【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

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強者の郷【20】

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 朱々に対する強い想いを感じた歩澄は、刀の先を煌明の首筋にあてがった。

「止めるのか?」

「ぐっ……」

「それならそれでかまわぬ。私達はこのまま失礼すると言ったのだ。それを引き留めたのは貴様の方。闘争をしないのであれば、澪に不必要な殺生をさせることも免れるし、貴様の正室も傷を負うことはない」

 まるで最初からこうなることがわかっていたかのような歩澄の態度に、煌明は奥歯をぎりっと噛み、万浬から手を離した。
 それを確認した歩澄は直ぐに己も刀を鞘に収めた。そのまま澪の腰に腕を回し、煌明との距離を取る。
 間合いから外れた澪は、そっと息をついて万浬についた血を振り払った。すると、いつの間にか隣にいた空穏は、すっと刀布を差し出した。

「空穏……」

「拭いておけ。直ぐに錆びるぞ」

 今の今まで一戦交えようとしていたくせに、と思いながらも澪はありがたくそれを受け取り、血を拭った。城を出る前に手入れしたばかりの万浬は美しく輝いていた。

「さっさと出ていけ。酒は返さんぞ」

 背を向けた煌明は静かにそう言った。澪と秀虎が刀を仕舞うのを見届けた歩澄が「かまわん。上等な酒だ。それだけは保証する」と言った。

「俺はおめぇを王として認めねぇぞ」

「今はな。伊吹のいう交流会は二十日後だったな」

「ああ。酒持ってこいよ」

「……他に考えることはないのか」

 歩澄は呆れたように目を細め、周りの者達は、本気で殺し合いをしようとしていたとは思えぬほど普通に会話をしている二人の様子に唖然とせずにはいられなかった。

「見送りはよい」

 羽織を翻して背を向けた歩澄に続く秀虎と澪。煌明は最後まで振り向かなかった。家来の一人が慌てて煌明の手を止血しようと布を持ってやってきたが、既にその血は止まっていた。筋肉をぐっと盛り上げたことで、自ら止血していたのだ。
 
「酒を持ってこい。飲み直す」

 そう言った煌明に、家来達は近くにあった酒瓶を持ってわらわらと近寄った。


 城を後にしようとした歩澄達の後を、空穏はついていっていた。

「見送りはよいと言ったであろう」

 鬱陶しいと言わんばかりの表情を空穏に向ける歩澄。長い廊下をひたすらついてくるものだから、歩澄の苛立ちも募る。

「何故あのようなことをしたのですか?」

「何がだ」

「澪に不必要な殺生をさせたくないと言った貴方が、あの場で澪に落雷冥壊などさせる筈がない」

「はっ……それを見せようと言ったのは澪の方だ」

「いや、違う。貴方はわかっていたはずです。煌明様が止めさせるのを」

 空穏も勘の回る男である。朱々が政に関与していて郷が窮地に陥らないのは、その都度空穏が手直しに入っているからに他ならない。今や影で洸烈郷を支えているのは空穏であり、政の知識を持たぬ朱々が統治させているようにみせているのだ。それに気付かぬ歩澄でもない。

「……お前、何故煌明についた?」

「え?」

「お前程の頭があればもっと出来ることがあるだろう。肩書きだけで満足か? つまらぬ人生だな」

「なっ……」

「……洸烈郷は終わるぞ」

「それでも……自らついていくと決めた主です。あの方の強さには、尊敬の意を表します」

「そうか。変わった郷だ。不気味でならぬ」

「……それを俺の前で言いますか」

 空穏は眉間に皺を寄せ、拳をぐっと握った。

「煌明は、側室を娶るのか」

「っ……そんなこと、貴方に何の関係がっ」

「気を付けろ。貴様のことはいけ好かんが、澪の幼なじみだからな。暴動に巻き込まれれば澪が悲しむ」

 それだけ言って背を向けた歩澄。澪と空穏は顔を見合わせた。
 空穏も歩澄の言い方や自信に満ちた振る舞いは好きになれないが、澪が慕情を抱いている以上悪い人間でないことくらいは理解している。
 まさか、その歩澄が己の命を案ずることがあるとはと内心動揺した。
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