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豊潤な郷【41】
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「なるほどな……じゃあ、匠閃郷の村が安泰になれば、翠穣郷の統主は歩澄様につくってことなのか?」
事の経緯を全て聞いた五平は腕を組んで唸るように言った。しっかりとした黒髪は、既に太陽の光を受けて乾ききっていた。
「そう。今のところはそうなってる。ただ、落様が本当に約束を守ってくれるかはわからない。でも……刀があそこにある以上もう翠穣郷に行かないという選択肢はない」
「だろうな。でも、それを取り返せれば残りはあと一振りだな」
「うん……。でも、それは空穏が持ってるから……取り返すのは難しい」
「空穏ってお前の幼なじみだよな? 確か、持ち主の孫なんだっけ?」
「そう。だから本当は空穏が持ってる方がいいのかもしれない……。でも……」
澪は、空穏の腰元に差してあった玄浬の存在を思い出していた。
(玄浬はお祖父様と勧玄様の名前をとった大切な形見……。私が万浬を持ってるし、玄浬を持っててもらってもかまわないけど……でも……勧玄様が何よりも大切にしていた刀だ。側で守りたい……)
顔を伏せた澪に、五平は何と声をかけていいか困惑していた。ふと澪の後ろに琥太郎の姿を見つけ、「あ! 琥太郎が帰って来たぞ」と話を逸らした。
「え!?」
はっと澪は顔を上げ、そっと後ろを振り返った。その刹那、嬉しそうな男の顔。琥太郎は、後ろ姿の澪を見つけ、五平が気付くよりも先に駆けてきたのだ。
「姫様!」
はっはっと息を弾ませ、澪の隣に並ぶ琥太郎。琥太郎は以前よりもうんと背が伸びており、今では五平よりも高い程であった。声もすっかり低くなり、あの可愛らしかった琥太郎の面影は殆どなくなっていた。
「こ、琥太郎……くん?」
「お久しぶりです! 久しぶりに会いたいと思っていたんです」
目尻を下げ、頬を緩める顔は以前と同じであった。そこに少しだけ安心感を抱く。
「凄い……一月見ない間にすっかり男の人になっちゃった」
「はは。厳しい稽古が始まって一気に筋肉が付いたからか、メキメキ体が成長しちゃったみたいです。体中が痛かったんですけど、それもいつの間にかなくなっちゃいました」
話し方は相変わらず穏やかで、それが反対に太い声との違和感を抱く。
「そっか……もっと大きくなりたいって言ってたから……よかったね」
よかったね。そう言いながらも、澪は寂しい気持ちになった。梓月を守れる程、立派な戦士になりたいと泣いていた頃とはもう違う。
腕は倍以上にしっかりと太くなり、澪くらいなら軽々と持ち上げられるだろう。刀に振り回されていた体も、恐らく正しく扱えるようになっているだろうと想像がついた。
澪が守ってやっていた琥太郎はもういない。その事実が喜ばしい事だとわかっていても素直に喜べそうになかった。
「はい! 次の戦は梓月様と共に自ら志願して行くつもりです! いつまでも梓月様に守られているわけにはいきませんからね」
「そうだね……」
「姫様、元気がないみたいですけどどうしたんですか? 具合が悪いのですか?」
心配そうに琥太郎が眉を下げれば、さっきまで一緒に笑っていたのにと五平は首を傾げる。
「ううん。体調はすごくいいよ。ただ、私は可愛い琥太郎くんも好きだったなあって思って」
「す、好きって、姫様っ……」
琥太郎はみるみる内に顔を真っ赤にさせ、筋張って大きくなった手のひらで両頬を覆った。
「おい、お前何赤くなってんだよ」
「だ、だって五平さん……姫様が……」
「ったく。散々澪に可愛がってもらってただろうが。間違って毒を飲んだ時なんか、口移しで解毒薬まで飲ませてもらって。今更何照れてんだよ」
呆れた様子の五平が、後ろの首に手を回し掴むと、ゴキゴキと骨を鳴らした。
琥太郎は、しぱしぱと目を瞬かせた後、「くくくくく口移しぃ!?」と手の甲で唇を隠して後退った。
事の経緯を全て聞いた五平は腕を組んで唸るように言った。しっかりとした黒髪は、既に太陽の光を受けて乾ききっていた。
「そう。今のところはそうなってる。ただ、落様が本当に約束を守ってくれるかはわからない。でも……刀があそこにある以上もう翠穣郷に行かないという選択肢はない」
「だろうな。でも、それを取り返せれば残りはあと一振りだな」
「うん……。でも、それは空穏が持ってるから……取り返すのは難しい」
「空穏ってお前の幼なじみだよな? 確か、持ち主の孫なんだっけ?」
「そう。だから本当は空穏が持ってる方がいいのかもしれない……。でも……」
澪は、空穏の腰元に差してあった玄浬の存在を思い出していた。
(玄浬はお祖父様と勧玄様の名前をとった大切な形見……。私が万浬を持ってるし、玄浬を持っててもらってもかまわないけど……でも……勧玄様が何よりも大切にしていた刀だ。側で守りたい……)
顔を伏せた澪に、五平は何と声をかけていいか困惑していた。ふと澪の後ろに琥太郎の姿を見つけ、「あ! 琥太郎が帰って来たぞ」と話を逸らした。
「え!?」
はっと澪は顔を上げ、そっと後ろを振り返った。その刹那、嬉しそうな男の顔。琥太郎は、後ろ姿の澪を見つけ、五平が気付くよりも先に駆けてきたのだ。
「姫様!」
はっはっと息を弾ませ、澪の隣に並ぶ琥太郎。琥太郎は以前よりもうんと背が伸びており、今では五平よりも高い程であった。声もすっかり低くなり、あの可愛らしかった琥太郎の面影は殆どなくなっていた。
「こ、琥太郎……くん?」
「お久しぶりです! 久しぶりに会いたいと思っていたんです」
目尻を下げ、頬を緩める顔は以前と同じであった。そこに少しだけ安心感を抱く。
「凄い……一月見ない間にすっかり男の人になっちゃった」
「はは。厳しい稽古が始まって一気に筋肉が付いたからか、メキメキ体が成長しちゃったみたいです。体中が痛かったんですけど、それもいつの間にかなくなっちゃいました」
話し方は相変わらず穏やかで、それが反対に太い声との違和感を抱く。
「そっか……もっと大きくなりたいって言ってたから……よかったね」
よかったね。そう言いながらも、澪は寂しい気持ちになった。梓月を守れる程、立派な戦士になりたいと泣いていた頃とはもう違う。
腕は倍以上にしっかりと太くなり、澪くらいなら軽々と持ち上げられるだろう。刀に振り回されていた体も、恐らく正しく扱えるようになっているだろうと想像がついた。
澪が守ってやっていた琥太郎はもういない。その事実が喜ばしい事だとわかっていても素直に喜べそうになかった。
「はい! 次の戦は梓月様と共に自ら志願して行くつもりです! いつまでも梓月様に守られているわけにはいきませんからね」
「そうだね……」
「姫様、元気がないみたいですけどどうしたんですか? 具合が悪いのですか?」
心配そうに琥太郎が眉を下げれば、さっきまで一緒に笑っていたのにと五平は首を傾げる。
「ううん。体調はすごくいいよ。ただ、私は可愛い琥太郎くんも好きだったなあって思って」
「す、好きって、姫様っ……」
琥太郎はみるみる内に顔を真っ赤にさせ、筋張って大きくなった手のひらで両頬を覆った。
「おい、お前何赤くなってんだよ」
「だ、だって五平さん……姫様が……」
「ったく。散々澪に可愛がってもらってただろうが。間違って毒を飲んだ時なんか、口移しで解毒薬まで飲ませてもらって。今更何照れてんだよ」
呆れた様子の五平が、後ろの首に手を回し掴むと、ゴキゴキと骨を鳴らした。
琥太郎は、しぱしぱと目を瞬かせた後、「くくくくく口移しぃ!?」と手の甲で唇を隠して後退った。
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