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豊潤な郷【40】
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澪が足を止めた先に、五平がいた。水のはった桶を頭の上でひっくり返し、ざばっと大きな音を立てる。水浸しの頭をがしがしと掻きむしっては「かぁーっ!」と声を上げて顔についた水滴を手のひらで拭った。
その様子は相変わらずで澪は思わず笑みを溢した。
「凄い、汗だくだ」
後ろから澪が声をかけ、手拭いを手渡してやった。五平はその声に驚いてばっと勢いよく振り返ると、満面の笑みを浮かべて手拭いを受け取った。そのまま顔、頭と乱暴に拭き上げ、えりあしから首元をぐいっと拭った。
「久しぶりだな!」
「うん。少し、楊様の所に通ってたの」
「へぇ……。珍しいな。俺達は見ての通り、朝早くから夜遅くまで稽古さ。歩澄様がいないから遣いを頼まれることもないし、専ら体作りだ」
「いいことじゃないか。城内が忙しなくなれば、稽古なんてしてる暇もなくなるんだし。それに、秀虎様の直臣が稽古についてくれてるって聞いたよ」
「ああ。結構厳しいけどな。でも、まあ……其なりにやれてる。琥太郎ももうすぐ素振りを終えて帰ってくるだろ」
「そう。琥太郎くんも元気そうで安心した」
澪が歯を出して笑うと、五平もふっと口角を上げた。
歩澄が城を出て一月が経った。翠穣郷の者に澪が拐われたばかりで、五平も琥太郎も暫くは警戒していた。
焦った様子の歩澄の姿を目の当たりにし、澪はすっかり歩澄にとって特別な存在であることを理解した。琥太郎と三人で笑い合っていた時間も、澪に小言を言われながら修行をしていたことも、まだ何月か前の事だというのに、まるで何年も昔のことのようだった。
既に澪は手の届かないところへいってしまったようで、寂しささえ抱いていた。
歩澄と恋仲になった以上、五平や琥太郎から気安く声も掛けられない。そう思い、澪から近付いてくるまでそっとしておいたのだ。
しかし、久々に見せた顔は以前と変わらぬ態度。二人で顔を合わせている時だけは、友人のような雰囲気で会話ができる。いずれ澪が歩澄の正妻となれば、もうこんなふうに近くで話すこともなくなるのだろうとふと思う時があった。
それでも五平と琥太郎の数少ない味方の一人であることには変わりない。五平も琥太郎も、友人として澪の事がとても好きなのだ。
「澪も元気そうだな。顔色もいい」
「うん。このところよく体を動かしていたからね。楊様に薬を調合し直してもらったし、私も体調の良さを感じてる」
「そうか。澪が稽古してるところを見ないもんだから、琥太郎も心配してたんだ」
「そう。でも大丈夫。歩澄様もきっとそろそろ帰ってくるし」
「なぁ……ずっと聞かずにいたけど翠穣郷で何があったんだ? あっさり帰って来たみたいだけど……」
五平は顔色を伺うかのように、言いにくそうにそう尋ねた。歩澄と重臣以外は、大和が澪を拐った理由も、匠閃郷へ行った理由も詳しく教えられていなかった。
澪はふっと笑い「あっさりと言えばあっさりだけど……まだ問題は続いてるんだ。せっかく見つけた刀も返しては貰えなかった」と言った。
大きく目を見開いた五平は、手拭いを握りしめ、「刀があったのか!?」と食いついた。
「あった。本物だった。でも返してはくれなかったよ。何故かはわからないけど、落様に翠穣郷に留まれと言われた」
「は……? 何で……王になるためか?」
「さあね。ただ、歩澄様は王になるために匠閃郷に行ったんだ」
「王になるために? 匠閃郷と王となんの関係があるんだ?」
