鮮明な月

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序章

3.モノローグ

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昔の十三歳がどんなものかは知らないが、最近は男女問わず大分奔放で自由だ。こういうのってませてるって言うのかもしれないと俺・源川仁聖はボンヤリ思った。
その隣には白いシーツを乱したベットの上に、長い黒髪を散らした褥の女性の姿。呆れる程に冷ややかにその女性の滑らかな項を眺めながら、ボンヤリと歳のわりには酷く大人びた少年は裸のまま胡坐をかき肘を膝に乗せて頬杖をついた。

初恋は実らないって言うけど。

それも相手が女性ならともかく、仁聖の恋心は伝えることすら出来ない荊の道なのだ。何しろ相手は榊恭平なのだから、尚更かなう術は見つけようがない。だからって他の人間で代用って考え方もどうかとは思うが、小中学生と寝るのは犯罪の範疇ではないだろうか。そんなことを考える仁聖にベッドの中の彼女が目を覚まして、妖艶に微笑みかけた。普通より生育が早い仁聖は服装さえ気を付ければ、中学一年生には全く見えない。モノクロな色味の服を組み合わせれば、夜に出歩いていても補導もされず女と歩いても見劣りしなかった。お陰でそう言う職業ではない堅気の職業の女友達は大勢いるし、相手の性的な欲求を充足させるのにも年以上の手管だ。

十三のガキに満足させられる二十歳の女性って言うのもどうなんだろうか。

等とつまらないことを考える仁聖に、女のしなやかで細い白い指が悪戯を始める。それを無意識に見下ろしながら、その指が他の誰かだと最高なのにと心の中で呟く。

守りたい、そう幼心に思ったその人。でも、綺麗で格好いい俺の思い人は、あの涙の後にはもう涙は見せなくなった。恭平は凛として、真っ直ぐに背を伸ばして前に進んでいる。
詳しいことは分からないが、あの後高校を卒業して大学生になった恭平は、今もあのマンションに独り住んでいて生活をしていた。勿論恭平にも恋人がちゃんと居るみたいで、時々部屋には香水の香りが仄かに漂う事はあった。けど、幸か不幸か今だに回数は減ったものの続いている仁聖の訪問の日には、鉢合わせた事はない。それに気のせいかは分からない。気のせいかもしれないが毎回仁聖の訪問する日には、大部分はあの人は家に居てくれているようにしているんじゃないかと思う事があるくらいだ。

激しいエッチの後に冷静に相手を眺めながら考えるのが、恭平の事って言うのはどうなんだろうか。

男同士で気持ちいいことが出来るわけじゃない。女相手みたいにセックスできる訳でもないし、大体にしてそれ以前に彼女もいるあの人に何をどう伝えたらいいのかすら分からない。俺はそんなジレンマの中で、さっくりやることはやってる今時の十三歳の中学生にしか過ぎないのだと思う。



※※※ 
    


開襟シャツのボタンを二つ開けた仁聖は、ふと1つ大きな欠伸をして机の上に頬杖をついた。
年齢よりずっと大人びて見える顔立ちは同級生の中でも群を抜いて整っている方だと自覚はあるし、勉強もスポーツもそつなくこなす。当たり障りの無い社会生活もお手の物だし笑顔の仮面もばっちりだ。しかし、一番伝えたい気持ちはただただ胸の奥で熱を持って渦を巻いているような気がする。
思わず脳裏に浮かぶ恭平の姿に満たされない自分の欲求を感じて、深い溜め息が溢れてしまう。

「なぁに大きな溜め息ついてるの?源川君。」
「真希?んー、青春の悩みってやつ?」

適当に答えた視線の先で同じクラスの女子がきゃぁきゃあ言ってるのが目に入る。仁聖は別格としても、どっちかと言えば同じ年代だと女子のほうがどうしても耳年増な気がする。目の前の彼女らは、また何か面白い話題でも見つけたのだろう。男子のしもネタよりは女子のしもネタの方が実は際どい、何気なくそれは最近理解した現実だ。

「また、何か盛り上がってんな。」
「そう言うお年頃よね。」
「今度は何?」

仁聖の呆れたような言葉に背後を振り返った小学校からの幼馴染でもある坂本真希は、ふいと黒目がちの大きな瞳を向けて彼女たちを眺める。彼女らは厚手の雑誌を片手に盛り上がっているが、どうみてもファッション誌には見えなかった。

「あーぁ、あれBLで盛り上がってんの。」
「何それ?B?」

苦笑いを浮かべた真希が少しだけ声を潜める。

「男の子同士の恋愛とか、エッチとか。」

彼女が何気なく言った言葉が胸に刺さって、一瞬ぎくりと胸が軋んだ。まだ中学一年生の知識として知らない事なのに、どこかでそうありたいと願ったもの。それを見透かされた気がしたのだ。

