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しおりを挟む少し遅れてこれから住む家に向かった。施設の裏であるが少し丘の上にあるのでこじんまりと落ち着けるのではないかと思った。
クゼさんも元芸能人だし、目立たないところの方がきっといいのだろう。
家の前に着くとクゼさんとミラーさんが待っていた。その他にも数名SPらしきスーツを着た男性がいた。
「挨拶はゆっくりできたでしょうか?着いてすぐで申し訳ないのですが、家の中の簡単な説明をさせてもらってもよろしいですか?」
ミラーさんは時間がないのか、時計を見ながら話をしていた。私は施設から持たされた今日の夕食と数日分の野菜を両手に抱えながら進もうとした。するとクゼさんがその荷物を代わりに持ってくれた。他の荷物も受け取ろうとしてくれたが幸いなことに自分の荷物と花束だけだったので自分で持てると遠慮した。男性から女性扱いをされると素直に照れてしまう。
玄関を開けると、思っていたより馴染み深い感じの家だった。もっと最新テクノロジー的な家具家電で溢れかえっているのかと思っていた。
「では、一旦ここに荷物を置かせていただいて、簡単に案内いたします」
ミラーさんはテキパキと玄関を過ぎ手を洗い、キッチン、リビングへ向かった。見たところ施設にある分と同じような性能である。
「居住区は一つの区域で使用電力が決まっているので、以前モモトセさんが住んでいたマンションに生活水準を合わせるとここで生活している人の電気がなくなってしまうので、ここでの仕様にあわせてあります」
コンロは電気で熱するタイプだった。一般家庭用サイズなだけで概ね同じなので使用できそうである。他のレンジや冷蔵庫も同じような感じだ。
クゼさんはキッチンのあたりを不思議そうに見つめていた。室内に入っても相変わらず帽子、マスク、サングラスの三大装備はつけられたままだった。
その次はお風呂の方へ向かった。
「こちらも湯沸かし式になっているのでゆっくりお湯につかれるようになってます。モモトセさんはこのお風呂の使い方を知らないので、また教えてあげてください」
クゼさんはお風呂を見てナニコレって顔をキョロキョロさせていた。
「もしかして、ここにお湯をためてはいるん?」
「そうですよ。貴方は温泉ロケに行ったことなかったですもんね」
クゼさんは感嘆していた。私はむしろクゼさんのこれまでの入浴方法が気になって仕方が無かった。
その他はトイレが1階と2階に1つずつと、2階に寝室、トレーニングルームがあった。最後にリビングに帰ってきたところで大きな段ボールを1つ開けた。
「モモトセさんはこのパウチで食事をされているので、これを食事に提供してください。無くなり次第すぐ手配しますので早めに連絡をお願いします」
パウチを1つ私に渡してくれた。そこには“完全なる栄養食の簡単ディナー”と書かれていた。謎のセンスである。
「そしてさっきからついてきてる男性たちは元々この地区の警護をしていた人です。この土地に基地があるので、何かあればすぐ対応してもらえると思います」
警護の人らしき人たちは敬礼をしたあと失礼しますと言い、その場を立ち去った。
「その他困ったとこがあれば私に連絡をお願いします。できる限り対応いたします。モモトセさん、わからないことはツヅリ様に聞いてくださいね」
クゼさんはコクリとうなづいた。ミラーさんはそれでは、これからよろしくお願いいたしますねと軽く挨拶をした後、足早に家を出て行った。
「………」
ついに2人っきりになってしまった。時計を見るともう夕食時だった。
「荷物はとりあえず置いといて食事にしますか?」
クゼさんはコクリとうなづいたが、そこで何かを言おうとしていることに気づいた。私は「なんでしょうか?」と問いかけると意を決したように話し始めた。
「あ、あのはじめて会った時ちゃんと挨拶したかったんですけど、できんくてごめんなさい。この通り見た目もド派手で気持ち悪いし、話し方も訛っててわかりづらいし、アイドル以外してきたことないんで常識ないし、何も出来へんし、この前まで入院してたから病弱なんですけど。どうか、め、迷惑にならないようにだけはするのでとりあえずよろしくお願いします」
ものすごいたどたどしく話したかと思うと凄い勢いでクゼさんはお辞儀をした。
完全なる偏見でものを言うが、芸能人をしているくらいだったので自信があるのかと思っていたが、かなり控えめでネガティブ思考そうである。それかクゼさんはこういう控えめキャラだったのだろうか、事前に少し勉強しておくべきだった。それより私の方こそ、威張れる立場ではないのだ。
「顔をあげてください。こちらこそ出来ないこととか嫌なことしちゃうかもしれませんが、出来れば仲良く楽しく過ごしたいと思ってます。晩御飯を食べながらこれからのこと話しましょう」
彼の言葉にそのようにこたえると何かホッとした雰囲気を感じたが、なにせ顔が見えないのでよくわからなかった。
私は施設から貰った夕食を準備し始めた。そういえばクゼさんはあのパウチを食べるのだった。そんなことを考えながら施設からもらったおかずのパックを並べているとクゼさんが私に声をかけてきた。
「あの、これ外さずにたべてもいいですか?帽子は脱ぐんで…」
どうやらマスクとサングラスはつけたままが良いらしい。私は全然大丈夫ですと答えた。
「一応施設から夕食ももらったのですけど、クゼさんはパウチで食事されますか?」
「えっと、それでお願いします」
クゼさんは遠慮がちに答えて椅子に恐る恐る座っていた。モジモジしてどこか落ち着きがないようだった。
食事の準備を終えてわたしも席に着き、手を合わせていただきますの挨拶をした。
「…懐かしいです」
クゼさんがわたしの方を見てそう呟いた。私はクゼさんの言葉の続きを待つ事にした。
「誰かと食事をするんがすごく久しぶりで、いただきますっていうのも久しぶりでなんか……」
それからクゼさんは黙ってしまった。私もどこかくすぐったいような気持ちになったので、思わず笑みが溢れた。
「誰かと食べるのって美味しいですよね。1人で食べるより2倍美味しい気がします。なので、一緒に食事をしてくれてありがとうございます」
「…そんな、俺の方こそ」
クゼさんは食事をしようと思ったのか、マスクを上にずらし唇が露わになった。
…綺麗な唇。そんな隠すようなものでもないのにと凝視をしてしまうと慌てて口を隠してしまった。
「あの、なんか変でした?」
クゼさんはまたオドオドしはじめてしまった。ジロジロみるのはよくなかった。
「あ、いえ。パウチの食事ってどんな感じなのかなーと疑問に思いまして…」
とっさに誤魔化した。パウチがどうなっているのか知りたいというのはそれを見た時から思っていた。
「良ければ食べてもろてええですよ。いくらでも食べてください」
なんだか久しぶりに和やかな食事になったと思う。この1年間は施設にいたけど、どうしても利用者の人と食事の時間があるズレることが多かった。
それからは2人の同棲にあたっていくつかルールを決めることにした。
○トイレは1階がクゼさん用、2階が私用
○食事は出来るだけ一緒に取るようにするが無理をしない
○予定ボードを作りお互いの予定を共有する
○金曜日はお互いを知る時間を作る
○家事は2人で一緒にして、後で分担を決める
と、いうことにした。しばらくは就活を休んででもクゼさんとの時間に当てようと思う。実際結婚するかしないかを決める期間なので、答えは早いほうがいいとミラーさんにものすごく説得されたのでとりあえずは元いた施設でアルバイトをさせてもらうことにした。
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