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失われた村【36】
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歩澄は澪の様子に眉を下げ、「お前が望まぬのなら潤銘城はあのまま修復を重ねていこう。心配せずとも、この国全てが隣国に染まっていくわけではない。あくまでも潤銘郷の一角だけだ。ただ、その内この珍しい文化を求める民が増えれば話は変わる」と言った。
「そしたらもう匠閃郷では出来ることがなくなりますね……」
澪がそう言ったことで、歩澄はようやく澪が何を恐れているかが理解できた。
「そんな事はない。匠閃郷の民の持つ技術はどれも素晴らしい。文化が少しずつ変わっていくのであれば、匠閃郷の民も新しい技術を身に付けていけばいいのだ」
「……そうでしょうか。そうなった時、武具も姿を変えるのかもしれませんね」
「……武具自体が減るやもしれぬな」
「っ……どうしてですか!?」
澪は目をカッと見開き、歩澄を見上げた。
「何故そのような顔をする? 武具はどうして必要なのだ? 戦があるからだ。戦のない国となれば武具はいらぬ」
「戦がない? そんなものは幻想です。人はいつか死にます。奪う者もいます。弱者は強者に成す術なく殺されます。歩澄様だって言ったではありませんか! 弱い者が悪いと!」
澪は大声を上げ、力強く歩澄の着物を掴んだ。瞳は揺れ、顔は歪み、納得できないといった表情をしていた。
「そうだな。確かに言った。今でもそう思っている。しかし……いつかは見てみたいと思う……戦のない世界を」
歩澄は、力を込める澪の手をそっと己の手で包み込み、目を閉じた。
「戦がなければ私の父も母も死ななかった。九重も勧玄もな」
澪は、はっと息を飲み、着物を掴む手の力を緩めた。
「私の家来達は皆兵士だ。戦があれば命をかけて戦う。功績のためには前に進む。然れど、中には城下に家族がいる者もある。この国は、郷の為、国のためであれば命を落とすことも仕方のないことだとされている。皆、それに慣れているのだ。しかし、どうだろうか……私の家来が戦で死んだ時、残された家族は悲しむよりも、私に貢献したと喜んでくれると思うか?」
「……歩澄様……」
澪の手を握る歩澄の手が微かに震え、歩澄は目を閉じたまま、額を澪の肩に預けた。
そんな歩澄の様子に澪の声も震えた。
「皆、同じように苦しむ筈だ。私やお前のように……」
「そうですね……」
「戦が当たり前のようになっていても、敵を殺すことを当たり前だと感じていても、大切な者を失う辛さは皆同じなのではないだろうか……」
「……ええ、その通りだと思います」
澪は、優しく歩澄の背中を撫でた。まるで幼子のようだと澪は思った。十五で両親をいっぺんに失い、ある日突然郷の頂点に立った男。悲しむ暇もなく、その日から民の平和と幸せ、郷の発展だけを考えて突き進んできたのだ。
少しでも気を緩め、立ち止まれば一気に緊張は解かれ、威厳も崩れ去る。それ故、片時も気を緩めることなく、神経を張り巡らせて生きてきたに違いない。
その歩澄の言葉は一つ一つが重く、澪の胸に大きな石がいくつも積み重ねられていくようであった。
「私達は、慣れてはいけないのだ。人を殺めることを当然だと思ってはいけない」
「はい……勧玄様とも約束をしました。不必要な殺生はしないと」
「ああ……私は、この世からいつか戦がなくなればいいと思っている。殺さなくとも物事を解決できる何かが確立されればいいと思っているのだ」
「そう……ですね……」
「さすれば自ずと武具も必要なくなる。……匠閃郷の武具作りが廃れた頃は、乱世が平和になった時代であろうな……」
匠閃郷で造られた武具が飛ぶように売れている内は、世が乱れている証。こうしている間にも、誰かが殺められ、ふんぞり返っている者がいる。
匠閃郷の武具が売れなくなるのは、生活をしていく上で痛手ではあるが、民の命を脅かす者が減った証。
皮肉なものであると澪は思った。
「匠閃郷の技術は武具だけではない。建造物とて、道とて水車や風車もそうであろう。それにきっと、もっと高度な技術を身につけ他の郷では真似できないような素晴らしい物を造り上げるであろう」
「……はい」
「私は、幼い頃異国が嫌いだった。この容姿もな……。されど、今では異国の文化も理解し、同じ人間としてわかり合いたいと思っている。さすれば自ずと異国との戦争もなくなるのではないかと思ってな……」
