婚約者は元アイドル〜まったり過ごすつもりが波瀾万丈⁈〜

こと葉揺

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「申し訳ないけど、次の子がうちに入れないから1週間の間にここから一旦出て欲しいの」

 困った顔で施設長先生は私に告げた。
 私ことツヅリは孤児であり施設で育った。早く自立したくて高等学校を18歳で卒業し、就職活動を始めていた。しかし就職活動はうまくいかず、ことごとく落ちていた。就職活動をはじめて約1年。やりたいことも曖昧で得意なこともない。完全に行き詰まっていた。

 施設に居続けるのは難しい歳になってしまった。次に入ってくる子どものために部屋を開けてあげなくてはいけない。仕事は決まっていないが、とりあえずアルバイトをしてどこか部屋を見つけて一時的に凌ぐしかない。そう思っていた。

 先ほどの施設長先生の言葉を受けて求人誌と賃貸情報誌を持って施設のラウンジでうーんと唸っていると友人のアースィムが声をかけてきた。

「もしかして、ここから出なくちゃいけなくなった?」

 アースィム・シャイムーンは私が12歳の時に転校してきた男の子だ。黒い髪に緑の瞳、褐色肌でとてもエキゾチックで中性的な容姿だ。最初に出会った時からずっと仲良くしていた。彼は高等学校卒業後この施設に就職して職員になっていた。
 
「そうなの。普通は高等学校を卒業したら出ないといけないのに、この1年住まわせてもらっただけでもありがたいよね」

 アースィムは賃貸情報の紙を見つめていた。安くて古いアパートにマルをしていたのをみて難しい顔をしていた。

「なんならうち来る?僕も両親も大歓迎だよ」

 なんと魅力的なお誘い!アースィムの家族はとてもいい人たちだった。孤児の私にも分け隔てなくよくしてくれた。しかし、自立するというのが私の目標だった。

「ありがとう。その気持ちはとても嬉しいけど、一度自分で頑張ってみるね」

「…わかった。困ったら絶対僕に教えてね」

 アースィムはどこか不満気だったが、彼に頼るのは最終手段にしようと思っていた。




 次の日、先行き不安な気持ちを抱えたまま朝食を取ろうとすると、行政機関から手紙が届いていた。
 施設の自分の部屋へ入り、手紙を開けてみる。その中には”お見合いをしませんか”という紙が入っていた。
 
「これが噂に聞くあのお見合い制度!私がいいという人もいたんだ…」

 選ばれる可能性は低いと思っていたので驚いた。中にはお見合い制度についての簡単な説明の紙が数枚入っていた。
 そこにはお見合い制度で選ばれたこと、お見合い制度の概要、そしてお見合い相手の名前と年齢であった。

「モモトセ・クゼさん。16歳!!??」

 予想以上に若かった。そのことに驚いて少しの間固まってしまっていた。
 お見合いをすることに関しては、一度会ってから本決定になるらしい。

 とりあえず、『お見合い制度とは』と書かれた紙を読んでみた。要点はこんな感じだ。
○少子化のため遺伝子の相性がいい異性とお見合いができる。
○相性がいい順に優先的に会えるがどちらも同意が必要。
○デートをするも良し同棲するも良し、結婚に至るまでの過程で生じた金銭はいくらか補助金が出る。

 なるほど、とても勉強になった。自分にはあまり関係のないことかと思ってあまり調べていなかった。
 クゼさんは本決定後すぐ同棲スタートは可能との記載があった。これは、ラッキーなのではと思った。施設でも男女一緒に過ごしていたので、同じ感じだろう。施設のように先生がいて規則があるというわけではないので、ルールを決めないと生活しにくいかもしれないが、ルールを決めてしまえばお互い嫌なことを干渉されずにすむ。住居も確保できて、本来の就職活動にも集中できるのではないかと思った。

 そして、結婚はあまり未来の選択肢に入れてなかったけれど、家族というものに強い憧れがあった。もし、愛し合って本当の家族になれたら…と淡い期待を抱いた。

 書類には明日、居住区の入り口に来て欲しいとのことだったので、そこへ向かってみる事にした。







 待ち合わせ場所に着くと30代くらいの細身のスーツを着た男性が待っていた。年齢は16歳と書いてあったのでこの人では無さそうだ。
 真面目そうでキチンとしてそうだ。茶色の髪が風でふわりとなびいていて、そこからのぞく青い猫目がとても綺麗だった。

