2 / 44
1.
しおりを挟む「申し訳ないけど、次の子がうちに入れないから1週間の間にここから一旦出て欲しいの」
困った顔で施設長先生は私に告げた。
私ことツヅリは孤児であり施設で育った。早く自立したくて高等学校を18歳で卒業し、就職活動を始めていた。しかし就職活動はうまくいかず、ことごとく落ちていた。就職活動をはじめて約1年。やりたいことも曖昧で得意なこともない。完全に行き詰まっていた。
施設に居続けるのは難しい歳になってしまった。次に入ってくる子どものために部屋を開けてあげなくてはいけない。仕事は決まっていないが、とりあえずアルバイトをしてどこか部屋を見つけて一時的に凌ぐしかない。そう思っていた。
先ほどの施設長先生の言葉を受けて求人誌と賃貸情報誌を持って施設のラウンジでうーんと唸っていると友人のアースィムが声をかけてきた。
「もしかして、ここから出なくちゃいけなくなった?」
アースィム・シャイムーンは私が12歳の時に転校してきた男の子だ。黒い髪に緑の瞳、褐色肌でとてもエキゾチックで中性的な容姿だ。最初に出会った時からずっと仲良くしていた。彼は高等学校卒業後この施設に就職して職員になっていた。
「そうなの。普通は高等学校を卒業したら出ないといけないのに、この1年住まわせてもらっただけでもありがたいよね」
アースィムは賃貸情報の紙を見つめていた。安くて古いアパートにマルをしていたのをみて難しい顔をしていた。
「なんならうち来る?僕も両親も大歓迎だよ」
なんと魅力的なお誘い!アースィムの家族はとてもいい人たちだった。孤児の私にも分け隔てなくよくしてくれた。しかし、自立するというのが私の目標だった。
「ありがとう。その気持ちはとても嬉しいけど、一度自分で頑張ってみるね」
「…わかった。困ったら絶対僕に教えてね」
アースィムはどこか不満気だったが、彼に頼るのは最終手段にしようと思っていた。
次の日、先行き不安な気持ちを抱えたまま朝食を取ろうとすると、行政機関から手紙が届いていた。
施設の自分の部屋へ入り、手紙を開けてみる。その中には”お見合いをしませんか”という紙が入っていた。
「これが噂に聞くあのお見合い制度!私がいいという人もいたんだ…」
選ばれる可能性は低いと思っていたので驚いた。中にはお見合い制度についての簡単な説明の紙が数枚入っていた。
そこにはお見合い制度で選ばれたこと、お見合い制度の概要、そしてお見合い相手の名前と年齢であった。
「モモトセ・クゼさん。16歳!!??」
予想以上に若かった。そのことに驚いて少しの間固まってしまっていた。
お見合いをすることに関しては、一度会ってから本決定になるらしい。
とりあえず、『お見合い制度とは』と書かれた紙を読んでみた。要点はこんな感じだ。
○少子化のため遺伝子の相性がいい異性とお見合いができる。
○相性がいい順に優先的に会えるがどちらも同意が必要。
○デートをするも良し同棲するも良し、結婚に至るまでの過程で生じた金銭はいくらか補助金が出る。
なるほど、とても勉強になった。自分にはあまり関係のないことかと思ってあまり調べていなかった。
クゼさんは本決定後すぐ同棲スタートは可能との記載があった。これは、ラッキーなのではと思った。施設でも男女一緒に過ごしていたので、同じ感じだろう。施設のように先生がいて規則があるというわけではないので、ルールを決めないと生活しにくいかもしれないが、ルールを決めてしまえばお互い嫌なことを干渉されずにすむ。住居も確保できて、本来の就職活動にも集中できるのではないかと思った。
そして、結婚はあまり未来の選択肢に入れてなかったけれど、家族というものに強い憧れがあった。もし、愛し合って本当の家族になれたら…と淡い期待を抱いた。
書類には明日、居住区の入り口に来て欲しいとのことだったので、そこへ向かってみる事にした。
待ち合わせ場所に着くと30代くらいの細身のスーツを着た男性が待っていた。年齢は16歳と書いてあったのでこの人では無さそうだ。
真面目そうでキチンとしてそうだ。茶色の髪が風でふわりとなびいていて、そこからのぞく青い猫目がとても綺麗だった。
やけに緊張してきた。私は子供っぽくないかなと思ってしまった。身だしなみをチェックし、ヨシっと気合を入れてその男性に声をかけた。
「すみません。クゼさんのお見合いの相手のツヅリと申します」
「あぁ、初めまして。私は貴方のお見合い相手の代理人です。事情がありまして本人は本日不在ですが、何卒ご容赦ください」
そう丁寧に話かけられてスッと名刺を出された。芸能区の○□プロダクションのマネージャーの“ルーク・ミラー”さんとのことだった。
「ルーク・ミラーと申します。彼のマネージャーをしておりました。彼はもう引退したので元マネージャーという立場ですが、この縁談の話を勧めたのは私ですので仲人ということで少しツヅリ様にお時間をいただき、事前に彼のことについて話しておきたいと思いました」
なんと、有名人だったのだ。それはおいそれとここには来れないなと思った。
ミラーさんは立ち話もなんですので、と近くの喫茶店に入った。
「まずはこちらの資料をお読みください。何か不明な点があれば質問をお願いします」