澪は、歩澄の背中を擦る手を止め、顔を伏せた。歩澄が考えているのは、便利な世の中でも、物珍しい文化への興味でもない。ただただ民の平穏な日常をどのように確保していくか、ただそれだけなのだと心を震わせた。
「そしたらもう匠閃郷では出来ることがなくなりますね……」
澪がそう言ったことで、歩澄はようやく澪が何を恐れているかが理解できた。
「そんな事はない。匠閃郷の民の持つ技術はどれも素晴らしい。文化が少しずつ変わっていくのであれば、匠閃郷の民も新しい技術を身に付けていけばいいのだ」
「……そうでしょうか。そうなった時、武具も姿を変えるのかもしれませんね」
「……武具自体が減るやもしれぬな」
「っ……どうしてですか!?」
澪は目をカッと見開き、歩澄を見上げた。
「何故そのような顔をする? 武具はどうして必要なのだ? 戦があるからだ。戦のない国となれば武具はいらぬ」
「戦がない? そんなものは幻想です。人はいつか死にます。奪う者もいます。弱者は強者に成す術なく殺されます。歩澄様だって言ったではありませんか! 弱い者が悪いと!」
澪は大声を上げ、力強く歩澄の着物を掴んだ。瞳は揺れ、顔は歪み、納得できないといった表情をしていた。
「そうだな。確かに言った。今でもそう思っている。しかし……いつかは見てみたいと思う……戦のない世界を」
歩澄は、力を込める澪の手をそっと己の手で包み込み、目を閉じた。
「戦がなければ私の父も母も死ななかった。九重も勧玄もな」
澪は、はっと息を飲み、着物を掴む手の力を緩めた。
「私の家来達は皆兵士だ。戦があれば命をかけて戦う。功績のためには前に進む。然れど、中には城下に家族がいる者もある。この国は、郷の為、国のためであれば命を落とすことも仕方のないことだとされている。皆、それに慣れているのだ。しかし、どうだろうか……私の家来が戦で死んだ時、残された家族は悲しむよりも、私に貢献したと喜んでくれると思うか?」
「……歩澄様……」
澪の手を握る歩澄の手が微かに震え、歩澄は目を閉じたまま、額を澪の肩に預けた。
そんな歩澄の様子に澪の声も震えた。
「皆、同じように苦しむ筈だ。私やお前のように……」
「そうですね……」
「戦が当たり前のようになっていても、敵を殺すことを当たり前だと感じていても、大切な者を失う辛さは皆同じなのではないだろうか……」
「……ええ、その通りだと思います」
澪は、優しく歩澄の背中を撫でた。まるで幼子のようだと澪は思った。十五で両親をいっぺんに失い、ある日突然郷の頂点に立った男。悲しむ暇もなく、その日から民の平和と幸せ、郷の発展だけを考えて突き進んできたのだ。
少しでも気を緩め、立ち止まれば一気に緊張は解かれ、威厳も崩れ去る。それ故、片時も気を緩めることなく、神経を張り巡らせて生きてきたに違いない。
その歩澄の言葉は一つ一つが重く、澪の胸に大きな石がいくつも積み重ねられていくようであった。
「私達は、慣れてはいけないのだ。人を殺めることを当然だと思ってはいけない」
「はい……勧玄様とも約束をしました。不必要な殺生はしないと」
「ああ……私は、この世からいつか戦がなくなればいいと思っている。殺さなくとも物事を解決できる何かが確立されればいいと思っているのだ」
「そう……ですね……」
「さすれば自ずと武具も必要なくなる。……匠閃郷の武具作りが廃れた頃は、乱世が平和になった時代であろうな……」
匠閃郷で造られた武具が飛ぶように売れている内は、世が乱れている証。こうしている間にも、誰かが殺められ、ふんぞり返っている者がいる。
匠閃郷の武具が売れなくなるのは、生活をしていく上で痛手ではあるが、民の命を脅かす者が減った証。
皮肉なものであると澪は思った。
「匠閃郷の技術は武具だけではない。建造物とて、道とて水車や風車もそうであろう。それにきっと、もっと高度な技術を身につけ他の郷では真似できないような素晴らしい物を造り上げるであろう」
「……はい」
「私は、幼い頃異国が嫌いだった。この容姿もな……。されど、今では異国の文化も理解し、同じ人間としてわかり合いたいと思っている。さすれば自ずと異国との戦争もなくなるのではないかと思ってな……」
澪は、歩澄の背中を擦る手を止め、顔を伏せた。歩澄が考えているのは、便利な世の中でも、物珍しい文化への興味でもない。ただただ民の平穏な日常をどのように確保していくか、ただそれだけなのだと心を震わせた。
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