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六章 旅の道連れ
23話
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【おもな登場人物】
《ミィラス》
聖ドリード教団で若くして聖典楽師となった、孔雀色の瞳が印象的な青年
《パルラ》
聖ドリード教団に所属する踊り子で、快活で強気な女性
《テル》
旅の剣士で、風雅な印象の風来坊
それは石積みの塀に囲まれた集落で、入り口には魔除けだろうか、鳥の骨が掲げられていた。その下に土鈴を吊した竿がある。
パルラは手を伸ばしてカランカランと土鈴を鳴らした。住人に自分たちの訪問を告げる作法である。
ほどなくして、若者が二人ほど出向いてきた。
「誰だ?」
若者たちは、異国人であるテルの容貌を見て、警戒の色を滲ませる。
「私たちは通りすがりの旅人です。どうか一晩の宿を乞いたい。連れがひどい怪我を負っていまして……」
テルの流暢なカミル語に、相手は少しだけ構えを解いた。しかし、彼が背負っているミィラスを──正確にはその法衣を──見ると、顔をしかめて首を振る。
「そいつ、教団の奴だろう。悪いが、この村に入れることはできないね」
「どうして?」
パルラが驚くと、若者は「長老たちがそう決めた」と言った。
「教団に関わるとろくなことがない。俺たちはえらく迷惑したんだぜ」
「いったい何があったのよ」
わけを聞き出そうと、パルラは若者たちに問いかけたが、彼らの頑なな態度が崩れることはなかった。
「とにかく、この村には一歩たりとも……」
若者が言いかけたとき、カシャンという音がした。
音のほうに目を向けると、地面で何かが光っている。
ミィラスの法衣の中から滑り落ちた、黄金のロケットだった。
日没が近かった。西日を受けて、ロケットは太陽からくすねた光の一欠片のように輝いている。
二人の若者は、鮮烈な黄金色にしばし目を奪われた。王都やヴァインの街のような都会ならともかくも、かような田舎では金製品を目にすることはまずないのだろう。
パルラは、ミィラスがこのような高価な品を持っていたことに、少し驚いた。
ロケットには緻密な彫金がほどこされ、蓋には一粒の真珠がはめ込まれている。それを見た若者の一人がはっとしたような顔つきになると、もう一人に何かを耳打ちする。
二人の若者は互いにうなずき合うと、三人に向き直った。
「中に案内する。くれぐれも静かにな」
ロケットは若者が素早く拾い上げ、懐にしまった。
パルラとテルは顔を見合わせる。
ロケットを見返りとして、宿を提供してくれるつもりなのだろうか。たしかに黄金でできたロケットは、この村の者には魅力的に思えるかもしれない。だがあれはミィラスにとって大切なものではないのだろうか。
持ち主であるミィラスは何も言わなかった。気絶していたからだ。
「背に腹は代えられない」
テルが言った。
「彼には手当てと休養が必要だ。とにかく中に入れてもらおう」
集落の中へ足を踏み入れる。途中、何人かの村人とすれ違ったが、いずれも不審の目を彼らに向けた。
若者たちは、三人を村長の家に案内した。
すでに誰かが知らせていたのだろう。村長は家の前で待ち構えていた。
「教団の方々かね。悪いが、すぐに立ち去ってもらおう」
村長の口調は穏やかだったが、有無を言わさぬ響きがあった。
「長、これを見てくれ。あの男が持ってた」
若者が懐からロケットを取り出し、村長に見せる。
村長は怪訝な顔でロケットを手に取ったが、すぐにその表情が変わった。
「……どうぞ中にお入りください」
手のひらを返すようなその態度に、パルラとテルは不審に思いつつも、言われるままに家の中に足を踏み入れる。
炉があたたかく燃えていた。村長は妻に敷物と毛布を持ってこさせると、炉のそばに寝床をこしらえ、ミィラスを寝かせるように言った。
敷物の上に移されたミィラスは、傷が痛んだのか眉間にしわを寄せたが、起きなかった。パルラは彼に布団をそっとかけてやる。
村長は肉の燻製やパンを振る舞い、彼らをもてなした。麦酒まで出てきた。テルは飲んだが、パルラは飲まなかった。
「どうして私たちがこんな歓待を受けるのかしら? そもそも、どうして聖ドリード教団が、この村の人たちに嫌われているの?」
