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fairy make a lie
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「fairy make a lie」
妖精のような天使のような、罪深い美しさを持つその国の王子はいつも憂いに満ちた眼差しで窓の外を眺めていた。
隣国の婚約者は今日も現れない。荒々しい馬の蹄の音も、高らかな声も、彼の耳からは遠い所にある。
従者である私はいつものそんな彼の様子をただ黙って見守りつつ、午後のティータイムの準備をしていた。
「ねぇ、君はさ」
突然彼が口を開いた。
「はい、なんでしょう?王子様」
私はいつもと変わらない平静を装い返事をする。
彼は振り返って少し目を細めた。
広く眩しい空を眺めていたその目には、私のいる部屋の中は随分と暗く見えたことだろう。
「君はさ、毎日楽しい?」
いつもと同じ質問だった。
私はいつもと同じように返す。
「はい、王子様と一緒ですから。」
それがいつものパターン。いつもの決まりなのだ。
「・・・・ふぅん。」
彼はつまらなそうに鼻息混じりで返事をすると再び空に視線を戻した。
「君はいつも変わらないね。そうやって、いつもいつも。同じ服を着て、同じ紅茶を入れて、同じ言葉を返して。」
それはいつもと違う言葉だった。
私は紅茶を注いでいたポットを静かに戻してテーブルの上に置いた。
「・・・もっと楽しいところに行ってみない?」
遠く、遠く、遥かな彼方を見ているような、彼の目はそんな目だった。
王子の婚約者は派手で遊び好きだったが、王子はそんな婚約者に心底惚れ込んでいる様子だった。
気まぐれで連絡もなかなかよこさず、忘れた頃に逢いに来る、そんな気まぐれな相手に振り回される喜びが王子の中にあったのだろうか?
婚約が決まった日のことは忘れない。
あれは・・・そう、初めての過ちの日。
####
本当に、本当に、いつもいつも、面白くなくてつまんない奴!
だからちょっとだけ、本当に本当にほんのちょっとのつもりでからかったんだ。
でも、僕は気づいてしまった。
彼が傍にいる理由。本当の意味。存在の在り方、彼がどんな風に思っているかって。
だから一生閉じ込めようと思った。
この気持ちを、この心を、始まってしまった想いを。
心の奥ずっとずっと深くに。
その時はずっと沈黙で、ただ時間だけが過ぎていく感じがして、世界中の時が止まったみたいだった。
胸がぎゅっと締め付けられて呼吸をするのを忘れてしまったみたいに、ずっと息も止まったままで。
重ねた唇から彼の温度が伝わってきてドクドク、体を脈打つように流れ込んできて、何かは、わからないけど。
いろんな言葉に出来ない想いとか、そういういろんなもの、だったのかな・・・?
本当に、どうしていいかわからなかったけど、自分がいけないことをしているのはよくわかったから。
だからその日のことは忘れようと思った。永久に。
****
忘れられない。自分の心の中での結論は既に出ていたから、答えはひとつ。
隣国へ行こう、ただそれだけのことだった。
誰もが寝静まった深夜、少しの旅支度をして城を出た。ひとつだけの灯りを頼りに。
隣国への山道を登り、途中の泉で少し休憩を取ることにした。
木陰に座って泉を眺めているうちにこの泉にまつわる妖精の伝説を思い出した。
昔、王子が私に無邪気な様子で話してくれた話だ。
隣国に続く山道の途中にある泉には妖精が住んでいて、旅人の願いを叶えてくれることがある。
私はそんなことを思い出している自分がおかしくなって少し笑った。
妖精の伝説?そんなものを信じて何になる?
妖精がこの状況を変えてくれるというのか?この絶望的な状況を。
腰に下げた短剣に触れた手が微かに震えていた。
渡さない、誰にも。いや、あいつだけには。
立ち上がって再び歩き出そうとした時、木陰が揺れた。
「帰ろう。」
声は唐突に背後から響いた。
振り返るとそこには寝間着姿の王子が立っていた。
「もう、帰ろうよ。」
泣きそうな声だった。
思わず駆け寄って抱きしめると、胸に顔をうずめた王子は肩を震わせて泣いた。
****
窓の外はいつもと同じ青い空。
遠くの山道から馬の蹄の音が聞こえた。高らかな声と、明るい笑顔。
窓から身を乗り出して大きく手を振る。
紅茶の用意はまだ出来ていないけれど、それぐらい自分でも出来る。
振り返ると暗い部屋の中にはやっぱり誰もいなかった。
あの夜の出来事がちょっとだけ胸を掠めてチクっと傷んだ。
でも、それはほんとに本当の一瞬。
僕は大きく深呼吸して愛する人を迎える準備をする。
その時、慌ただしい様子で誰かが部屋に駆け込んできた。
「王子様!隣国の境にある泉から・・・・!」
####
「・・・楽しいところ、ですか。」
私は言われた言葉をただ繰り返した。
「うん、でも・・・」
王子は少し照れたように笑った。
「一緒なら、十分楽しいかな。」
私も釣られて笑ってしまった。
空はいつもと変わらない様子に見えた。
この変わらない世界が永遠に安らぎに満たされているといい。
