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強者の郷【9】
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くくっと腹を押さえて笑う歩澄。
「ここはそういう郷だ。大酒飲み、大食らい、競技好き」
「ああ……確かに勧玄様みたいです」
「そうであろう? 慣れれば面白い郷ではあるがな。酒を何よりの褒美と考えているような郷だからな」
「匠閃郷もお酒好きは多いですが、あんなにも哀れみの目を向けられたのは初めてです」
澪の言葉に歩澄は肩を震わせて笑った。
「そうは言ってもお前に酒を飲まれるわけにはいかんからな。栄泰郷での二の舞はごめんだ」
「私……そんなに酷かったですか?」
「お前には今後一切飲ませないと決めた」
「むう……私もお酒の美味しさを知りたかったです」
膨れ面の澪に、腹を抱えて笑う歩澄。楽しそうな二人の様子を見て、秀虎は一先ず安堵した。
何度訪れても洸烈郷の雰囲気は慣れない。徳昂は澪に危害を加えようとする浅はかな男だが、煌明に対しては忠義であった。そんな男を自ら手をかけるわけでもなく、他統主に片付けさせようとするあたりが気に入らなかった。
この国で最も腕が立つと言われている男。聞けば、自ら刀を取るのは己が認めた実力者のみだとのこと。それ以外の者など虫けら同然で暇潰しにもならぬと相手にもしないのだ。
己の力に絶対的な自信があり、その驕りが余計に不快にさせた。
澪に茶を出させた朱々は、今度は秀虎の元へやってきた。
「さあ、あなたもどうぞ」
手慣れた手付きで酒を手に持つ朱々。
「いえ……奥方様より酌を受けるわけにはまいりません。お気持ちだけで」
そう頭を下げた秀虎に、朱々はふふっと微笑むと「統主があのようでは十分なもてなしもできませぬ。さあ、どうぞ」と半ば強引に酌をした。
秀虎は圧倒されながらもぐいっとそれを飲み干す。
「あら……お酒は好きかしら」
「はい……美味でございます」
「それはよかった。楽しんでいらして」
妖艶な笑みを浮かべて去っていく朱々の後ろ姿を目で追う秀虎。
堂々とした振る舞い、貫禄、あの余裕は何からくるものかと首を傾げた。
澪同様、秀虎もまた朱々に違和感を抱いていた。
気になった秀虎は、煌明と朱々の目が己にむいていないことを確認してから歩澄に近付いた。
「どうかしたか」
後ろから近寄ったにも関わらず、気配だけで秀虎を感じとった歩澄は口を開いた。いつものことであると秀虎は驚きもしなかったが、隣で澪がびくりと肩を震わせた。
「正室の朱々殿についてですが……」
「気付いたか。あれは少々面白いことが起きそうだ」
そう歩澄は楽しそうにしている。わけのわからない秀虎と澪は眉をひそめた。
「今日はそれを手土産に帰る。そのためには確証が欲しい」
「確証……?」
「なに、直にわかるさ。あれは皇成のところともまた違う。伊吹が朱々に会ってこいと言っていた意味がわかった」
どうやら凡そその展開が見えている歩澄は、自ら酒を注いでは喉に流し込んだ。
澪は再度多くの酒瓶に囲まれた煌明に目を向けるが、伊吹の意図などわかるはずもなかった。
「伊吹はここでも私を試したかったようだな。気付けば儲け、気付かねばただの茶会に過ぎん」
更に歩澄はそう言った。秀虎と澪が顔を見合わすと「おい、朱々! いつものあれを見せてくれ!」と図太い声が聞こえた。
陽気な様子の煌明である。相当酒に強いはずだが、煌明の周りには既にいくつもの空き瓶がある。器に注ぐことすら面倒になったのか、水でも飲むかのように酒瓶から直接口の中に流し込んでいく。
「まあ、旦那様ってば……もう酔ってらっしゃるの」
麗しい声が聞こえ、煌明に寄り添ったかと思うと「いつものでございますね」と言いながら、煌明の袖の中から扇子を抜き取った。
「潤銘郷のお客様、僭越ながら舞を披露させていただきます」
歩澄達に向き直り、頭を下げた朱々。すると、周りから広い客間を埋め尽くす程の美しい音色が響き渡った。
いつの間にやら用意されていた笛や小太鼓、琴などが品のある音楽を奏でた。
