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十章 神々の系譜
47話
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【おもな登場人物】
《ミィラス》
聖ドリード教団で若くして聖典楽師となった、孔雀色の瞳が印象的な青年
《ザイル》
太鼓の聖典楽師
《フルーバ》
笛の聖典楽師
《ミオリア》
踊り子
《パルラ》
聖ドリード教団に所属する踊り子で、快活で強気な女性
《ディアン》
ザルバの町で暮らす浮浪少年
《テル》
旅の剣士で、風雅な印象の風来坊
ザイル、フルーバ、ミオリアの三人は、その様をただ静かに見守っていた。
そこへ、息せき切って走ってくる別の三人が現れる。
「なんなの!? さっきは変な赤いのに追いかけられたし。ミィラスはどこにいるの? この木は?」
パルラがぜいぜいと息を荒げながら、目の前で繁っていく木々を見上げた。
「冥府の景色がどんどん変わっていく。あれほど荒れ果てていたのに、今は豊かな森みたいだ」
テルがしゃがみこみ、足許の根や草に触れる。その感触は本物で、にじみ出る水気や青々とした香りは、皮膚や肺に染み込むほどに濃い。
「あ、あそこに何か光ってる!」
ディアンが地面を指さし、駆け寄った。
草の葉に紛れて、黄金のロケットが蓋を開いて落ちていた。
「ミィラスが開けたんだろう」
「ここにいたに違いないわ!」
きょろきょろと周囲を見渡した三人は、じっとこちらの様子を窺っている別の三人の存在に気がついた。
「おお」
ザイルがのしのしと近づいてきて、テルを鷲づかみにした。
「む? 亡霊にしては、やけに固いな」
「生きてます」
暗紅色の衣のせいで勘違いされたテルは、憮然とした顔で反論した。
「わっはっは、そうだったか」
ばしばしと叩かれたテルは、痛そうな顔でザイルから少し距離を取る。
フルーバが呆れかえった。
「亡霊と生身の人間を間違う奴があるか」
「ほほほ……粗忽者ですまなんだ」
ころころとミオリアは笑った。しかし次の瞬間には笑いを収める。
「そなたら、ミィラスを探しに参ったのか」
三人ははっとして、謎の人物たちを見つめた。
「知っているの? 彼はどこ!?」
ほとんど掴みかかろうとしているパルラの手を押さえながら、ミオリアは優しく言う。
「今、既にここにおる」
パルラは「え」と呆気にとられた顔になった。
「感じぬか?」
ミオリアは緑の天蓋を振り仰ぐ。
「この森がそうじゃ。見よ」
「あの者はこれから幾千、幾万の亡者や神々と、文字通り〝言葉を尽くして〟語り合うのだ」
「我らにとっては一瞬かもしれぬ。だが当人にとっては、途方もない、永遠のような時間を過ごすことになろう」
彼らはすっかり森に包まれていた。ここに太陽はないはずだが、不思議と明るく光に満ちている。植物そのものが内側から光を発しているからだ。
その無数の光の中に、ミィラスがいるのだと言う。
葉脈の一本一本、細胞の一個一個が、呼吸と代謝を繰り返し、芽吹いては枯れ、また芽吹いては土に還るという循環を、とてつもない早さで繰り返している。生命が一巡りするごとに、彼はそれだけの時間を過ごしているのだった。
幾百年か、幾千年か、幾万年の時をかけて。
それは到底正気が保てるはずもない時間だった。
パルラは力が抜けて膝をつく。
「そんな、そんなのって──」
ここまで追いかけて来たのに。彼を殉教などさせないと、守ると、死なせないと決めたはずだ。だが彼はついに手の届かぬ場所へ行ってしまった。
堪えきれなくなった彼女の目から涙が落ちた。
そこへ、さくさくと下草を踏んで現れた者がいた。
「パルラ?」
呼び声に顔を上げたパルラは、驚いて立ち上がった。
「マクール兄さん!」
彼は妹と似た快活な笑顔を、同じく日焼けした顔に浮かべ、手を振ってこちらに歩いて来た。
「どうして?」
駆け寄ったパルラが抱きつきながら問うと、彼はしっかりと妹を受け止めて答える。
「彼の声といっしょに、植物の良い香りがした。それにつられて赤い砂から這い上がったら、お前がいたんだよ」
