133 / 228
失われた村【23】
しおりを挟む
皇成は「神室のがそう言うのであれば、持っていくといい」そう言ったが、紬は「皇成様、お待ち下さい」と引き留めた。
その様子にまだ邪魔をする気かと歩澄は苛立ちを顕にした。
「ぬ……? どうかしたか?」
「皇成様にとってはがらくたやもしれませんが、高値で買い取った物ではございませぬか?」
「まあ……そうだが、こちらも明け渡す約束をしていた刀を売ってしまった故、代わりに持っていくのであればかまわぬと思ったのだが……」
「ただで明け渡すと言うのはいかがなものでしょうか」
紬は、皇成から澪に贈り物をさせることが許せなかったのだ。万浬の価値など知る由もないが、物が何であったにせよ、易々と澪にくれてやるわけにはいかなかった。
「では、買い取ろう」
歩澄は迷うわけもなくそう言った。万浬だとわかっていて持って帰らぬわけにはいかない。栄泰城を訪ねてきたのも、この刀を目的としてのこと。
澪が実際目にしている以上、諦められるわけがない。
「か、買い取るなど……」
皇成は動揺した。本来であれば万浬よりも遥かに高価である燈獅子を明け渡さねばならなかった。それをがらくたを売り付けるなどしては、また借りができてしまうと焦ったのだ。
「まあ……ご統主様がそこまでしてまでそのような物が欲しいのですか……?」
紬は眉を上げて首を傾げた。歩澄は、価値を見破られるのはまずいと思いながら「澪がこれ程までに刀に興味を抱いたのは珍しくてな。匠閃郷出身故、澪にとって刀自体は珍しいものではないが、特にその彫刻が気に入ったようだ」と何とか誤魔化した。
「よ、よい。それならば持っていけ」
歩澄の機嫌がまた悪い方向に傾きそうで、皇成は急いでそう言う。その皇成の態度が更に面白くなく、紬はむっと膨れた。
「お待ち下さい……では、こうしたらいかがでしょう」
不穏な空気が立ち込める中、澪は何かを思い付いたかのように口を開いた。
「この刀に興味をもったのは私です。燈獅子とは無関係ですし、潤銘郷の経費で買い取っていただくのも気が引けます。紬様が仰ったように高値で購入したものをただで貰い受けるのもあつかましいと言えるでしょう……」
「あ、いや……」
澪の言葉に、皇成はそこまで言ってはいないと目を泳がせた。
「ですから、この中から私自身が栄泰郷の者と勝負をし、私が勝ったら譲っていただけるというのはいかがでしょうか」
「なっ……」
澪の申し出にそこにいる全員が目を見張った。歩澄と秀虎は、また一騒動起こると顔を見合わせて息をついた。まるで匠閃城で昂徳との勝負を願い出た時のようだと歩澄は思った。
「こ、この中とはこの中か……?」
「はい。この刀ががらくたであるとすれば残りは2つとなってしまいますが……」
この場で澪が万浬を使いこなせることがわかれば、自ずと本物である疑惑が湧く。それは避けなければならぬ故、選択から外したのである。
「ま、待て……槍は重く、おなごの力で振り回せるものではないぞ」
皇成は澪を案じてそう言った。着飾っていなくとも、女らしく振る舞っていなくとも女人であることには変わりない。女人に甘い皇成は、澪の華奢に見える体で槍を持たせるなど、無謀なことはさせられないと思った。
「では、弓矢で勝負をさせていただけますか?」
澪はそう言って皇成に微笑んだ。澪の体よりも遥かに大きい槍。琥太郎を抱えて歩いた澪にとって、槍を扱うことくらい何でもなかった。
弓矢も槍も匠閃城にいた頃から学んでいたものである。しかし、弓矢であれば相手と直接武器を交える事もない。澪の腕力を悟られる心配は少なく、最も都合が良いものであった。
「うーん……おぬし、弓矢が使えるのか?」
「あまり得意ではありませんが、頑張りたいと思います」
「う、うぬ……その話でいくのであれば負けたらやれぬぞ?」
「はい。その時は諦めます」
その時はまた何か別の策を立てようと澪は考えた。刀に比べて弓矢は得意ではない。澪の言ったことは事実である。しかし、他の兵士と比較して腕が立つことは明らかである。
紬は、澪の言葉ににやりと笑った。姫のたしなみとして弓矢を扱えるなど、実力もたかが知れていると思ったのだ。更に、紬の視線は頼寿に注がれていた。
頼寿の刀の技術は皇成よりも劣り、戦力としては微力である。しかし、弓矢の技術であれば栄泰郷一であった。皇成が主催する大規模な狩猟大会でも、頼寿は決まって優秀な成績を修めていた。
「神室の……それでよいかのう?」
皇成はおずおずと歩澄に尋ねる。歩澄はふっと微笑み「本人がそう望むのであれば、私が口を出すことではない」と言った。
(澪が自ら申し出をするくらいだ。おそらくお粗末な腕前ではなかろう)
歩澄は澪のしたいようにさせることにした。