パルラが村長に尋ねる。
村長は踊り子の顔をじっと見つめると、麦酒の盃を置いた。
「この村の近くに、石祠群があることはご存知ですかな」
「ええ。私たちはそこで盗賊に襲われて……彼がひどい怪我を」
パルラの言葉に、村長はやや目を丸くしてミィラスに視線を移す。
ぐったりと死んだように横たわる聖典楽師は、静かに寝息をたてていた。
「ならば、どうやら我々はお詫びをしなければならないようだ」
「どういうこと?」
村長は深々とため息をつき、「実は」と言った。
「このあたりを根城にしている盗賊というのは、もとはこの村や近隣の人間でしてな」
「え!」
炉の炎がぱちりとはぜる。村長の妻が薪を足し、火の調整をした。
村長は言う。
「この村には、旧き神への信仰が残っております。ですから、放っておけば荒れ果てるばかりの石祠群の整備を、何十年も続けてきました。ところが、それを知った聖ドリード教団──この地域を管轄する近隣村の神職たちが、けしからぬことだと言いました」
パルラとテルは黙って老人の話に耳を傾けていた。
「我々は、ドリード神への信仰を蔑ろにしているわけではないと、何度も説明したのです。そうしたら、ドリード神への供物を差し出せと言って、毎月大量の食糧や金銭を要求してくるようになりました。この村は豊かとは言えません。供物を捻出するには、口減らしをしなければいけませんでした。ですから、村の鼻つまみ者、厄介者、穀潰し──そういった者たちを追放したのです」
「その人たちが徒党を組んで、私たちを襲った、というわけね。でも、どうしてそんな教団の無茶な要求に素直に従ったの? だっておかしいわよ。聖ドリード教団は、神への信仰と民の救済を掲げているのに、それじゃあまるで略奪じゃない」
「彼らも信仰心あってのことだったのでしょう。……いや、そのように私が思いたいだけかもしれない。我々も、村から厄介者を追い出す機会だと利用したのは否めません。ですが、やはり略奪と、そう思われますか」
村長は軽くため息をついた。
テルが口を開いた。
「その結果が、彼の重傷だ。教団が悪いのか、厄介な困り者たちが悪いのか、はたまた……」
その言葉の続きは言わず、テルは麦酒を飲む。
「この麦酒、美味しいですね」
言われた村長は苦笑し、「うちの自慢です」と言った。
「ともあれ、道を踏み外した人がいたってことだ。人間、どこで躓くか分からないからね」
「テルも何かそういう経験が?」
パルラが尋ねると、テルは「なぜそう思う?」と首をかしげた。
「だって、なんとなく物言いが達観しているし、斬れない剣は持っているし、見ず知らずの私たちを助けてくれるし、改めて思うと妙な人よね。昔に何かそんな経験があったのかしらって」
それを聞いたテルは「ははは」とおかしそうに笑った。
「妙な人……うーん、物好きであることは否定できないな。でも、別に達観なんかしていないよ。昔、そこそこやんちゃをしていただけさ。恥ずかしい若気の至りってのを反省していたら、できるだけ人助けしようかなって思えただけだ」
食事が終わり、おのおのが炉のそばで手を炙りながら談笑していると、ミィラスが薄く目を開けた。もぞもぞと身体を起こそうとするのを、パルラが気づき手伝ってやる。
熱っぽく重い身体に難儀して、ミィラスは額に手を当てながら「ここは?」と言った。
「近くの村で休ませてもらっているのよ。気分はどう?」
「……なんとか」
ミィラスは部屋にいる面々を見渡した。家主である村長をみとめると、居住まいを正して向き直る。
「聖ドリード教団の聖典楽師、ミィラスと申します。突然ご厄介になり、感謝いたします」
施しを受けた者として、ミィラスは深々と最上級の一揖を村長に返した。その拍子に、床についた腕から包帯が剥がれる。そこから覗いた腕の無残な腫れに、村長は顔を曇らせつつも、若い聖典楽師に対して丁寧にお辞儀をする。
「事情はパルラ様から聞きました。あなたに危害を加えた者たちは……」
ミィラスは顔を上げる。
「実は眠っている間に、少し聞こえていました。小聖堂の所業についても。私は事情があり旅をしている身、力になれるかは分かりませんが、教団へ一筆したためましょう。それと、ヴァインの街に西翼領の統括である小聖堂があります。そこの主監ならば、真面目な人柄ゆえ、実態の調査を引き受けてくれるでしょう」