歩澄や落と話していた時には、二人は察しが良く要所要所の言葉だけで先の話まで理解できていた。しかし、全てを説明してやらないとわからない五平との会話は、懐かしさを覚える。
澪はやれやれと肩をすくめ、歩澄の目的について説明を始めた。
その様子は相変わらずで澪は思わず笑みを溢した。
「凄い、汗だくだ」
後ろから澪が声をかけ、手拭いを手渡してやった。五平はその声に驚いてばっと勢いよく振り返ると、満面の笑みを浮かべて手拭いを受け取った。そのまま顔、頭と乱暴に拭き上げ、えりあしから首元をぐいっと拭った。
「久しぶりだな!」
「うん。少し、楊様の所に通ってたの」
「へぇ……。珍しいな。俺達は見ての通り、朝早くから夜遅くまで稽古さ。歩澄様がいないから遣いを頼まれることもないし、専ら体作りだ」
「いいことじゃないか。城内が忙しなくなれば、稽古なんてしてる暇もなくなるんだし。それに、秀虎様の直臣が稽古についてくれてるって聞いたよ」
「ああ。結構厳しいけどな。でも、まあ……其なりにやれてる。琥太郎ももうすぐ素振りを終えて帰ってくるだろ」
「そう。琥太郎くんも元気そうで安心した」
澪が歯を出して笑うと、五平もふっと口角を上げた。
歩澄が城を出て一月が経った。翠穣郷の者に澪が拐われたばかりで、五平も琥太郎も暫くは警戒していた。
焦った様子の歩澄の姿を目の当たりにし、澪はすっかり歩澄にとって特別な存在であることを理解した。琥太郎と三人で笑い合っていた時間も、澪に小言を言われながら修行をしていたことも、まだ何月か前の事だというのに、まるで何年も昔のことのようだった。
既に澪は手の届かないところへいってしまったようで、寂しささえ抱いていた。
歩澄と恋仲になった以上、五平や琥太郎から気安く声も掛けられない。そう思い、澪から近付いてくるまでそっとしておいたのだ。
しかし、久々に見せた顔は以前と変わらぬ態度。二人で顔を合わせている時だけは、友人のような雰囲気で会話ができる。いずれ澪が歩澄の正妻となれば、もうこんなふうに近くで話すこともなくなるのだろうとふと思う時があった。
それでも五平と琥太郎の数少ない味方の一人であることには変わりない。五平も琥太郎も、友人として澪の事がとても好きなのだ。
「澪も元気そうだな。顔色もいい」
「うん。このところよく体を動かしていたからね。楊様に薬を調合し直してもらったし、私も体調の良さを感じてる」
「そうか。澪が稽古してるところを見ないもんだから、琥太郎も心配してたんだ」
「そう。でも大丈夫。歩澄様もきっとそろそろ帰ってくるし」
「なぁ……ずっと聞かずにいたけど翠穣郷で何があったんだ? あっさり帰って来たみたいだけど……」
五平は顔色を伺うかのように、言いにくそうにそう尋ねた。歩澄と重臣以外は、大和が澪を拐った理由も、匠閃郷へ行った理由も詳しく教えられていなかった。
澪はふっと笑い「あっさりと言えばあっさりだけど……まだ問題は続いてるんだ。せっかく見つけた刀も返しては貰えなかった」と言った。
大きく目を見開いた五平は、手拭いを握りしめ、「刀があったのか!?」と食いついた。
「あった。本物だった。でも返してはくれなかったよ。何故かはわからないけど、落様に翠穣郷に留まれと言われた」
「は……? 何で……王になるためか?」
「さあね。ただ、歩澄様は王になるために匠閃郷に行ったんだ」
「王になるために? 匠閃郷と王となんの関係があるんだ?」
歩澄や落と話していた時には、二人は察しが良く要所要所の言葉だけで先の話まで理解できていた。しかし、全てを説明してやらないとわからない五平との会話は、懐かしさを覚える。
澪はやれやれと肩をすくめ、歩澄の目的について説明を始めた。
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