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しおりを挟むグラナートはエルツを部屋に入れると、グラスを落として割ってしまったことを話した。
「…………申し訳ないんだけど、グラスの片付けをしてもらえないかな?」
「はい。掃除用具を持ってきますのでお待ちください」
エルツはそう言うと部屋を出ていった。
グラナートは少しでも手伝おうと思い、左手で慎重にグラスの破片を拾っていると、エルツが掃除用具を持って部屋に戻ってきた。
「私が片付けるのでグラナート様は離れていてください」
「……わかった」
グラナートは離れた場所に移動すると、エルツが片付けてくれている姿を黙って眺めた。
エルツは手際良くグラスの破片の掃除をしていたが、突然ピタリと動きを止めた。
「どうしたの?」
床の一点を見つめるエルツにグラナートは声をかける。
「……いえ、なんでもありません」
エルツはそう言うと掃除を再開した。
グラナートが、どうしたのだろう、と疑問に思っていると、しゃがんで作業をしていたエルツが立ち上がった。
「終わりました」
あっという間に掃除が終わったことに驚きながらグラナートはお礼を言った。
「ありがとう。手間をとらせてしまってごめんね」
「……いえ」
エルツはグラナートの顔は見ずに、グラナートの手を見て返事をした。
グラナートも自分の手を見ると、血で赤くなった指先が目に映る。
「グラスの破片を拾おうとしたときに、焦って指先を切っちゃったんだ」
そう説明をしながら、手を顔に近づけ怪我をした部分をよく見ると、まだ完全には血が止まっていなかった。
自分の手をじっと見つめているグラナートにエルツは尋ねる。
「……それだけですか?」
グラナートはエルツの質問の意味がわからなかった。
「それだけってどういうこと?」
エルツは少し言いづらそうに答える。
「……自分で傷つけていませんか?」
まさかの言葉にグラナートは動揺した。
「……どうしてそう思うの?」
「二年前は自分で傷つけていたでしょう?」
二年前は怪我をしたときにできた傷口にガラスの破片を押し当てただけで、新しい傷をつけたわけではないため、自傷行為をしたとは気が付かれていないと思っていたのに……。
「なんでわかったの?」
「止血をした形跡がなかったので、グラナート様は血を止めたくなかったのではないかと思いまして……」
「……そっか。気がついていたのに言わないでくれたんだね」
自傷行為をしてはいけないと注意することもできたはずなのに、二年前のエルツは何も言わずに傷の手当てをしてくれたのか……。
「本当は言うべきだったのかもしれませんが、あのときはグラナート様に嫌われていたので、口出しをするのはよくないと思い、傷口を触ることができないように包帯を巻くことしかできなかったんです」
エルツの言葉を聞いたグラナートは二年前の記憶が鮮明によみがえる。
「傷口がふさがって瘡蓋の状態になっても包帯を取らなかったのは……」
「グラナート様が自分で傷口を開いてしまうのではないかと思ったからです」
「後継者問題が解決して、父様やサフィーロとの関係が改善した翌日に包帯を取ってくれたのは……」
「もうその心配をする必要は無いと思ったからです」
二年前のグラナートはエルツのことを気に食わないヤツだと思っており、エルツに対して辛く当たっていた。
そのため、エルツはグラナートと顔を合わせる度に嫌な思いをしていたはずだ。
それなのにエルツは、怪我が良くなり包帯が必要なくなっても自傷行為のことを心配して包帯を巻き続けてくれたんだ……。
グラナートはエルツの目を真っ直ぐ見つめる。
「エルツは本当に優しいね。俺はエルツのそういうところに惹かれたんだ。……二年前からずっと大好きだよ」
一瞬エルツの瞳が潤んだような気がしたが、エルツはパッと顔を伏せてしまった。
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