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強者の郷【6】

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 禍々しい空気が立ち込める。それでも歩澄は飄々とした態度で「悪いが惚れている。公にはしていなかったが、幼少の頃より許嫁でな。私は、匠閃城を討てど、姫は約束通りいただいただけだ」と言ってのけた。

 澪はたじろいで「ほ、歩澄様っ!?」と上ずった声を上げた。

 これには煌明も空穏も驚き、一瞬表情を固めた。空穏にも、昔歩澄と出会ったことまでしか伝えていないため、こう言っておけば理屈は通る。
 歩澄はこの場で再度、最初から澪は己の女であると誇示したのだ。

 表情を変えない空穏をよそに、煌明はすぐにがはがは笑い出し「統主ともあろうものが女に惚れたとな。まったく、いい笑い者だ。女とは男を強く見せる装飾品よ。それがおめぇの方が夢中になっちゃあ話になんねぇ」と己の膝を叩いた。

 澪は腹の底から沸き上がる憤りをぐっと押さえ込む。

(女をあのように軽視するとは……統主とはいえ、クズだな。民に対してもそう思っているのであれば許せない)

 決して表情には出すまいと必死に堪えた。その澪の隣で歩澄は「私達は今日、その装飾品に会えると伺って来ているのだが?」といたって冷静であった。

 煌明はぐっと口を結んだかと思うと、すぐに「……ああ。用意はさせてある」と鋭い眼光を向けた。
 それから客間の外で待機をしていた家来に声をかけ、正室の朱々を呼ぶよう命を下した。
 

 暫くして障子の向こう側から甘く、潤いのある声がした。
 澪がどきりとしたのは、その声色だけで女の色香そのものを感じたからである。障子が左右に開かれ、姿を現したのは恐ろしい程妖艶な女だった。

 金糸で椿の花弁を象った、真っ赤な着物を着ていた。中には幾つも反物を重ねてあり、襟元と裾部分が層になっている。
 その見るも美しい衣装に劣らぬほどの美女であった。

 皇成の妻、紬には感じなかった正室としての貫禄とふてぶてしさをも思わせる堂々とした振る舞いが、澪の背筋を更に伸ばした。
 凛とした姿勢で歩く様は、まるで陶芸品のように美しく、足を踏み出す度に艶ややかな深みのある黒髪が揺らめく。流れるような動作に見とれている内に歩澄と澪の正面に膝をつき、「お初にお目にかかります。洸烈郷統主、甲斐煌明の正室、朱々と申します」と指先を畳に付け、深々と頭を下げた。

 澪は、朱々の姿を見て初めて歩澄に同行するなれば着飾っていくべきだと再三言われた意味がわかった気がした。
 紬は手本にはならなかったが、朱々の美貌、作法、威厳、どれをとっても統主の正室として恥じない佇まいである。

 つられるように澪も挨拶をする中、歩澄はこれほどの美女を目の前にしてどう思っているのかと顔を上げる時に横目でその顔を確かめた。
 実に興味深い顔をした歩澄は、「これは、噂以上の装飾品だな」と言った。

 目を見張る澪に、眉間に皺を寄せる煌明。これには空穏さえも顔をひきつらせ、朱々の美しい光沢のある顔から表情を奪った。

「装飾品……とは……」

  楽器でも奏でるかのような美しい声は、張りつめた弦のようでもあった。

「……お前は潤銘郷では碧空石にも劣らぬ美しさだと有名であるらしいな」

 咄嗟にそう言ったのは煌明である。朱々を擁護するような言葉に、歩澄は口角を上げた。

「……そうなのですか?」

 視線だけを後方へ移したが、直ぐに目の前の歩澄に殆ど左右対称の目を向けた。
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