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しおりを挟む昨日のうちに施設長先生に事情を説明し急だが施設から出ることになったことを伝えた。お見合いが決まったこと、次の住居は施設の裏の山の中に新しく建った家であることなど細々したことを伝えた。
「無理なこと言ってごめんね、大丈夫かしら?」
と、施設長先生は心配していた。その気持ちを落ち着かせるように私はこう返した。
「とりあえず仕事が決まるまでは時々施設の手伝いに来ると思いますから、またよろしくお願いします」
と伝えると嬉しそうに笑っていた。施設長先生は私の手を握り涙ぐみながら本当の気持ちを伝えてくれた。
「1週間の間に出て行って欲しいっていう話をした時は本当に心苦しかったの。どこにも決まらなかったらうちに来てもらおうかと考えてたんだけど、お見合い出来てよかったわ。いい人だといいわね」
そんな言葉にほっこりしながら施設の長先生と別れの抱擁を交わした。
翌朝、自分の荷物をまとめた。大きなキャリーバッグ1つに全て入り切ってしまったので、移動は楽そうだ。
そういえば朝食の時間が過ぎていた。急いで食堂に向かった。食堂の冷蔵庫には私の分が残っており、特別にプリンもついてきていた。最後の朝食なので特別につけてくれたのだろう。食堂の人に感謝の気持ちと別れの挨拶をした後朝食を取り始めた。
「あ!ツヅリ!!」
遠くからアースィムがパタパタと駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「聞いたよ!今日ここを出るんだって?」
アースィムは私の隣でしゃがみ込み、下から覗き込むように見つめてきて、問いかけてきた。昨日は当直だったので休みのはずなのに、わざわざ会いにきてくれたのだろうか。
「最近、新しく家が建ってたでしょ?そこに住むことになったんだ!アースィムはどこまで話を聞いてる?」
私がそう問いかけるとぷくっと頬を膨らませて答えた。
「…お見合いで同棲までするんだって聞いた」
まるで私のことを責めるかのように緑の瞳でジーッと見つめてきた。
か、かわいい。女子顔負けの可愛さである。アースィムは私の上着の裾をぎゅっと握るとうじうじしながら言葉を続けた。
「そんなこと引き受けるんだったら、うちに泊まりに来てもよかったじゃん。お見合いだって…僕でもよかったじゃん」
「そ、そんな日頃からお世話になってるのにこれ以上は頼れないよ!それに自立したかったしね」
僕でもよかったじゃんっていう言葉が意外すぎた。彼は恋愛事は大の苦手なのだ。
「お見合いは確かにアースィムでも良かったかもしれないね。でもアースィム恋愛とか苦手じゃない?それに、知らない人だけど、選んでもらえたってのが嬉しかったの。お試し期間だし気軽な気持ちで行こうかなっておもったの」
アースィムは最初の方は少し顔を赤くしていたが、徐々に難しい顔になっていき俯いてしまった。
「…何でも相談してね。僕は何があってもツヅリの味方だよ」
まるで友達を取られて拗ねているようだった。だが優しい性格のアースィムは応援してくれたのだ。
「ありがとう。アースィムが友達でいてくれて本当に心強い」
「嫌なことされたら言って。すぐ文句言ってやる。なんなら無理矢理連れて帰る」
私がニコニコ笑っていると後ろから同じ施設育ちのエミリーがやってきて、アースィムの肩をポンと叩いた。
茶色の長い髪を一つにまとめて、クリクリの丸い茶色の目を三日月のように細めてニッコリと笑っていた。
「やっほー⭐︎ツヅリ、アースィム!元気?」
「エミリー!ちょっと触らないでよ」
アースィムは肩に置かれた手を払い除けて少し距離を取っていた。
エミリーは私が施設に入った時に同室となり、それから年も同じだったので一緒によくいた。エミリーは16歳の時にお見合いを申し込まれて施設を卒業し、すぐに結婚して今では2歳になる子供もいる。
「まーひどいったら~。てかツヅリ、結婚おめでとう!」