その様子にまだ邪魔をする気かと歩澄は苛立ちを顕にした。
「ぬ……? どうかしたか?」
「皇成様にとってはがらくたやもしれませんが、高値で買い取った物ではございませぬか?」
「まあ……そうだが、こちらも明け渡す約束をしていた刀を売ってしまった故、代わりに持っていくのであればかまわぬと思ったのだが……」
「ただで明け渡すと言うのはいかがなものでしょうか」
紬は、皇成から澪に贈り物をさせることが許せなかったのだ。万浬の価値など知る由もないが、物が何であったにせよ、易々と澪にくれてやるわけにはいかなかった。
「では、買い取ろう」
歩澄は迷うわけもなくそう言った。万浬だとわかっていて持って帰らぬわけにはいかない。栄泰城を訪ねてきたのも、この刀を目的としてのこと。
澪が実際目にしている以上、諦められるわけがない。
「か、買い取るなど……」
皇成は動揺した。本来であれば万浬よりも遥かに高価である燈獅子を明け渡さねばならなかった。それをがらくたを売り付けるなどしては、また借りができてしまうと焦ったのだ。
「まあ……ご統主様がそこまでしてまでそのような物が欲しいのですか……?」
紬は眉を上げて首を傾げた。歩澄は、価値を見破られるのはまずいと思いながら「澪がこれ程までに刀に興味を抱いたのは珍しくてな。匠閃郷出身故、澪にとって刀自体は珍しいものではないが、特にその彫刻が気に入ったようだ」と何とか誤魔化した。
「よ、よい。それならば持っていけ」
歩澄の機嫌がまた悪い方向に傾きそうで、皇成は急いでそう言う。その皇成の態度が更に面白くなく、紬はむっと膨れた。
「お待ち下さい……では、こうしたらいかがでしょう」
不穏な空気が立ち込める中、澪は何かを思い付いたかのように口を開いた。
「この刀に興味をもったのは私です。燈獅子とは無関係ですし、潤銘郷の経費で買い取っていただくのも気が引けます。紬様が仰ったように高値で購入したものをただで貰い受けるのもあつかましいと言えるでしょう……」
「あ、いや……」
澪の言葉に、皇成はそこまで言ってはいないと目を泳がせた。
「ですから、この中から私自身が栄泰郷の者と勝負をし、私が勝ったら譲っていただけるというのはいかがでしょうか」
「なっ……」
澪の申し出にそこにいる全員が目を見張った。歩澄と秀虎は、また一騒動起こると顔を見合わせて息をついた。まるで匠閃城で昂徳との勝負を願い出た時のようだと歩澄は思った。
「こ、この中とはこの中か……?」
「はい。この刀ががらくたであるとすれば残りは2つとなってしまいますが……」
この場で澪が万浬を使いこなせることがわかれば、自ずと本物である疑惑が湧く。それは避けなければならぬ故、選択から外したのである。
「ま、待て……槍は重く、おなごの力で振り回せるものではないぞ」
皇成は澪を案じてそう言った。着飾っていなくとも、女らしく振る舞っていなくとも女人であることには変わりない。女人に甘い皇成は、澪の華奢に見える体で槍を持たせるなど、無謀なことはさせられないと思った。
「では、弓矢で勝負をさせていただけますか?」
澪はそう言って皇成に微笑んだ。澪の体よりも遥かに大きい槍。琥太郎を抱えて歩いた澪にとって、槍を扱うことくらい何でもなかった。
弓矢も槍も匠閃城にいた頃から学んでいたものである。しかし、弓矢であれば相手と直接武器を交える事もない。澪の腕力を悟られる心配は少なく、最も都合が良いものであった。
「うーん……おぬし、弓矢が使えるのか?」
「あまり得意ではありませんが、頑張りたいと思います」
「う、うぬ……その話でいくのであれば負けたらやれぬぞ?」
「はい。その時は諦めます」
その時はまた何か別の策を立てようと澪は考えた。刀に比べて弓矢は得意ではない。澪の言ったことは事実である。しかし、他の兵士と比較して腕が立つことは明らかである。
紬は、澪の言葉ににやりと笑った。姫のたしなみとして弓矢を扱えるなど、実力もたかが知れていると思ったのだ。更に、紬の視線は頼寿に注がれていた。
頼寿の刀の技術は皇成よりも劣り、戦力としては微力である。しかし、弓矢の技術であれば栄泰郷一であった。皇成が主催する大規模な狩猟大会でも、頼寿は決まって優秀な成績を修めていた。
「神室の……それでよいかのう?」
皇成はおずおずと歩澄に尋ねる。歩澄はふっと微笑み「本人がそう望むのであれば、私が口を出すことではない」と言った。
(澪が自ら申し出をするくらいだ。おそらくお粗末な腕前ではなかろう)
歩澄は澪のしたいようにさせることにした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
198
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる