【完結:R15】蒼色の一振り

強者の郷【4】

　馬車から降りた二人は尚も会話を続けた。

「一番の見せ物だった大会がなくなってしまっては、洸烈郷も活気がなくなってしまいますね」

「それがその大会も三年前からまた再開を果たした」

「……真剣を使って？」

「ああ。空穏が重臣に上がってからだ。お前に聞くまであの者が勧玄の孫だと知らなかったが、どうやら大会復活の裏には煌明と空穏の策略がありそうだな」

「……空穏は口は悪いですが、勧玄様の側を離れていても尊敬していた筈です。あのように玄浬を大切にしているくらいですから。勧玄様を有名にした大会をそのままにしておきたくなかったのかもしれませんね」

「ああ。本当のところはあやつらにしかわからぬところだがな……ところで、空穏の父親……つまり勧玄の息子については知っているか？」

「……いえ。昔、一度俺にも息子がいるが洸烈郷で暮らしていると聞いたきり、詳しいことはなにも……」

「そうか。空穏が洸烈郷に戻った際、どうやら父親の元で過ごしていたようだ。だが、勧玄が亡くなった時も息子は小菅村に顔を出していないと聞いた」

「え、ええ……。私もお会いしたことがありません。どのような人物かも」

「洸烈郷に出向くにあたり、色々と調べたが空穏の父親については詳細を掴めなかった」

　歩澄はいつもより狭い歩幅で、澪に合わせながら城門まで近付く。澪は、歩澄の言葉に瞳を揺らし、最後に目にした空穏の姿を思い出していた。

「空穏の父親に対して、何か思うところがあるのですか？」

「いや……疑わしき何かがあるわけではない。ただ、あれだけの力をもっていて頑なに城に仕えなかった勧玄の姿を目にしていて、何故空穏が重臣になるまで城に奉仕したのかが気になってな」

「それは……そうですね……。私も、潤銘城で空穏に再会するまで甲斐様の家来となったことも知りませんでしたので」

「洸烈郷は私としても謎が多い。皇成程単純ではないぞ」

　ぴりっとした緊張感を察し、澪は気を引き締めた。歩澄が王となるのであれば洸烈郷も避けては通れぬ道。いずれ、空穏とも対立することとなる。
　それでも己は空穏と共に生きることよりも、歩澄と生きる事を選んだ。乱世を生きる以上、綺麗事は無意味であると澪は知っている。
　己の信念を持って進むしかないのだ、と出迎えた家来達の顔を見て、澪は口を結んだ。


　門の前に立っていたのは、丸刈りの頭をした男だった。蛇のような目を細くして、にんまりと笑う。

「これはこれは、潤銘郷ご統主、歩澄様。そして澪様。ようこそお越し下さいました。既に煌明様がお待ちでございます。早速案内いたします」

　深々と頭を下げるが、薄気味悪さを感じた。栄泰郷の盛んな雰囲気とも、翠穣郷の長閑な雰囲気とも違う。
　城に近付いただけで感じる威圧感が痛いほどであった。

「固くならぬともよい。私がいる以上、面と向かって攻撃はできまい」

　澪の緊張を感じ取った歩澄は、耳元でこそっと囁いた。
　秀虎も、未だ慣れぬ空気を感じながら、歩澄と澪の背後に続く。

　客間に通されると、既に胡座をかいて座っている煌明と目が合った。その瞬間、体中が痺れるかのように重くなる。

(強い……！)

　ビリビリと伝わってくるのは、殺気である。射るような鋭い眼光は、今まで見たどの統主よりも邪悪なものを感じた。

　澪が想像していた以上の大柄の男だった。着物の上からでもわかる程、大きく膨れた筋肉。広い肩幅。見た目だけで洸烈郷統主を思わせるには十分な風貌である。
　群青色の短髪も、髪の色によく似た瞳も美しくはあるが、それ以上に冷たい印象が強い。

　冷酷非道という言葉は歩澄よりも余程この男の方が似合うと澪は思った。