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諦めること

08

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 DMの通知をオフにしてはいるが、今頃鬼のようにメッセージが届いているのだろうと思うと震えた。
 思えばこんな客ばかりだと凪は目を瞑った。色恋営業をした自分も悪い。そうわかってはいるが、もう今更のことだ。こんな人間ばかりを相手にしていたら本当に気がおかしくなってしまう。

 凪はそろそろ次の予約もあるから支度しなければと重い腰を上げた。それと同時に電話が鳴った。凪はビクリと体を跳びあがらせた。
 あの客には電話番号を教えていない。客によってはラインの交換までしたが、あの女に関しては最初から異常な雰囲気を感じて本名もラインも教えなかった。
 店のルールだからと断ったのだ。それなのに着信音に驚くなんて、相当疲弊していたのだと自分でも驚いた。

 しかし、スマートフォンの画面を見て更に驚く。表示されていたのは千紘の名前。まだ美容院は営業時間のはずだ。客だって多いだろうにこんな時間にどうしたのかとスマートフォンを手に取った。

「どした?」

「あ、凪ー? ご飯行こー」

 何かあったのかと思いきや、能天気な声が聞こえて凪はずっこけそうになった。

「なに、お前今仕事中だろ?」

「たまたまお客さんキャンセル出て時間空いたのー」

「へぇ。俺と一緒じゃん」

「えー。マジ? タイミングいいねー。俺ら振られ仲間だね」

「振られ仲間ってなんだよ。そんな仲間に入れんな」

「はは。ねぇねぇ、ご飯行こーよー」

 千紘は明るい声で言う。こんなにも数日間放置したのに、本人は全く気にする素振りはない。数時間も待てない先程の客とは大違いだ。凪は、そんな楽観的な千紘の声にふっと頬を緩めた。

「俺これから仕事なんだって」

「えー」

「……23時解散予定だけど、遅くてもい?」

 普段の凪ならそこに延長させ、何時間か引っ張るはずだった。ただ、今回はコース時間のみでいいかなんて考えた。

「いい、いい! 全然平気!」

「あっそ。じゃあ、とりあえず終わったら連絡するわ」

「うん! 飲もう!」

「んー……まあ、いいけど」

 仕事中は飲んではいけないわけじゃない。客の要望があれば一緒に飲むこともある。次の予約打診があったら飲酒してるがいいかと確認する必要はあるが、ただそれだけだ。
 こんな日はぱーっと飲んで嫌なことを忘れたい。そんな気持ちもあったが、なんだか飲みすぎてしまいそうな気もした。

「んじゃ、決まりね。またねー」

 ただ、明るい千紘の声を聞いていたら、何となく明るい気分になって、あんなに腰が重かったはずが、仕事頑張ってくるかなーなんて思えた。
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