マクールはパルラの顔を見て、涙に濡れた妹の頬をぬぐった。その手に体温は無かったが、ぬくもりが宿っている。パルラは久方ぶりに兄に触れ、ふと気づいて彼を見上げる。
「兄さん、なんだか前よりもがっしりしたんじゃない?」
二年前にパルラが家を出たときよりも、マクールの身体は筋肉質になっていた。
マクールは笑って「そうかもしれないな」と頷く。
「仕事であちこち走り回ったせいだ。ベトラ・スーム候も活発な方だったからね。お前は相変わらずお転婆娘だな。こんな場所にまで来てしまうのだから」
「……兄さん、どうして死んでしまったの?」
パルラが兄の頬に手を添える。
マクールは妹の手に自分の手を重ねて、苦笑した。
「きっと私の死は避けられなかった。だが、あのとき私は寸前で彼を救うことができた。だから良いんだ」
マクールは名残惜しそうに、そっと妹から身体を離す。
「もう行かなければ。彼岸へ道が通じている間に」
「ま、待って!」
手を伸ばすパルラはしかし、もう兄の手を掴むことは出来なかった。
マクールは光の中に溶けていきながら、パルラに微笑みかける。
「しっかりやれよ、妹よ! お前なら大丈夫だ」
その言葉を最後に、彼は光の粒となった。
同じような光が、あちらこちら、緑の内側から湧き上がるように浮かび上がった。蛍の群れに似たそれらは無数の魂だった。彼らは身軽になったことを喜んでいるように、くるくると空中で円舞したあと、一斉に空へ昇っていく。
ほにゃあ、ほにゃあ、と赤ん坊の泣く声がした。
見ると一本の太い樹の下に、赤子がうずくまっている。その側には光の塊が座っていて、人が近づいたのを見るや、優雅に会釈をして弾ける。それもまた天に昇っていった。
「この赤ん坊、どこから来たんだろ?」
ディアンが好奇心に駆られて近寄る。
赤ん坊は青い目を泣きはらし、白い肌を今は紅潮させて、力一杯泣いていた。
「すっげーな。赤ん坊ってこんなに賑やかなんだな」
赤ん坊に触れると温かかったので、試しに抱き上げてみる。柔らかく湿っていて、とても小さい存在は、ディアンの心に不思議な感情を生み出した。
「見て見て! こいつ、ふにゃふにゃだ!」
はしゃいでいるディアンを、テルが軽くたしなめる。
「ほら、そんなに振り回してはいけないよ。まだ首が据わっていないみたいだから、支えてやって」
「へぇ、そうなのか」
ディアンが慣れない手つきであやしはじめると、のしのしとザイルが近づいてきた。
「坊主、なかなか良い手つきじゃないか。俺はどうにも苦手でな」
「そなたは赤ん坊に触れるなよ。うっかり潰しかねん」
フルーバが言うと、ミオリアも追い打ちをかける。
「そうじゃ、熊がウサギを抱くようなものよ。いつだったか、知り合いの乳飲み子を高い高いしていて、あまりの高さに母親が卒倒しておったのう」
周りでやいのやいのとしている三人の先人は、ディアンに「おっさんたちうるさいぜ」と一喝されて黙った。その後、彼らは静かに子守歌を合奏し始める。
「あなたは神様になってしまったの?」
パルラが虚空に呟く。答えは返って来ない。
だが、側でミオリアがくるくるとたおやかに舞いながら、こう言った。
「愛ゆえじゃ。彼が神となったのは万物への愛ゆえじゃ。しかし、彼を人に戻すのもまた、愛であろうぞ」
ミオリアはそのまま弾けて光となり、蛍の大群に加わった。
ザイルとフルーバもまた肩の荷が下りたような顔で、光となって溶けていった。
ぐらぐらと地面が揺れた。森がせり上がっていく。
もとは冥府の天蓋であり、今は緑に覆われていたのが、青空に変わる。
パルラ、テル、ディアンが気がつくと、そこはもとのザルバの町であった。
赤い濁流は消え去り、あとには呆けた人々が立ち尽くしたり、座り込んだりしていた。
「ミィラスは?」
彼は、いた。
孔雀色の瞳。朝焼け色の髪。
それらは完全に色彩を失って、雪のように白い。
だが彼は生きていた。
彼が人なのか、そうでないのかというと、よく分からなかった。
ミィラスは仲間たちを見つけると柔らかく微笑んだ。
