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強者の郷【5】
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整えられた口髭を上下させ、煌明は口を開いた。
「よお……歩澄。久しいな」
「ああ」
「それで、そっちが匠閃郷の姫か」
まだ立ったままの歩澄と澪を見据え、言った煌明の声は、その姿によく似合う低く猛獣のような声だった。
地鳴りのするような声に、澪は息を飲む。気を抜いたら一気に殺されてしまいそうで、緊張を解けずにいた。しかし、その隣には空穏の姿を見つける。安堵しかけたものの、潤銘城で見た空穏とは違い、煌明同様殺気を放っていた。
空穏の誘いを断ったことをまだ根に持っているのではないかと澪の心は痛んだ。結果的に空穏の慕情を知りながら振り回してしまった後ろめたさはあるのだ。
「はい。宗方憲明の娘、澪にございます」
澪は深々と頭を下げた。
「ふん。娘だけ生かしたかと思えば、己のものにしたか。食えぬ男だな」
はっと鼻で笑った煌明は、顎を突き出し「まあ、座れ。話は伊吹から聞いている。奴のお節介も面倒なものだ」と言った。
気迫を感じながらも促されるがまま腰を掛ければ、直ぐ様茶と菓子が出された。客人をもてなす気がないわけではなさそうだと澪は目を細めた。
「匠閃郷に出向いたそうだな」
「ああ。今や私の管轄でもあるからな。郷の建て直しは統主の務め。当然のことだ」
「……何を企んでいる」
「企む? はっ……おかしなことを言う。企んでいるのは貴様の方だろう」
歩澄は怯む事なく先程の煌明同様鼻で笑うと、出された茶器に手をかけた。
「口の悪い餓鬼だ。伊吹を丸め込んだか」
「さあな。貴様よりは話の通じる相手であろうな」
空間が歪むような感覚に、澪は肝を冷やしていた。対等に会話をし、一切の媚も見せない姿は、まさに潤銘郷統主である。しかし、歩澄のこの態度が煌明を怒らせるのではないかと気が気でなかった。
しかしそんな心配など他所に、煌明はがははっと豪快に笑う。
「可愛気のない餓鬼だ。皇成はうつけ、伊吹は腑抜け。おめぇは策士。殺ろうってんなら手加減しねぇぞ」
「ほう……策士とな。それは褒められていると捉えていいのだな。悪いが貴様相手に真っ向から首を獲りにいくことなどしない。私も命が惜しいのでな」
茶を一口飲み、歩澄はクスリと笑う。何故こんなにも落ち着いていられるのかと澪は、隣の横顔を見上げた。
へりくだっているようにも聞こえるが、歩澄が煌明に王位を譲る気など毛頭ないことを澪は知っている。
命が惜しい、そんなことを言えどその場になれば歩澄とて刀を抜くであろう。
「よく言う。俺の首をかっ斬るためにその女を側に置いたか。なあ……勧玄の継承者よ」
視線の先が澪に向けられたことで、澪の鼓動は大きく跳ねた。まさかこんなにも早く勧玄の名前が出るとは思ってなかったのだ。
空穏がいれば、その情報は筒抜けである。わかっていたはずだが、心のどこかで空穏が澪を売るような真似をするはずがないと信じていた。
煌明の言葉に、空穏も潤銘郷と戦う意思を固めた事を察した。
「何だ、怖じけづいているのか」
そんな中、歩澄だけは顔色を変えずにそう言った。まるで煌明が澪のことを調べ上げているのが当然のことのように。それでいて尚もからかうように笑みを浮かべた。
「……怖じ気づく? この俺様がか? 馬鹿を言うな。勧玄の継承者といえど所詮は女。怖いものか。そんなことよりも、女に頼らねばならぬ程、落ちぶれたのかと聞いているのだ」
「まさか。私が力欲しさで女人を側に置くと思うか? そのように浅はかな考えしかできぬとは、さすが力だけの郷よな」
クスクスと肩を震わせて笑う歩澄に、煌明と空穏はぎりっと歯を食い縛った。
澪は、挑発をする歩澄を見て、全身の汗が吹き出した。
「よお……歩澄。久しいな」
「ああ」
「それで、そっちが匠閃郷の姫か」
まだ立ったままの歩澄と澪を見据え、言った煌明の声は、その姿によく似合う低く猛獣のような声だった。
地鳴りのするような声に、澪は息を飲む。気を抜いたら一気に殺されてしまいそうで、緊張を解けずにいた。しかし、その隣には空穏の姿を見つける。安堵しかけたものの、潤銘城で見た空穏とは違い、煌明同様殺気を放っていた。
空穏の誘いを断ったことをまだ根に持っているのではないかと澪の心は痛んだ。結果的に空穏の慕情を知りながら振り回してしまった後ろめたさはあるのだ。
「はい。宗方憲明の娘、澪にございます」
澪は深々と頭を下げた。
「ふん。娘だけ生かしたかと思えば、己のものにしたか。食えぬ男だな」
はっと鼻で笑った煌明は、顎を突き出し「まあ、座れ。話は伊吹から聞いている。奴のお節介も面倒なものだ」と言った。
気迫を感じながらも促されるがまま腰を掛ければ、直ぐ様茶と菓子が出された。客人をもてなす気がないわけではなさそうだと澪は目を細めた。
「匠閃郷に出向いたそうだな」
「ああ。今や私の管轄でもあるからな。郷の建て直しは統主の務め。当然のことだ」
「……何を企んでいる」
「企む? はっ……おかしなことを言う。企んでいるのは貴様の方だろう」
歩澄は怯む事なく先程の煌明同様鼻で笑うと、出された茶器に手をかけた。
「口の悪い餓鬼だ。伊吹を丸め込んだか」
「さあな。貴様よりは話の通じる相手であろうな」
空間が歪むような感覚に、澪は肝を冷やしていた。対等に会話をし、一切の媚も見せない姿は、まさに潤銘郷統主である。しかし、歩澄のこの態度が煌明を怒らせるのではないかと気が気でなかった。
しかしそんな心配など他所に、煌明はがははっと豪快に笑う。
「可愛気のない餓鬼だ。皇成はうつけ、伊吹は腑抜け。おめぇは策士。殺ろうってんなら手加減しねぇぞ」
「ほう……策士とな。それは褒められていると捉えていいのだな。悪いが貴様相手に真っ向から首を獲りにいくことなどしない。私も命が惜しいのでな」
茶を一口飲み、歩澄はクスリと笑う。何故こんなにも落ち着いていられるのかと澪は、隣の横顔を見上げた。
へりくだっているようにも聞こえるが、歩澄が煌明に王位を譲る気など毛頭ないことを澪は知っている。
命が惜しい、そんなことを言えどその場になれば歩澄とて刀を抜くであろう。
「よく言う。俺の首をかっ斬るためにその女を側に置いたか。なあ……勧玄の継承者よ」
視線の先が澪に向けられたことで、澪の鼓動は大きく跳ねた。まさかこんなにも早く勧玄の名前が出るとは思ってなかったのだ。
空穏がいれば、その情報は筒抜けである。わかっていたはずだが、心のどこかで空穏が澪を売るような真似をするはずがないと信じていた。
煌明の言葉に、空穏も潤銘郷と戦う意思を固めた事を察した。
「何だ、怖じけづいているのか」
そんな中、歩澄だけは顔色を変えずにそう言った。まるで煌明が澪のことを調べ上げているのが当然のことのように。それでいて尚もからかうように笑みを浮かべた。
「……怖じ気づく? この俺様がか? 馬鹿を言うな。勧玄の継承者といえど所詮は女。怖いものか。そんなことよりも、女に頼らねばならぬ程、落ちぶれたのかと聞いているのだ」
「まさか。私が力欲しさで女人を側に置くと思うか? そのように浅はかな考えしかできぬとは、さすが力だけの郷よな」
クスクスと肩を震わせて笑う歩澄に、煌明と空穏はぎりっと歯を食い縛った。
澪は、挑発をする歩澄を見て、全身の汗が吹き出した。
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