ほら、もう諦めて俺のモノになりなよ

雪村こはる

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諦めること

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 凪はすっと目を大きくさせて、青冷めた表情をした。耳元で低く唸るような声が、初めて千紘に会って、脅された時にそっくりだったのだ。
 一瞬忘れかけていた千紘への恐怖が蘇り、凪は唇を震わせた。

「あれ? ごめん。ちょっと驚かそうと思っただけだったんだけど」

 凪の顔を見て、パチパチと目を瞬かせた千草は悪びれもなく笑って言った。そんな仕草も千紘とそっくりで、ゾクリと背筋が寒くなる。
 まるで千紘が2人いるみたいで、急に怖くなったのだ。

 最近の千紘は優しくて、凪を優先してくれて、安心感を与えてくれた。けれど、体は決して忘れていない。
 初めて出会った時に何をされたか、今でもはっきりと覚えているのだ。快感に流されて千紘を受け入れても、ふとした瞬間に身体が震える。

「凪はこれ着てー」

 2人の不穏な空気を壊すようにして、千紘が明るい声で言った。ズボンを持ったままの凪に「履かなかったの?」と続けながら、手に持ったトップスを凪の近くに掲げた。
 凪はそれを無意識に取ろうと手を伸ばす。けれど、指先がとんっと千紘の手に触れてバッと勢いよく手を引っ込めた。

「っ……」

 凪は、千紘に触れた自分の手を守るようにしてもう片方の手で覆った。その反応に驚いたのは千紘の方。さっきまで一緒にじゃれ合っていたのに、凪は自分のことを警戒心を孕んだ目で見つめる。

 一気に距離を感じて、千紘は大きく息をのんだ。凪が離れていく気がした。ここまで努力して少しずつ、ほんの少しずつ距離を縮めた。それは物理的な意味ではなく、心の距離のことだ。
 最近になってようやく凪が笑ってくれるようになったというのに、たった一瞬で怯えた目をするようになってしまった。

「凪……?」

 千紘は恐る恐る凪に声をかけた。人間を怖がっている野生の動物に近付くように、優しくゆっくりと。

「あ……別に。ありがと」

 凪ははっとして、止まっていた時を進めるかのように千紘から再度服を受け取って頭から被ると、袖を通した。
 続けて元々持っていたズボンを履くと、手ぐしでさっと髪をとかした。
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