だが彼が何かを語ることはない。彼の持ちうる全ての言葉は、幾百年、幾千年、幾万年にも及ぶ亡者や神々との語らいで尽きてしまったからだ。
《ミィラス》
聖ドリード教団で若くして聖典楽師となった、孔雀色の瞳が印象的な青年
《ザイル》
太鼓の聖典楽師
《フルーバ》
笛の聖典楽師
《ミオリア》
踊り子
《パルラ》
聖ドリード教団に所属する踊り子で、快活で強気な女性
《ディアン》
ザルバの町で暮らす浮浪少年
《テル》
旅の剣士で、風雅な印象の風来坊
ザイル、フルーバ、ミオリアの三人は、その様をただ静かに見守っていた。
そこへ、息せき切って走ってくる別の三人が現れる。
「なんなの!? さっきは変な赤いのに追いかけられたし。ミィラスはどこにいるの? この木は?」
パルラがぜいぜいと息を荒げながら、目の前で繁っていく木々を見上げた。
「冥府の景色がどんどん変わっていく。あれほど荒れ果てていたのに、今は豊かな森みたいだ」
テルがしゃがみこみ、足許の根や草に触れる。その感触は本物で、にじみ出る水気や青々とした香りは、皮膚や肺に染み込むほどに濃い。
「あ、あそこに何か光ってる!」
ディアンが地面を指さし、駆け寄った。
草の葉に紛れて、黄金のロケットが蓋を開いて落ちていた。
「ミィラスが開けたんだろう」
「ここにいたに違いないわ!」
きょろきょろと周囲を見渡した三人は、じっとこちらの様子を窺っている別の三人の存在に気がついた。
「おお」
ザイルがのしのしと近づいてきて、テルを鷲づかみにした。
「む? 亡霊にしては、やけに固いな」
「生きてます」
暗紅色の衣のせいで勘違いされたテルは、憮然とした顔で反論した。
「わっはっは、そうだったか」
ばしばしと叩かれたテルは、痛そうな顔でザイルから少し距離を取る。
フルーバが呆れかえった。
「亡霊と生身の人間を間違う奴があるか」
「ほほほ……粗忽者ですまなんだ」
ころころとミオリアは笑った。しかし次の瞬間には笑いを収める。
「そなたら、ミィラスを探しに参ったのか」
三人ははっとして、謎の人物たちを見つめた。
「知っているの? 彼はどこ!?」
ほとんど掴みかかろうとしているパルラの手を押さえながら、ミオリアは優しく言う。
「今、既にここにおる」
パルラは「え」と呆気にとられた顔になった。
「感じぬか?」
ミオリアは緑の天蓋を振り仰ぐ。
「この森がそうじゃ。見よ」
「あの者はこれから幾千、幾万の亡者や神々と、文字通り〝言葉を尽くして〟語り合うのだ」
「我らにとっては一瞬かもしれぬ。だが当人にとっては、途方もない、永遠のような時間を過ごすことになろう」
彼らはすっかり森に包まれていた。ここに太陽はないはずだが、不思議と明るく光に満ちている。植物そのものが内側から光を発しているからだ。
その無数の光の中に、ミィラスがいるのだと言う。
葉脈の一本一本、細胞の一個一個が、呼吸と代謝を繰り返し、芽吹いては枯れ、また芽吹いては土に還るという循環を、とてつもない早さで繰り返している。生命が一巡りするごとに、彼はそれだけの時間を過ごしているのだった。
幾百年か、幾千年か、幾万年の時をかけて。
それは到底正気が保てるはずもない時間だった。
パルラは力が抜けて膝をつく。
「そんな、そんなのって──」
ここまで追いかけて来たのに。彼を殉教などさせないと、守ると、死なせないと決めたはずだ。だが彼はついに手の届かぬ場所へ行ってしまった。
堪えきれなくなった彼女の目から涙が落ちた。
そこへ、さくさくと下草を踏んで現れた者がいた。
「パルラ?」
呼び声に顔を上げたパルラは、驚いて立ち上がった。
「マクール兄さん!」
彼は妹と似た快活な笑顔を、同じく日焼けした顔に浮かべ、手を振ってこちらに歩いて来た。
「どうして?」
駆け寄ったパルラが抱きつきながら問うと、彼はしっかりと妹を受け止めて答える。
「彼の声といっしょに、植物の良い香りがした。それにつられて赤い砂から這い上がったら、お前がいたんだよ」
マクールはパルラの顔を見て、涙に濡れた妹の頬をぬぐった。その手に体温は無かったが、ぬくもりが宿っている。パルラは久方ぶりに兄に触れ、ふと気づいて彼を見上げる。