ずっと永遠に続けばいい。
私はそう願って今日も王子のために紅茶を注ぐ。
妖精のような天使のような、罪深い美しさを持つその国の王子はいつも憂いに満ちた眼差しで窓の外を眺めていた。
隣国の婚約者は今日も現れない。荒々しい馬の蹄の音も、高らかな声も、彼の耳からは遠い所にある。
従者である私はいつものそんな彼の様子をただ黙って見守りつつ、午後のティータイムの準備をしていた。
「ねぇ、君はさ」
突然彼が口を開いた。
「はい、なんでしょう?王子様」
私はいつもと変わらない平静を装い返事をする。
彼は振り返って少し目を細めた。
広く眩しい空を眺めていたその目には、私のいる部屋の中は随分と暗く見えたことだろう。
「君はさ、毎日楽しい?」
いつもと同じ質問だった。
私はいつもと同じように返す。
「はい、王子様と一緒ですから。」
それがいつものパターン。いつもの決まりなのだ。
「・・・・ふぅん。」
彼はつまらなそうに鼻息混じりで返事をすると再び空に視線を戻した。
「君はいつも変わらないね。そうやって、いつもいつも。同じ服を着て、同じ紅茶を入れて、同じ言葉を返して。」
それはいつもと違う言葉だった。
私は紅茶を注いでいたポットを静かに戻してテーブルの上に置いた。
「・・・もっと楽しいところに行ってみない?」
遠く、遠く、遥かな彼方を見ているような、彼の目はそんな目だった。
王子の婚約者は派手で遊び好きだったが、王子はそんな婚約者に心底惚れ込んでいる様子だった。
気まぐれで連絡もなかなかよこさず、忘れた頃に逢いに来る、そんな気まぐれな相手に振り回される喜びが王子の中にあったのだろうか?
婚約が決まった日のことは忘れない。
あれは・・・そう、初めての過ちの日。
####
本当に、本当に、いつもいつも、面白くなくてつまんない奴!
だからちょっとだけ、本当に本当にほんのちょっとのつもりでからかったんだ。
でも、僕は気づいてしまった。
彼が傍にいる理由。本当の意味。存在の在り方、彼がどんな風に思っているかって。
だから一生閉じ込めようと思った。
この気持ちを、この心を、始まってしまった想いを。
心の奥ずっとずっと深くに。
その時はずっと沈黙で、ただ時間だけが過ぎていく感じがして、世界中の時が止まったみたいだった。
胸がぎゅっと締め付けられて呼吸をするのを忘れてしまったみたいに、ずっと息も止まったままで。
重ねた唇から彼の温度が伝わってきてドクドク、体を脈打つように流れ込んできて、何かは、わからないけど。
いろんな言葉に出来ない想いとか、そういういろんなもの、だったのかな・・・?
本当に、どうしていいかわからなかったけど、自分がいけないことをしているのはよくわかったから。
だからその日のことは忘れようと思った。永久に。
****
忘れられない。自分の心の中での結論は既に出ていたから、答えはひとつ。
隣国へ行こう、ただそれだけのことだった。
誰もが寝静まった深夜、少しの旅支度をして城を出た。ひとつだけの灯りを頼りに。
隣国への山道を登り、途中の泉で少し休憩を取ることにした。
木陰に座って泉を眺めているうちにこの泉にまつわる妖精の伝説を思い出した。
昔、王子が私に無邪気な様子で話してくれた話だ。
隣国に続く山道の途中にある泉には妖精が住んでいて、旅人の願いを叶えてくれることがある。
私はそんなことを思い出している自分がおかしくなって少し笑った。
妖精の伝説?そんなものを信じて何になる?
妖精がこの状況を変えてくれるというのか?この絶望的な状況を。
腰に下げた短剣に触れた手が微かに震えていた。
渡さない、誰にも。いや、あいつだけには。
立ち上がって再び歩き出そうとした時、木陰が揺れた。
「帰ろう。」
声は唐突に背後から響いた。
振り返るとそこには寝間着姿の王子が立っていた。
「もう、帰ろうよ。」
泣きそうな声だった。
思わず駆け寄って抱きしめると、胸に顔をうずめた王子は肩を震わせて泣いた。
****
窓の外はいつもと同じ青い空。
遠くの山道から馬の蹄の音が聞こえた。高らかな声と、明るい笑顔。
窓から身を乗り出して大きく手を振る。
紅茶の用意はまだ出来ていないけれど、それぐらい自分でも出来る。
振り返ると暗い部屋の中にはやっぱり誰もいなかった。
あの夜の出来事がちょっとだけ胸を掠めてチクっと傷んだ。
でも、それはほんとに本当の一瞬。
僕は大きく深呼吸して愛する人を迎える準備をする。
その時、慌ただしい様子で誰かが部屋に駆け込んできた。
「王子様!隣国の境にある泉から・・・・!」
####
「・・・楽しいところ、ですか。」
私は言われた言葉をただ繰り返した。
「うん、でも・・・」
王子は少し照れたように笑った。
「一緒なら、十分楽しいかな。」
私も釣られて笑ってしまった。
空はいつもと変わらない様子に見えた。
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私はそう願って今日も王子のために紅茶を注ぐ。
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