「男同士?」
「そ、格好いい先生と美少年とか?そう言うのに興味がある時期なんじゃない?」

真希は気がつかない風で何の気なしに答える。その言葉に穏やかだったはずの教室の温度が一瞬にして下がったような上がったような奇妙な気分に仁聖はそ知らぬフリで笑顔を浮かべていた。



※※※



何時ものとおりオートロックを通らずに、裏側の非常階段横の塀をヒラリと乗り越える。オートロックを開けてもらうのが正しいのは承知しているが、学校から最短距離は塀を越える方が簡単で早い。防犯カメラはエレベーターの前しか撮してないのも、もう知っていて何時も乗り越える塀は実はノーマークなのだ。さっさと遠慮無しに玄関前に行きドアを押し開けて、勝手知ったるという風に靴を脱ぎリビングまで足を進める。だけどそこにお目当ての姿は無くて、仁聖はふと室内に漂う彼の香りに目を細めた。
柔らかく甘い微かな榊恭平の香り。
自分の中の彼への思いに気がついて、やがて性的な興奮を感じるような年頃になった辺りから胸を揺らすようなその香りは、まるで媚薬のようだとも思う。



※※※



男同士でも出来る。
同じ歳の女子のほうがそれに詳しいという世の中もおかしいと思うが、昨今の世の中調べる気になれば案外情報は簡単に手に入る。今までそれに目を向けなかったのは自分が女性と付き合って寝ている事もあったし、相手もちゃんと彼女が居て普通に暮らしていたからもあるだろう。何よりそれ以上に自分が、あえて目を向けないようにしていたのかもしれない。でも知ってしまったら、それは媚薬のように心を溶かしてしまう。向けてはいけない思いだと分かっていても、自分の中の気持ちをちゃんと彼を見て確かめたくなってしまうのだ。

手に届かないはずの鮮やかな月に手が届くかどうか、試してみたくなる。



※※※



書斎部屋の扉を開いた仁聖の目が、簡易ベット扱いのソファの上に吸い寄せられた。微かな寝息を立てて転寝している姿に一瞬躊躇いながら歩み寄り、音を立てないようにその顔を覗き込む。
二十歳になった恭平は背も高いし、手足も長くてとても均整が取れたスタイルをしている。もともと細身だが余り食が進まないのかここ数年は更にしなやかで細い線が際立つようになったが、それでも元々合気道をやっていたせいもあって綺麗な筋肉のついた体をしている。よく街中でモデルになんていわれているようだけど、当の本人は全くその気はないし自分の容姿にも頓着しないたちなので受け流しているようだ。それに母親に似た睫毛の長く凛とした涼やかさをもつ顔立ち。女性的なのに芯の強さもあって凄く綺麗だと仁聖は彼を見下ろしながら思う。
そんなに傍に居るのにまったく気がつかない様子で微かな寝息を音を立てる無防備な姿を眺めながら、仁聖は息をつめた。

ヤッパリ……俺。
 
どくどくと脈打つような思いは胸だけではなく、全身に伝わっていくに気がついて仁聖は眩暈がするような気がする。無防備に眠る彼を眺められる存在はどれだけ居るのだろうか、そんな事を思いながらふと自分がその綺麗な顔に自分の顔を寄せたのに気がついていた。
同じ行為を他の誰かとした事がないわけじゃない。
それなのにその行為は酷く甘くて熱い。思った以上に柔らかく甘い唇にそっと自分の唇を押し当てるだけの軽いキス。
してしまってからハッとしたように仁聖は身を引き剥がした。夢現の感触に微かに恭平が身動ぎするのを感じて、咄嗟に仁聖は弾かれたように立ち上がり踵を返した。
恭平が目覚めて気がついていたら…それ以上に自分がした事がもたらした変化を彼に見られたくないと思った。
ただ触れただけのキス。それだけで自分が女性とする以上に興奮したなんて彼には気づかれたくは無かったのだ。



※※※



自分の中の気持ちの自覚。だけどその後仁聖は、恭平に対して何かが出来たわけじゃない。ただ同じように普通を装って他の女性で欲求を満たして、彼のところに素知らぬ顔で通うだけで満足するしかなかった。
だけど、ふと気がつく事はあった。
恭平は大学生になってからも相変わらずもててたけど、余り長続きしてない。別に浮気とかじゃなく恋愛にクール過ぎて、相手からふられるのだと彼は笑っていた。そして、やっぱり週に一度の俺が必ず行く日には、彼は家にいてくれて鍵もかかってない。オートロックを通ることもなく声もかけずに勝手にドアを開けてはいる俺に彼は変わらない笑顔を向けてくれるし、別段何をしに行くわけでもないのに俺を邪険にもしない。

そして時々だけどバイトとか色々な事で疲れてるんだろう、転寝をしている恭平の姿をみつける事が増えていた。悪い事なんだと分かりながら、その彼の唇に触れる時が俺の楽しみでもあったんだ。


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