西翼の鴉~神は沈黙したもう~

雨丹 釉

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六章 旅の道連れ

24話

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【おもな登場人物】
《ミィラス》
聖ドリード教団で若くして聖典楽師となった、孔雀色の瞳が印象的な青年
《パルラ》
聖ドリード教団に所属する踊り子で、快活で強気な女性
《テル》 
旅の剣士で、風雅な印象の風来坊




 彼らは平べったい形状の木箱を手にしていた。中に大切なものを保管しているのであろう。

「ご覧ください」

 村長が箱を開けると、一枚の絵が入っていた。かなり傷んで変色しているものの、肖像画だと分かる。油彩画に近いがより古い様式で、石墨といくつかの顔料を使って、布に擦り込むようにして描かれていた。注意深く取り扱わねば、たちどころに顔料が剥がれ落ちてしまうであろう。
 よく見るまでもなく、描かれた人物は聖典楽師の法衣を着ていた。ミィラスのものとは形が違う。かなり古風な法衣のようだ。

「とても昔のものです。いつの時代に描かれたのか、私にも分かりません。一つ言えるとすれば、この人物がこの村の出身ということだけです」
「あ、これ見て」

 パルラが人物の手元を指さす。そこにはしっかり握られた竪琴と、もうひとつ。
 ロケットだ。二枚貝に似た形。細かな彫金の意匠は剥がれてしまって判別できないが、蓋には一粒の真珠がある。ミィラスが持っていたものと酷似していた。

「これは……」

 ミィラスが目を見開いていると、村長が懐から件のロケットを取り出す。

「この絵に描かれたものと、あなた様のロケット、恐らく同じものでしょう。実は、このようなロケットは一つではございません」

 村長は「足許が悪いですが、ぜひお見せしたいものが」と、ミィラスらを伴って外に出た。空は月が出ており多少明るかったが、ほとんど真っ暗だ。村長の妻が持たせてくれた行灯ランプに火を灯し、村の裏手へと向かう。

 そこには、ドリード神を祀る祠があった。近づくにつれ、石彫りのドリード神像が、行灯ランプの光にほんのりと浮かび上がった。
 村長は像の前でひざまずくと、ドリード神に祈りを捧げてから、祭壇の下から何かを取り出した。
 それらもまた黄金のロケットだった。全部で五つ。

「肖像画の人物が作ったとされるものです。どれも固く封印されており、開けることができません。売り払えば大層な金額になるのでしょうが、村の掟で外に持ち出すことも、村外の者の目に触れさせることも禁じられています。ですが、今は村長の権限で、あなた方にお見せします」

 行灯ランプの光を受けて輝くロケットは、どれも二枚貝の形をしていた。形状自体は洒落た装飾品と見ることもできるが、同じものがいくつもあるのは奇妙な気がする。何か意味があるのだろうか。

「本当だ、全然開かないわ。ほら」

 ひとつを手に取ったパルラが言い、ミィラスに渡した。
 ミィラスはロケットにしばし視線を注ぎ、継ぎ目に爪をかける。

 本のページを繰るかのように。
 植物の芽が双葉を広げるかのように。
 待ち人を抱擁するかのように。

 カタリ

 ミィラスの手にかかり、それはいとも容易く、開いた。

「なんと、まさか!」

 村長が驚愕の声を上げた。よほどあり得ないことだったのか、次ぐ言葉も出ずに、絶句してしまった。
 横で見ていたパルラとテルも眉を跳ね上げる。

 ミィラスの孔雀色の双眸は見開かれ、じっとロケットの中を見つめていた。
 小さな星の瞬きが、ちらりちらり、ミィラスの瞳孔の中で火花のように舞う。

 ミィラスは確信した。

 ヴァインの街でロケットを拾ったときと同じで、中に〝力ある言葉〟が封印されていたのだ。
 心が思わず浮き立った。
 再びだ。なんという僥倖。
 また取り戻せるのだ。

 ところが、目の前の光は次第に弱々しくなっていき、ミィラスが触れる前にはすうっと消えてしまった。あとに残った虚空には、ただ黄金色をした空っぽの隙間があるだけだった。

「どうかしたの?」

 怪訝そうなパルラの言葉で、彼女には〝力ある言葉〟の光は見えていないことを悟った。ロケットを開いたまま固まっているミィラスを、「目が覚めてすぐに動いたから、負担が大きかったのでは」とテルや村長も気遣ってくれたが、光のことには何も言及しないところを見るに、彼らも同じだろう。

「……いえ、大丈夫です」

 みすみす〝力ある言葉〟を取り逃がしてしまったのだ。ミィラスは大きく落胆していた。だが、息を吸って気を取り直すと、別のロケットに手を伸ばす。
 黄金製の容器は小さくとも、手にずっしりと重い。
 問いかけるように、それを開いた。
 こぼれるのは東の明星に似た光だ。
 だが光は無音で、応えず、静かに消えていく。祠の中では、相変わらず行灯ランプの明かりだけが、皆の影を地面に落としていた。そこに見えない星が実存することを、ミィラスだけが知っていた。

 次のロケット、その次のロケットも、ミィラスの期待虚しく、〝力ある言葉〟を彼に取り戻させはしなかった。他の者は、ミィラスが取り憑かれたように次々とロケットを開け始めたことに、やや驚きつつも、好奇心のほうが勝っているようだった。

「非常に興味深い品だな。二枚貝に真珠の装飾か……」
「どうしてミィラスには開けられるのかしら? なにか特別な仕掛けがあるようには見えないけれど」

 テルとパルラが話している隣で、ミィラスは最後のロケットを手に取っていた。
 手がじっとりと汗ばんでいる。黄金の蓋についてる真珠が、門番の目のようにミィラスを見つめていた。
 祈るような気持ちで、彼は蓋を開ける。

 朝日が昇ったのか、否、流星が地上に舞い降りたのだろうか。
 まばゆい、大きな星がこぼれ落ちた。
 刺すような明るさに網膜が焼かれる。ミィラスはチカチカと明滅する視界の中、夢中でその光に手を伸ばした。
 なにか手応えがある。暖かい。それは指先からすうっと身体の中に入り、骨や神経、血管を通って、瞬く間に全身を巡った。
《生命》を意味する〝力ある言葉〟だった。

「これは……」

 そこに見えたのは、既に沈んだはずの太陽であった。地平をじりじりと金色に焦がしながら、未だ空のふちに留まっている。
 気づけばミィラスは、草原のただなかに立っていた。辺りを見渡すと、無数の石祠が彼を取り囲んでいる。それらはただ穏やかにそこにあり、いくつもの長い影が、風に波打つ豊かな草の上に落ちていた。

 先に少し大きく歪な影があり、ミィラスはそこにいる何者かの存在に気がついた。
 それを見たとき、消耗した身体に晴れやかな活力が湧いた。

 ミィラスの開け放たれた夢幻の視界のなかで、影は振り向いた。
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