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強者の郷【12】
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「こんなところにいたのか。朱々よ、探したぞ」
「……旦那様」
声から察するに、煌明であった。郷を統治しているのが朱々であっても、煌明から漏れる殺気と強さは本物である。
「また舞を見せてくれ。家来達は皆、酒が弱くてつまらん」
「お客様をそっちのけでいらしたのですか?」
「む……歩澄は置き土産に更に酒をと家来に届ける手配に出ているそうでな……」
「まあ……そんなことまで統主自ら?」
歩澄は部屋の中で息を潜め、秀虎が上手く言ってくれたようだと安堵する。
「のう。そんなもの家来にさせればよいものを」
「……貴方はいつもそうやって自分では何もなさろうとしませんからね」
「む……? 何を怒っている?」
「少しは他の統主を見習ったらいかがですか! 村のことも郷のことも全てほったらかしで私に押し付けて! 貴方のしていることといったら専ら刀を振るうか大会を見るだけではありませんか!」
「そ、そのように怒鳴るでない……。俺もお前には苦労をかけていると……」
「思ってないでしょう! 先月もその前の月だってそう! 私に舞を見せろですって! 冗談じゃありませんよ!」
「す、すまない……。そ、そうだ! 反物を買ってやろう! 歩澄が来ていることだし、潤銘郷でしか手に入らない高価な……」
「その金はどこからですか? 私の管理している経費からですか? それとも……勇五郎じゃないでしょうね」
「な!? ゆ、ゆゆゆゆゆ勇五郎!? ち、違う! 決してそのような……」
「明らかに動揺してるじゃありませんか! あそこの娘に手を出したそうですね!」
「ご、誤解だ! な、なあ……朱々……そんなに怒らないでくれよう……」
ご機嫌取りを始めた煌明に、吹き出しそうになるのをぐっと堪える。歩澄は、おかしくて腹が捩れそうだった。
いつもはあんなにも威厳を放っている煌明は、実はただの飾りであった。腕が立つだけ、まともだがこれでは皇成や伊吹にも劣ると思うとおかしかった。
それに、匠閃郷に次いで貧富の差が激しい洸烈郷。朱々が統治していると言えど、大したことをしていないことなど目に見えている。
本来、統主は先代統主や世話役からみっちりと政に関して学び、幼い頃より郷を見て育つ。常に統主としてあるべき姿を叩き込まれているのだ。良家出身とはいえ、朱々のできることと言えば、銭勘定と民の不正を暴くことくらいであろう。
(洸烈郷は未だゴロツキやならず者が多い。そして貧しい村もな。これで統治した気になっているのだから笑わせてくれる。どちらにせよ、煌明が腕っぷしだけで頭のない男なら勝算などいくらでもある。それにあの態度……朱々には頭が上がらないのであろうな)
煌明と朱々の関係性が面白いほどわかり、酔って勘の鈍っている煌明と、憤りで冷静さを失っている朱々が言い争っている間に歩澄はさらりとその場を後にした。
ーー
その頃、澪は隣の空穏に歩澄はどこにいったのかと問いただされていた。
「いい加減にしないか。歩澄様は煌明様への手土産を手配しに行ったと言っているではないか」
呆れたように秀虎は溜め息をつく。こうもしつこい男は久方ぶりだとすっかり憔悴しきっていた。
「最初はそれを鵜呑みにしたが、それにしては遅すぎる! そもそも手土産の手配くらい貴方がしたらよかったのではないですか!?」
「何度も言ったであろう。統主への土産だ。不備があったら困る故、歩澄様自らいかれたのだ。皇成様へも伊吹様へも献上物はいつも歩澄様が行う」
全くの嘘だが、空穏を納得させるためには仕方がない。まだ解せぬと言った表情で歯を食い縛る空穏。
「空穏、もう戻ってくるってば」
「うるさい! そもそもあの男がお前をここに残して出ていくこと自体がおかしいんだ! 俺がいるんだぞ!?」
「今日は煌明様と朱々様に会いに来ただけなんだから……空穏こそ煌明様はいいの?」
「あ? 煌明様がなんだって」
「随分前にここを出ていったけど」
「え!?」
歩澄がいないことを煌明に報告し、秀虎からの情報を伝えたところまではいたはず。いつまで経っても戻らない歩澄に気付き、これはおかしいと問い詰めている内についむきになり、煌明がいなくなったことに気付いていなかったのだ。