「まだしてない!!!」
エミリーは私をぎゅっと抱きしめて喜んでくれた。結婚の否定をしたのはアースィムであるが、私もまだしてないよと改めて否定しておいた。
「いやぁどうせアースィムがツヅリのとこで駄々こねてるんだろうと思ってきてみたけど、見事に正解だったわね~」
エミリーは豪快にケラケラと笑っていた。それを見てアースィムは不機嫌になってしまった。
「で、相手は誰なの?」
グイッと前のめりになり興味津々にエミリーは聞いてきた。簡単に言ってもいいのだろうかと迷ったので濁すことにした。
「また、そのうちね。私も会ったことないから」
昨日写真を見ようとおもっていたが、施設長先生との話が長くなったので検索できずに今日を迎えてしまった。それならもういっそ会うまで見ないでおこうと思い、まだ知らないのである。
「へ~、まぁ知ってる通りウチもさ、お見合い結婚だったから、きっと幸せになれるよ!でも何かあったら教えてね。アースィムと同じくウチもツヅリの味方だよ」
私はとても幸せ者だと感じた。このように優しく見守ってくれる人がいる。そのことに感謝しなければと思った。
少ない荷物を持ってクゼさんたちの到着を待っていたら、居住区入り口の方からミラーさんと背の高い、肩まで伸びた白髪の男性が歩いてくるのが見えた。
あの人だ!あの人がクゼさんだろう。どうしてだか、彼だけ浮き出て見えた。惹かれたという言葉が適切だった。遠目ではっきりとは見えなかったがあまりにもキラキラしていて、まるで宝石を見つけた時のような気持ちだった。引き寄せられるように彼らの方へ駆け寄っていた。
昂った気持ちのまま自己紹介をした。この時にどのように自己紹介をしたのか覚えていない。近くに来て恥ずかしくてすぐ下を向いてしまったのだ。こんな風になるのは初めてだった。
クゼさんは深く帽子をかぶってマスクをし、サングラスをしていたので顔は見えなかった。
「…モモトセ・クゼです。よろしくお願いします」
彼も簡単に挨拶をしてくれた。その声が柔らかく優しい声だったのでもっと聞いてみたいと思った。
遺伝子レベルで相性がいいというのはすごいなとおもってしまった。まるで相手が自分の半身のように感じていた。
「では、時間もありませんので早速家の方へ行きましょう」
ミラーさんはパンパンと手を叩き先頭を切って歩き始めた。それに倣うようにクゼさんは付いていき、その後をゆっくりついていくことにした。
新しい家に向かって歩いていると施設の前で利用者のみんなが待っているのが見えた。施設には孤児と独居老人が共同生活をしているため職員も合わせて大家族のような面子で待ち構えていた。
クゼさんとミラーさんには先に家の方に言ってもらうことにして、少し立ち寄らせてもらうことにした。
「あー!ツヅリお姉さん!」
施設の子供達が花の形におった折り紙をもって私の近くまでやってきた。
「あのねあのね、施設からいなくなっちゃうのさびしいけど、わたし応援してるね!また遊びにきてね!だいすき」
かわいいバーバラは本当にいい子だ。バーバラと目を合わせるためその場でしゃがみ込み折り紙を受け取った。
「ぼく、ツヅリ姉ちゃんいないとねむれない…」
サイラスはぬいぐるみをぎゅっと抱き締めて目に涙をためていた。サイラスの頭を撫でた。
「大丈夫サイラスは眠れるよ、おまじないかけておくね」
その他にも施設にいるおじいさんやおばあさん、職員さんとも話やお礼を言って回った。最後に施設長先生から花束をもらった。そういえば、エミリーや他の子達がお見合いで旅立つ時もこうしていたことを思い出した。
先程もあったがアースィムにも一応ありがとうとお礼を言うと、接触を嫌がるアースィムがおでこにキスをしてきた。
「これは僕たちの家族の幸せを願うおまじない」
少し寂しそうであったがくしゃりと笑顔を向けてくれた。これは絶対に幸せにならなくてはと心に誓ったのだ。
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