それに合わせるようにして朱々が優美に舞う。やはり、この人は舞が得意だったのかと澪は思った。
「ここはそういう郷だ。大酒飲み、大食らい、競技好き」
「ああ……確かに勧玄様みたいです」
「そうであろう? 慣れれば面白い郷ではあるがな。酒を何よりの褒美と考えているような郷だからな」
「匠閃郷もお酒好きは多いですが、あんなにも哀れみの目を向けられたのは初めてです」
澪の言葉に歩澄は肩を震わせて笑った。
「そうは言ってもお前に酒を飲まれるわけにはいかんからな。栄泰郷での二の舞はごめんだ」
「私……そんなに酷かったですか?」
「お前には今後一切飲ませないと決めた」
「むう……私もお酒の美味しさを知りたかったです」
膨れ面の澪に、腹を抱えて笑う歩澄。楽しそうな二人の様子を見て、秀虎は一先ず安堵した。
何度訪れても洸烈郷の雰囲気は慣れない。徳昂は澪に危害を加えようとする浅はかな男だが、煌明に対しては忠義であった。そんな男を自ら手をかけるわけでもなく、他統主に片付けさせようとするあたりが気に入らなかった。
この国で最も腕が立つと言われている男。聞けば、自ら刀を取るのは己が認めた実力者のみだとのこと。それ以外の者など虫けら同然で暇潰しにもならぬと相手にもしないのだ。
己の力に絶対的な自信があり、その驕りが余計に不快にさせた。
澪に茶を出させた朱々は、今度は秀虎の元へやってきた。
「さあ、あなたもどうぞ」
手慣れた手付きで酒を手に持つ朱々。
「いえ……奥方様より酌を受けるわけにはまいりません。お気持ちだけで」
そう頭を下げた秀虎に、朱々はふふっと微笑むと「統主があのようでは十分なもてなしもできませぬ。さあ、どうぞ」と半ば強引に酌をした。
秀虎は圧倒されながらもぐいっとそれを飲み干す。
「あら……お酒は好きかしら」
「はい……美味でございます」
「それはよかった。楽しんでいらして」
妖艶な笑みを浮かべて去っていく朱々の後ろ姿を目で追う秀虎。
堂々とした振る舞い、貫禄、あの余裕は何からくるものかと首を傾げた。
澪同様、秀虎もまた朱々に違和感を抱いていた。
気になった秀虎は、煌明と朱々の目が己にむいていないことを確認してから歩澄に近付いた。
「どうかしたか」
後ろから近寄ったにも関わらず、気配だけで秀虎を感じとった歩澄は口を開いた。いつものことであると秀虎は驚きもしなかったが、隣で澪がびくりと肩を震わせた。
「正室の朱々殿についてですが……」
「気付いたか。あれは少々面白いことが起きそうだ」
そう歩澄は楽しそうにしている。わけのわからない秀虎と澪は眉をひそめた。
「今日はそれを手土産に帰る。そのためには確証が欲しい」
「確証……?」
「なに、直にわかるさ。あれは皇成のところともまた違う。伊吹が朱々に会ってこいと言っていた意味がわかった」
どうやら凡そその展開が見えている歩澄は、自ら酒を注いでは喉に流し込んだ。
澪は再度多くの酒瓶に囲まれた煌明に目を向けるが、伊吹の意図などわかるはずもなかった。
「伊吹はここでも私を試したかったようだな。気付けば儲け、気付かねばただの茶会に過ぎん」
更に歩澄はそう言った。秀虎と澪が顔を見合わすと「おい、朱々! いつものあれを見せてくれ!」と図太い声が聞こえた。
陽気な様子の煌明である。相当酒に強いはずだが、煌明の周りには既にいくつもの空き瓶がある。器に注ぐことすら面倒になったのか、水でも飲むかのように酒瓶から直接口の中に流し込んでいく。
「まあ、旦那様ってば……もう酔ってらっしゃるの」
麗しい声が聞こえ、煌明に寄り添ったかと思うと「いつものでございますね」と言いながら、煌明の袖の中から扇子を抜き取った。
「潤銘郷のお客様、僭越ながら舞を披露させていただきます」
歩澄達に向き直り、頭を下げた朱々。すると、周りから広い客間を埋め尽くす程の美しい音色が響き渡った。
いつの間にやら用意されていた笛や小太鼓、琴などが品のある音楽を奏でた。
それに合わせるようにして朱々が優美に舞う。やはり、この人は舞が得意だったのかと澪は思った。
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