「それはありがたい……。いえこちらこそ申し訳ない」
ミィラスは荷物の中から筆記用具を出す。力の入らない手でなんとかペンをインクに浸した。
手紙は二通。ひとつは王都の大聖堂、エヌス司祭長へ。そこで初めてヴァインの街での顛末と、報告が遅くなったことの謝罪を記した。
もう一通はヴァインの街にいる主監カザへ。世話になったことへの謝意と、小聖堂への監査依頼だ。
ただ──魔物の件と監査の件を同時に書くにはミィラスとて抵抗があった。今頃カザはヴァインで諸々の対応に駆けずり回っているだろうし、受け取ったところでそんな暇は無いと頭を抱えるか、呆れかえって怒るかも知れない。『これだから聖典楽師は融通が利かない』と教団ではお決まりの文句を言うのが目に浮かぶ。ミィラスはできる限り丁寧な文体で書いた。不幸な暴行事件についても書き添えておくか迷い、それはやめた。同情を買っていると思われたくないからだ。結局、「食うに詰めた者が盗賊を行っているので注意されたし」とするに留める。
利き腕が思うように動かず、筆跡は荒れていた。
ミィラスはパルラに封蝋を頼んだ。
炉で蝋を溶かしながら、パルラはミィラスが持つペンの持ち手を見る。
「それはなに?」
彼のペンには、封印を施すための印章がついていた。ミィラスがそれを差し出したので、パルラはしげしげと眺める。印章それ自体は小ぶりだが、麦穂を咥えた鳥を囲むように星々が散らされた、繊細な意匠だった。
「この印を押しておけば、私からの書状だと先方に分かる」
ミィラスの言葉に、パルラは「ふぅん」とうなずいた。
「じゃあ、聖典楽師ひとりひとりが自分の印章を持っているのね。踊り子には無いわ、そういうの」
「欲しいのかい?」
「どうかしら。ちょっと欲しい気もするけれど、使う機会は無いでしょうし、署名で充分よ」
二つの手紙にしっかりとミィラスの印章が押されたことをみとめ、村長は愁眉を和らげた。
「ありがとうございます。こちらの書状は私が責任を持って、先方に届くようにさせていただきます」
彼はそう約束した。
そのとき、戸口が開いて村の若者が現れた。
「長、言われたとおりに持ってきた」
《ミィラス》
聖ドリード教団で若くして聖典楽師となった、孔雀色の瞳が印象的な青年
《パルラ》
聖ドリード教団に所属する踊り子で、快活で強気な女性
《テル》
旅の剣士で、風雅な印象の風来坊
それは石積みの塀に囲まれた集落で、入り口には魔除けだろうか、鳥の骨が掲げられていた。その下に土鈴を吊した竿がある。
パルラは手を伸ばしてカランカランと土鈴を鳴らした。住人に自分たちの訪問を告げる作法である。
ほどなくして、若者が二人ほど出向いてきた。
「誰だ?」
若者たちは、異国人であるテルの容貌を見て、警戒の色を滲ませる。
「私たちは通りすがりの旅人です。どうか一晩の宿を乞いたい。連れがひどい怪我を負っていまして……」
テルの流暢なカミル語に、相手は少しだけ構えを解いた。しかし、彼が背負っているミィラスを──正確にはその法衣を──見ると、顔をしかめて首を振る。
「そいつ、教団の奴だろう。悪いが、この村に入れることはできないね」
「どうして?」
パルラが驚くと、若者は「長老たちがそう決めた」と言った。
「教団に関わるとろくなことがない。俺たちはえらく迷惑したんだぜ」
「いったい何があったのよ」
わけを聞き出そうと、パルラは若者たちに問いかけたが、彼らの頑なな態度が崩れることはなかった。
「とにかく、この村には一歩たりとも……」
若者が言いかけたとき、カシャンという音がした。
音のほうに目を向けると、地面で何かが光っている。
ミィラスの法衣の中から滑り落ちた、黄金のロケットだった。
日没が近かった。西日を受けて、ロケットは太陽からくすねた光の一欠片のように輝いている。
二人の若者は、鮮烈な黄金色にしばし目を奪われた。王都やヴァインの街のような都会ならともかくも、かような田舎では金製品を目にすることはまずないのだろう。
パルラは、ミィラスがこのような高価な品を持っていたことに、少し驚いた。
