩澄は澪が何かを企んでいるとみて、その動向を見守った。
「ぬ……? まあ……な。しかし、刀は飾りではないのだぞ? 人が切れぬ刀を置いておいても意味がない。余程価値があるものでなければな」
その価値に皇成が気付いていないだけである。勧玄が愛用していた万浬となれば、澪が探している刀の中でも最も値が張るであろう。
万浬が栄泰郷に流れたことだけが救いである。
「価値がない刀であれば、この刀はいらないのですか?」
「ん? うーん……それなりに値は張った故、手放すのも惜しくないわけではないのだがの……」
皇成としてはがらくたである万浬などすぐにでも手放しても惜しくはなかった。然れど、高価なものだとして売り付けられた故、無償でくれてやるのは気が引けたのだ。
「そういえば燈獅子は売ってしまったと言っていたな」
歩澄がここで助け船を出した。すっと皇成の視線を捕らえ、嘘を掘り起こす。
「そ、それは……」
「燈獅子の代わりにその刀を貰っていくというのはどうだ」
「こ、この刀で手を打とうというのか!?」
皇成はぎょっとして目を見開いた。燈獅子は国宝級の刀。それに比べ万浬は偽物のがらくたである。とても同価値があるとは思えぬ申し出に皇成は動揺したのだ。
「ああ。澪がどうやら気に入ったようなのでな。燈獅子とは比べ物にもならないが、装飾として置く分にはかまわぬだろう」
歩澄も平然を装ってそう言った。皇成としては願ってもない申し出であった。実際にありもしない燈獅子を囮にしたことで、危うく命を落としかけたのだ。それをがらくた一つで許そうと言うのだから。
更に歩澄の機嫌もすっかり良くなったようで、これで全てが丸く収まるのであればくれてやろうと思えた。
しかし、そこで面白くないのが紬である。先程まで酔って殿方の視線を独占していた澪。それが今ではあっけらかんとして、目の前の刀をねだっている。それも、他郷統主であり紬の夫である皇成に直に願い出たのである。
己の身分よりも低い澪が、気安く皇成に話しかけ、物乞いまでする始末。紬は腸が煮えくり返りそうな程憤慨していた。
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