そう言って資料を差し出された。表紙には“モモトセ・クゼついて”と書かれていた。相手の人の名前であろう。緊張しながら表紙をめくった。
名前:モモトセ・クゼ
アイドル活動名:Momo
性別:男
年齢:16歳
職業:元アイドル
学歴:小学校卒業程度
他にもアイドルの経歴やレッスンの様子、性格なども書かれていた。しかし写真が1枚もなかった。ちょっと見てみたい気持ちがあったが、帰ってから調べてみることにしよう。
私は資料に夢中になっているとミラーさんは声をかけてきた。
「…この人をご存知ではないですか?」
「…すみません。大変失礼なのですが、存じ上げません」
私は施設育ちなので、テレビや配信もみんなで譲り合って見ていた。なので、読書をしたり畑仕事を手伝ったりすることの方が多かった。施設の子が見ている何かに出ていたかもしれないが、名前と顔が結びついていなかった。
しかし芸能人であるクゼさんが16歳で結婚を考えるなんてどうしてなのか疑問に思った。たとえアイドルを引退していても、芸能系の仕事を続けていく人が多いと聞く。そうなると人気商売なので、恋愛や結婚はもう少し後になっている印象が強かった。その疑問をを好奇心が赴くまま質問していた。
「あのクゼさんはお仕事の方はよろしいのでしょうか?アイドルを引退されたとはいえ、芸能人でしたらそのあとも芸能系のお仕事を続けられますよね?それか何か事情があるのでしょうか?」
ミラーさんは目の前にあるコーヒーを少し飲んで話を続けた。
「モモトセさんは芸能の世界には戻られないと思います。その理由は私の方からお伝えできないのですが、少し複雑でして…。あと1つ、伝えておかないといけないことがあります」
少し間をおいてミラーさんは深刻な顔をして私を見つめてきた。私は張り詰めた空気を感じ取り少し身構えた。
「あくまでも現時点の話ですが、モモトセさんは精通を迎えていません。…もしかすると、生殖機能に問題があって子どもが欲しいとなると難しいかもしれません」
そもそもこの事を隠してお見合いの申請をしたので、取り消しになるかもしれません。と補足するように言っていた。
私はミラーさんの言葉に耳を傾けて続けた。
「一応一通りの検査はしましたが、成長期なので診断は難しいとのことでした。生まれ持っての疾患か、まだ大人になりきれていないのかわからないと、医師の判断はそうでした」
このことを受けて、私はこう思った。未来のことはわからない。子どものことだって生殖医療が発達しているのでどうにでもなると思うし、それこそ男性として目覚めるかもしれない。
「わかりました。とりあえず一緒に過ごしてみてから結婚、子どものことは考える事にします」
ミラーさんはお互いの幸せを考えて出来るだけ傷つかないように事前に教えてくれたのだ。なんと優しい人なのだ。さっきまで青白かった顔が少し赤みを取り戻し私をしっかりと見つめていた。
「お優しいですね。その時は私も全力で協力いたしますね。ではモモトセさんとお見合いすることに同意されたと判断してよろしいでしょうか?」
「はい!ぜひよろしくお願いします」
子どものことも大切であるが、そこはそもそも結婚してからの話だろう。それよりはまず、お互いの相性を見ることのほうが大事に思えた。
「どうかモモトセをよろしくお願いいたします」
深々とお辞儀するその姿は元マネージャーなどではなく親の姿のように見えた。
「こちらこそ力不足でお役に立つことが出来ないかもしれませんが、努力します」
と、同じく深々とお辞儀を返してこれからのことに胸を躍らせていた。
私も同棲に賛成と伝えると驚いていた。まずは何度かデートの予定をたてていたらしい。しかし私の事情を話したところ先日新築一戸建てが建ったのでそこに一緒に住んでも構わないとのことだった。
今日はもう夜になってしまったので明日また同じところで待ち合わせということになった。ミラーさんと連絡先を交換して解散となった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました
せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~
救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。
どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。
乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。
受け取ろうとすると邪魔だと言われる。
そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。
医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。
最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇
作品はフィクションです。
本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる