【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

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失われた村【35】

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 階段を昇るにも、澪は一段ずつ足元を見ながら慎重に行う。匠閃郷は平屋が多く、平民の家には階段というものがない。
 匠閃城では木材でできた階段があったが、急であり幅も狭かった。
 このように広々とした空間自体、初めて見る光景であった。

「ここは、隣国の貴族達を招いた時に泊まらせる宿でな。全て向こうの作りになっている」

「で、では……隣国はこういった建物ばかりなのですか?」

「ああ……そもそも文化が違うからな。今となっては当たり前のようにその文化が潤銘郷にある。この辺りではこういった作りの建物はここくらいのものだが、海の方へ行くとより隣国に近い雰囲気がある。そこの民達は皆、洋服を身に付けている」

「そ、そうなのですね……」

「この程度で驚いていては、その一角には行けぬやもしれんな」

 歩澄はふっと微笑み、澪の頭を軽く撫でた。歩澄と同じ部屋に通された澪。中は大理石でできた床に脚の長いテーブル、そこに並ぶ立派な椅子。
 テーブルの上には三本に枝分かれした金色の蝋燭台。何もかも澪が初めて見る造りであった。

「……」

 圧倒され、言葉を失った澪は歩澄の腕にぎゅうっとしがみついた。

「大丈夫だ。何も怯えることはない。文化は違えど暮らしは変わらぬ。おいで、案内しよう」

 歩澄に手を引かれ、湯船も廁も匠閃郷とは全く違うそれに、澪はただただ目を丸くさせるばかり。
 
「潤銘城は昔の造りだからな。匠閃城にも似たようなところがあるが……おいおいこういった洋の造りに変えていくのもいいかと思ってな」

 ぐるりと部屋を見渡した歩澄がそう言うと、澪ははっと顔を上げ「嫌です!」と叫んだ。

「ん?」

「……慣れません。何だか異国に来てしまったようで、私は嫌です……」

 まるで自国ではないようだと澪は思った。田舎ながらも匠閃郷には多くの思い出があった。不便さはありながらも、村人達と協力しながら生活を送ってきた。
 しかし、目の前にあるのは便利な文化が盛り込まれ、何もかもきらびやかで美しい。汚れなく、光を反射し招待されているようであった。

 澪は、自然な蝋の灯りも、仄暗い橙色の電灯も好きであった。然れど、ここは既に夜も更け始めているというのにいつまでも明るい。
 全く落ち着かず、好奇心よりもただただそわそわとする。

「何だ……初めて城下を見せてやった時のようにもっと喜ぶかと思ったのだがな」
 
 歩澄は、実に残念そうに眉を下げた。珍しいものを興味深そうに見る澪であれば、この宿も面白がるかと思ったのだ。

「不思議です。とても……でも、この空間に取り残されてしまったようで少し怖いです。私は潤銘城が好きですよ……住みやすく、心地良いです。この建物は……匠閃郷の技術とは違います」

「ああ……そうだな。造りはそっくりそのまま隣国の技法だ。建てたのは匠閃郷の民だが、技術を隣国から学び同じように造り上げた」

 歩澄の言葉に、澪は悲しい気持ちになった。匠閃郷とて多くの技術を持ち、どの郷よりも優れた建物や武具を造ってきた。然れど、ここはまるで隣国が侵略してきているようで、その内匠閃郷の技術などいらないと言われてしまうのではないかと恐怖すら感じた。
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