 やけに緊張してきた。私は子供っぽくないかなと思ってしまった。身だしなみをチェックし、ヨシっと気合を入れてその男性に声をかけた。

「すみません。クゼさんのお見合いの相手のツヅリと申します」

「あぁ、初めまして。私は貴方のお見合い相手の代理人です。事情がありまして本人は本日不在ですが、何卒ご容赦ください」

 そう丁寧に話かけられてスッと名刺を出された。芸能区の○□プロダクションのマネージャーの“ルーク・ミラー”さんとのことだった。

「ルーク・ミラーと申します。彼のマネージャーをしておりました。彼はもう引退したので元マネージャーという立場ですが、この縁談の話を勧めたのは私ですので仲人ということで少しツヅリ様にお時間をいただき、事前に彼のことについて話しておきたいと思いました」

 なんと、有名人だったのだ。それはおいそれとここには来れないなと思った。
ミラーさんは立ち話もなんですので、と近くの喫茶店に入った。

「まずはこちらの資料をお読みください。何か不明な点があれば質問をお願いします」

 そう言って資料を差し出された。表紙には“モモトセ・クゼついて”と書かれていた。相手の人の名前であろう。緊張しながら表紙をめくった。


名前:モモトセ・クゼ
アイドル活動名:Momo
性別:男
年齢:16歳
職業:元アイドル
学歴:小学校卒業程度

 他にもアイドルの経歴やレッスンの様子、性格なども書かれていた。しかし写真が1枚もなかった。ちょっと見てみたい気持ちがあったが、帰ってから調べてみることにしよう。
 私は資料に夢中になっているとミラーさんは声をかけてきた。

「…この人をご存知ではないですか?」

「…すみません。大変失礼なのですが、存じ上げません」

 私は施設育ちなので、テレビや配信もみんなで譲り合って見ていた。なので、読書をしたり畑仕事を手伝ったりすることの方が多かった。施設の子が見ている何かに出ていたかもしれないが、名前と顔が結びついていなかった。

 しかし芸能人であるクゼさんが16歳で結婚を考えるなんてどうしてなのか疑問に思った。たとえアイドルを引退していても、芸能系の仕事を続けていく人が多いと聞く。そうなると人気商売なので、恋愛や結婚はもう少し後になっている印象が強かった。その疑問をを好奇心が赴くまま質問していた。

「あのクゼさんはお仕事の方はよろしいのでしょうか?アイドルを引退されたとはいえ、芸能人でしたらそのあとも芸能系のお仕事を続けられますよね?それか何か事情があるのでしょうか?」

 ミラーさんは目の前にあるコーヒーを少し飲んで話を続けた。

「モモトセさんは芸能の世界には戻られないと思います。その理由は私の方からお伝えできないのですが、少し複雑でして…。あと1つ、伝えておかないといけないことがあります」

 少し間をおいてミラーさんは深刻な顔をして私を見つめてきた。私は張り詰めた空気を感じ取り少し身構えた。

「あくまでも現時点の話ですが、モモトセさんは精通を迎えていません。…もしかすると、生殖機能に問題があって子どもが欲しいとなると難しいかもしれません」

 そもそもこの事を隠してお見合いの申請をしたので、取り消しになるかもしれません。と補足するように言っていた。
 私はミラーさんの言葉に耳を傾けて続けた。

「一応一通りの検査はしましたが、成長期なので診断は難しいとのことでした。生まれ持っての疾患か、まだ大人になりきれていないのかわからないと、医師の判断はそうでした」

 このことを受けて、私はこう思った。未来のことはわからない。子どものことだって生殖医療が発達しているのでどうにでもなると思うし、それこそ男性として目覚めるかもしれない。

「わかりました。とりあえず一緒に過ごしてみてから結婚、子どものことは考える事にします」

 ミラーさんはお互いの幸せを考えて出来るだけ傷つかないように事前に教えてくれたのだ。なんと優しい人なのだ。さっきまで青白かった顔が少し赤みを取り戻し私をしっかりと見つめていた。

「お優しいですね。その時は私も全力で協力いたしますね。ではモモトセさんとお見合いすることに同意されたと判断してよろしいでしょうか?」

「はい!ぜひよろしくお願いします」
 
 子どものことも大切であるが、そこはそもそも結婚してからの話だろう。それよりはまず、お互いの相性を見ることのほうが大事に思えた。

「どうかモモトセをよろしくお願いいたします」

 深々とお辞儀するその姿は元マネージャーなどではなく親の姿のように見えた。

「こちらこそ力不足でお役に立つことが出来ないかもしれませんが、努力します」

 と、同じく深々とお辞儀を返してこれからのことに胸を躍らせていた。

 私も同棲に賛成と伝えると驚いていた。まずは何度かデートの予定をたてていたらしい。しかし私の事情を話したところ先日新築一戸建てが建ったのでそこに一緒に住んでも構わないとのことだった。

 今日はもう夜になってしまったので明日また同じところで待ち合わせということになった。ミラーさんと連絡先を交換して解散となった。


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