「……旦那様」
声から察するに、煌明であった。郷を統治しているのが朱々であっても、煌明から漏れる殺気と強さは本物である。
「また舞を見せてくれ。家来達は皆、酒が弱くてつまらん」
「お客様をそっちのけでいらしたのですか?」
「む……歩澄は置き土産に更に酒をと家来に届ける手配に出ているそうでな……」
「まあ……そんなことまで統主自ら?」
歩澄は部屋の中で息を潜め、秀虎が上手く言ってくれたようだと安堵する。
「のう。そんなもの家来にさせればよいものを」
「……貴方はいつもそうやって自分では何もなさろうとしませんからね」
「む……? 何を怒っている?」
「少しは他の統主を見習ったらいかがですか! 村のことも郷のことも全てほったらかしで私に押し付けて! 貴方のしていることといったら専ら刀を振るうか大会を見るだけではありませんか!」
「そ、そのように怒鳴るでない……。俺もお前には苦労をかけていると……」
「思ってないでしょう! 先月もその前の月だってそう! 私に舞を見せろですって! 冗談じゃありませんよ!」
「す、すまない……。そ、そうだ! 反物を買ってやろう! 歩澄が来ていることだし、潤銘郷でしか手に入らない高価な……」
「その金はどこからですか? 私の管理している経費からですか? それとも……勇五郎じゃないでしょうね」
「な!? ゆ、ゆゆゆゆゆ勇五郎!? ち、違う! 決してそのような……」
「明らかに動揺してるじゃありませんか! あそこの娘に手を出したそうですね!」
「ご、誤解だ! な、なあ……朱々……そんなに怒らないでくれよう……」
ご機嫌取りを始めた煌明に、吹き出しそうになるのをぐっと堪える。歩澄は、おかしくて腹が捩れそうだった。
いつもはあんなにも威厳を放っている煌明は、実はただの飾りであった。腕が立つだけ、まともだがこれでは皇成や伊吹にも劣ると思うとおかしかった。
それに、匠閃郷に次いで貧富の差が激しい洸烈郷。朱々が統治していると言えど、大したことをしていないことなど目に見えている。
本来、統主は先代統主や世話役からみっちりと政に関して学び、幼い頃より郷を見て育つ。常に統主としてあるべき姿を叩き込まれているのだ。良家出身とはいえ、朱々のできることと言えば、銭勘定と民の不正を暴くことくらいであろう。
(洸烈郷は未だゴロツキやならず者が多い。そして貧しい村もな。これで統治した気になっているのだから笑わせてくれる。どちらにせよ、煌明が腕っぷしだけで頭のない男なら勝算などいくらでもある。それにあの態度……朱々には頭が上がらないのであろうな)
煌明と朱々の関係性が面白いほどわかり、酔って勘の鈍っている煌明と、憤りで冷静さを失っている朱々が言い争っている間に歩澄はさらりとその場を後にした。
ーー
その頃、澪は隣の空穏に歩澄はどこにいったのかと問いただされていた。
「いい加減にしないか。歩澄様は煌明様への手土産を手配しに行ったと言っているではないか」
呆れたように秀虎は溜め息をつく。こうもしつこい男は久方ぶりだとすっかり憔悴しきっていた。
「最初はそれを鵜呑みにしたが、それにしては遅すぎる! そもそも手土産の手配くらい貴方がしたらよかったのではないですか!?」
「何度も言ったであろう。統主への土産だ。不備があったら困る故、歩澄様自らいかれたのだ。皇成様へも伊吹様へも献上物はいつも歩澄様が行う」
全くの嘘だが、空穏を納得させるためには仕方がない。まだ解せぬと言った表情で歯を食い縛る空穏。
「空穏、もう戻ってくるってば」
「うるさい! そもそもあの男がお前をここに残して出ていくこと自体がおかしいんだ! 俺がいるんだぞ!?」
「今日は煌明様と朱々様に会いに来ただけなんだから……空穏こそ煌明様はいいの?」
「あ? 煌明様がなんだって」
「随分前にここを出ていったけど」
「え!?」
歩澄がいないことを煌明に報告し、秀虎からの情報を伝えたところまではいたはず。いつまで経っても戻らない歩澄に気付き、これはおかしいと問い詰めている内についむきになり、煌明がいなくなったことに気付いていなかったのだ。
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