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諦めること

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「なんつーかさ、お前の元彼いたじゃん?」

「樹月?」

 千紘は、冷めてしまったピザに手を伸ばした。凪から樹月の話が出てくるとは思わず、耳を傾ける。
 凪も同じようにピザに手を伸ばすと、先にそれを取った千紘が皿ごと凪の方へと押した。

「あの執着した感じを見てからか、俺の客に同じような感じの女がいると生理的に無理んなってきてさ」

 言いながら凪はピザを口に含んだ。すっかり冷めてしまっているが、腹が減っているからか鼻から抜ける香りに満たされた。

「ああ……。俺としては彼女でもないのにそんなのを何人も相手にしてた凪を尊敬するけどね」

「今まではそこまで嫌じゃなかった。まあ、仕事だからっていうのもあったけど、面倒臭いって思うことはあってもわりと簡単にあしらえたし、次に繋げようと思えばそこまで」

「ふーん。なんで、急に?」

「わかんね。最近はもう、次はなくてもいいかもって思ったり、途中で帰りたくなることもある」

「へー。あんなに仕事熱心だったのに」

「自分でもちょっと驚いてる。……暫く休みも入れようかと思って」

「ああ、それがいいよ。根詰めて働き過ぎたんじゃない? 目標あって頑張ってる内は何だかんだ頑張れちゃうもんじゃん? ある程度納得すると急に疲れが出たりするし。ゆっくり休んだら?」

 ペロリとピザを平らげた千紘は、おしぼりで手を拭きながら言った。千紘の言葉に凪は目を瞬かせた。
 今まで全く休みがなかった凪が仕事を詰め込めば、たまには休めばいいのにと言いながら誘ってきたものだ。それが、凪自ら休もうと思ってると言えば、その休みを自分に使えということなくゆっくり休めだなんて言う。

 こんなことを他の客や彼女に言おうものなら、これを機に旅行にでも行かないかだとか、1日かけてデートしたいなどと言い出すだろう。
 千紘も凪に好意がある以上、なにかしらの誘いはあるものだと思っていた。そして、勝手に断る理由も用意していたのだ。

 それなのに千紘の返しに拍子抜けした凪は、ごくごくとシャンパンを飲み込んだ。

「いい飲みっぷりだね。他に飲みたい酒ある?」

「……お前、ワイン飲みたいんじゃなかった?」

「うん。凪飲む? 凪飲まないならグラスで頼む」

「……飲む」

「うん。じゃあ、頼もうよ。赤でいいでしょ?」

「うん。今飲んでんのシャンパンだし」

「だねー。あとね、牛タンのシチューあったじゃん? あれ頼んであるからもうちょっとしたらきっと来るよ」

 そう言って千紘は嬉しそうに笑った。
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