ロケットには緻密な彫金がほどこされ、蓋には一粒の真珠がはめ込まれている。それを見た若者の一人がはっとしたような顔つきになると、もう一人に何かを耳打ちする。
二人の若者は互いにうなずき合うと、三人に向き直った。
「中に案内する。くれぐれも静かにな」
ロケットは若者が素早く拾い上げ、懐にしまった。
パルラとテルは顔を見合わせる。
ロケットを見返りとして、宿を提供してくれるつもりなのだろうか。たしかに黄金でできたロケットは、この村の者には魅力的に思えるかもしれない。だがあれはミィラスにとって大切なものではないのだろうか。
持ち主であるミィラスは何も言わなかった。気絶していたからだ。
「背に腹は代えられない」
テルが言った。
「彼には手当てと休養が必要だ。とにかく中に入れてもらおう」
集落の中へ足を踏み入れる。途中、何人かの村人とすれ違ったが、いずれも不審の目を彼らに向けた。
若者たちは、三人を村長の家に案内した。
すでに誰かが知らせていたのだろう。村長は家の前で待ち構えていた。
「教団の方々かね。悪いが、すぐに立ち去ってもらおう」
村長の口調は穏やかだったが、有無を言わさぬ響きがあった。
「長、これを見てくれ。あの男が持ってた」
若者が懐からロケットを取り出し、村長に見せる。
村長は怪訝な顔でロケットを手に取ったが、すぐにその表情が変わった。
「……どうぞ中にお入りください」
手のひらを返すようなその態度に、パルラとテルは不審に思いつつも、言われるままに家の中に足を踏み入れる。
炉があたたかく燃えていた。村長は妻に敷物と毛布を持ってこさせると、炉のそばに寝床をこしらえ、ミィラスを寝かせるように言った。
敷物の上に移されたミィラスは、傷が痛んだのか眉間にしわを寄せたが、起きなかった。パルラは彼に布団をそっとかけてやる。
村長は肉の燻製やパンを振る舞い、彼らをもてなした。麦酒まで出てきた。テルは飲んだが、パルラは飲まなかった。
「どうして私たちがこんな歓待を受けるのかしら? そもそも、どうして聖ドリード教団が、この村の人たちに嫌われているの?」
パルラが村長に尋ねる。
村長は踊り子の顔をじっと見つめると、麦酒の盃を置いた。
「この村の近くに、石祠群があることはご存知ですかな」
「ええ。私たちはそこで盗賊に襲われて……彼がひどい怪我を」
パルラの言葉に、村長はやや目を丸くしてミィラスに視線を移す。
ぐったりと死んだように横たわる聖典楽師は、静かに寝息をたてていた。
「ならば、どうやら我々はお詫びをしなければならないようだ」
「どういうこと?」
村長は深々とため息をつき、「実は」と言った。
「このあたりを根城にしている盗賊というのは、もとはこの村や近隣の人間でしてな」
「え!」
炉の炎がぱちりとはぜる。村長の妻が薪を足し、火の調整をした。
村長は言う。
「この村には、旧き神への信仰が残っております。ですから、放っておけば荒れ果てるばかりの石祠群の整備を、何十年も続けてきました。ところが、それを知った聖ドリード教団──この地域を管轄する近隣村の神職たちが、けしからぬことだと言いました」
パルラとテルは黙って老人の話に耳を傾けていた。
「我々は、ドリード神への信仰を蔑ろにしているわけではないと、何度も説明したのです。そうしたら、ドリード神への供物を差し出せと言って、毎月大量の食糧や金銭を要求してくるようになりました。この村は豊かとは言えません。供物を捻出するには、口減らしをしなければいけませんでした。ですから、村の鼻つまみ者、厄介者、穀潰し──そういった者たちを追放したのです」
「その人たちが徒党を組んで、私たちを襲った、というわけね。でも、どうしてそんな教団の無茶な要求に素直に従ったの? だっておかしいわよ。聖ドリード教団は、神への信仰と民の救済を掲げているのに、それじゃあまるで略奪じゃない」
「彼らも信仰心あってのことだったのでしょう。……いや、そのように私が思いたいだけかもしれない。我々も、村から厄介者を追い出す機会だと利用したのは否めません。ですが、やはり略奪と、そう思われますか」
村長は軽くため息をついた。
テルが口を開いた。
「その結果が、彼の重傷だ。教団が悪いのか、厄介な困り者たちが悪いのか、はたまた……」
その言葉の続きは言わず、テルは麦酒を飲む。