「兄さん、なんだか前よりもがっしりしたんじゃない?」
二年前にパルラが家を出たときよりも、マクールの身体は筋肉質になっていた。
マクールは笑って「そうかもしれないな」と頷く。
「仕事であちこち走り回ったせいだ。ベトラ・スーム候も活発な方だったからね。お前は相変わらずお転婆娘だな。こんな場所にまで来てしまうのだから」
「……兄さん、どうして死んでしまったの?」
パルラが兄の頬に手を添える。
マクールは妹の手に自分の手を重ねて、苦笑した。
「きっと私の死は避けられなかった。だが、あのとき私は寸前で彼を救うことができた。だから良いんだ」
マクールは名残惜しそうに、そっと妹から身体を離す。
「もう行かなければ。彼岸へ道が通じている間に」
「ま、待って!」
手を伸ばすパルラはしかし、もう兄の手を掴むことは出来なかった。
マクールは光の中に溶けていきながら、パルラに微笑みかける。
「しっかりやれよ、妹よ! お前なら大丈夫だ」
その言葉を最後に、彼は光の粒となった。
同じような光が、あちらこちら、緑の内側から湧き上がるように浮かび上がった。蛍の群れに似たそれらは無数の魂だった。彼らは身軽になったことを喜んでいるように、くるくると空中で円舞したあと、一斉に空へ昇っていく。
ほにゃあ、ほにゃあ、と赤ん坊の泣く声がした。
見ると一本の太い樹の下に、赤子がうずくまっている。その側には光の塊が座っていて、人が近づいたのを見るや、優雅に会釈をして弾ける。それもまた天に昇っていった。
「この赤ん坊、どこから来たんだろ?」
ディアンが好奇心に駆られて近寄る。
赤ん坊は青い目を泣きはらし、白い肌を今は紅潮させて、力一杯泣いていた。
「すっげーな。赤ん坊ってこんなに賑やかなんだな」
赤ん坊に触れると温かかったので、試しに抱き上げてみる。柔らかく湿っていて、とても小さい存在は、ディアンの心に不思議な感情を生み出した。
「見て見て! こいつ、ふにゃふにゃだ!」
はしゃいでいるディアンを、テルが軽くたしなめる。
「ほら、そんなに振り回してはいけないよ。まだ首が据わっていないみたいだから、支えてやって」
「へぇ、そうなのか」
ディアンが慣れない手つきであやしはじめると、のしのしとザイルが近づいてきた。
「坊主、なかなか良い手つきじゃないか。俺はどうにも苦手でな」
「そなたは赤ん坊に触れるなよ。うっかり潰しかねん」
フルーバが言うと、ミオリアも追い打ちをかける。
「そうじゃ、熊がウサギを抱くようなものよ。いつだったか、知り合いの乳飲み子を高い高いしていて、あまりの高さに母親が卒倒しておったのう」
周りでやいのやいのとしている三人の先人は、ディアンに「おっさんたちうるさいぜ」と一喝されて黙った。その後、彼らは静かに子守歌を合奏し始める。
「あなたは神様になってしまったの?」
パルラが虚空に呟く。答えは返って来ない。
だが、側でミオリアがくるくるとたおやかに舞いながら、こう言った。
「愛ゆえじゃ。彼が神となったのは万物への愛ゆえじゃ。しかし、彼を人に戻すのもまた、愛であろうぞ」
ミオリアはそのまま弾けて光となり、蛍の大群に加わった。
ザイルとフルーバもまた肩の荷が下りたような顔で、光となって溶けていった。
ぐらぐらと地面が揺れた。森がせり上がっていく。
もとは冥府の天蓋であり、今は緑に覆われていたのが、青空に変わる。
パルラ、テル、ディアンが気がつくと、そこはもとのザルバの町であった。
赤い濁流は消え去り、あとには呆けた人々が立ち尽くしたり、座り込んだりしていた。
「ミィラスは?」
彼は、いた。
孔雀色の瞳。朝焼け色の髪。
それらは完全に色彩を失って、雪のように白い。
だが彼は生きていた。
彼が人なのか、そうでないのかというと、よく分からなかった。
ミィラスは仲間たちを見つけると柔らかく微笑んだ。
だが彼が何かを語ることはない。彼の持ちうる全ての言葉は、幾百年、幾千年、幾万年にも及ぶ亡者や神々との語らいで尽きてしまったからだ。
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