「この麦酒、美味しいですね」
言われた村長は苦笑し、「うちの自慢です」と言った。
「ともあれ、道を踏み外した人がいたってことだ。人間、どこで躓くか分からないからね」
「テルも何かそういう経験が?」
パルラが尋ねると、テルは「なぜそう思う?」と首をかしげた。
「だって、なんとなく物言いが達観しているし、斬れない剣は持っているし、見ず知らずの私たちを助けてくれるし、改めて思うと妙な人よね。昔に何かそんな経験があったのかしらって」
それを聞いたテルは「ははは」とおかしそうに笑った。
「妙な人……うーん、物好きであることは否定できないな。でも、別に達観なんかしていないよ。昔、そこそこやんちゃをしていただけさ。恥ずかしい若気の至りってのを反省していたら、できるだけ人助けしようかなって思えただけだ」
食事が終わり、おのおのが炉のそばで手を炙りながら談笑していると、ミィラスが薄く目を開けた。もぞもぞと身体を起こそうとするのを、パルラが気づき手伝ってやる。
熱っぽく重い身体に難儀して、ミィラスは額に手を当てながら「ここは?」と言った。
「近くの村で休ませてもらっているのよ。気分はどう?」
「……なんとか」
ミィラスは部屋にいる面々を見渡した。家主である村長をみとめると、居住まいを正して向き直る。
「聖ドリード教団の聖典楽師、ミィラスと申します。突然ご厄介になり、感謝いたします」
施しを受けた者として、ミィラスは深々と最上級の一揖を村長に返した。その拍子に、床についた腕から包帯が剥がれる。そこから覗いた腕の無残な腫れに、村長は顔を曇らせつつも、若い聖典楽師に対して丁寧にお辞儀をする。
「事情はパルラ様から聞きました。あなたに危害を加えた者たちは……」
ミィラスは顔を上げる。
「実は眠っている間に、少し聞こえていました。小聖堂の所業についても。私は事情があり旅をしている身、力になれるかは分かりませんが、教団へ一筆したためましょう。それと、ヴァインの街に西翼領の統括である小聖堂があります。そこの主監ならば、真面目な人柄ゆえ、実態の調査を引き受けてくれるでしょう」
「それはありがたい……。いえこちらこそ申し訳ない」
ミィラスは荷物の中から筆記用具を出す。力の入らない手でなんとかペンをインクに浸した。
手紙は二通。ひとつは王都の大聖堂、エヌス司祭長へ。そこで初めてヴァインの街での顛末と、報告が遅くなったことの謝罪を記した。
もう一通はヴァインの街にいる主監カザへ。世話になったことへの謝意と、小聖堂への監査依頼だ。
ただ──魔物の件と監査の件を同時に書くにはミィラスとて抵抗があった。今頃カザはヴァインで諸々の対応に駆けずり回っているだろうし、受け取ったところでそんな暇は無いと頭を抱えるか、呆れかえって怒るかも知れない。『これだから聖典楽師は融通が利かない』と教団ではお決まりの文句を言うのが目に浮かぶ。ミィラスはできる限り丁寧な文体で書いた。不幸な暴行事件についても書き添えておくか迷い、それはやめた。同情を買っていると思われたくないからだ。結局、「食うに詰めた者が盗賊を行っているので注意されたし」とするに留める。
利き腕が思うように動かず、筆跡は荒れていた。
ミィラスはパルラに封蝋を頼んだ。
炉で蝋を溶かしながら、パルラはミィラスが持つペンの持ち手を見る。
「それはなに?」
彼のペンには、封印を施すための印章がついていた。ミィラスがそれを差し出したので、パルラはしげしげと眺める。印章それ自体は小ぶりだが、麦穂を咥えた鳥を囲むように星々が散らされた、繊細な意匠だった。
「この印を押しておけば、私からの書状だと先方に分かる」
ミィラスの言葉に、パルラは「ふぅん」とうなずいた。
「じゃあ、聖典楽師ひとりひとりが自分の印章を持っているのね。踊り子には無いわ、そういうの」
「欲しいのかい?」
「どうかしら。ちょっと欲しい気もするけれど、使う機会は無いでしょうし、署名で充分よ」
二つの手紙にしっかりとミィラスの印章が押されたことをみとめ、村長は愁眉を和らげた。
「ありがとうございます。こちらの書状は私が責任を持って、先方に届くようにさせていただきます」
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