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第一章
9.
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トロリと蕩けて滲み出す様な甘美に陶然とした行為の後の気だるげで物憂げな表情。それをあからさまに浮かべて、腕の中にある姿を眺めながら仁聖は幸せそうに微笑む。
穏やかな吐息を軽く溢す恭平の姿をウットリと眺めながら、仁聖はその額や頬・首筋、鎖骨へと何度も何度も口づける。余りにも丹念に何度も繰り返され、こそばゆい様なそのキスの感覚に恭平が微かに身動ぎして頬を染める。綺麗で滑らかな白磁の肌に、仁聖が幾つもの淡く薄い鬱血の花弁のような痕跡を散らす。そうして微かな雨音に耳を澄ます言葉のないままの表情の恭平に、名前をそっと呼ぶだけでフワリと気恥ずかしそうに視線を漂わせる。そんな仕草に思わずそっと彼の耳元で、仁聖は思いを囁きかける。
「恭平…?恭平ってすっごい可愛い。」
囁いた声に褥の後の色を漂わせた恭平の表情が、困惑に満ちた少し拗ねる様なモノに変わる。そんな今まで見たことのない、初めて見せる彼の沢山の表情と感情。知らなかったその彼の全てが、心底愛しくて仕方がないという様に仁聖は微笑む。
「………男に…そう言う事言うな、ばか。」
「だって、そういうの可愛い。」
抱き締める腕の中で頬を薔薇色にした彼が、恥ずかしそうに顔を背ける。逃がさないと囁きながら顔を覗きこむだけで恥ずかしそうにする恭平の仕草は、彼が年上の男性だというのに一瞬で悩殺されそうだ。
「恭平がすごく可愛いんだから……仕方ないだろ?」
サラリと額にかかった髪の毛を掬い上げる様にしながら、微かに汗の引き始めた恭平の額に音を立ててキスを落とす。そうしてもう一度満足気にその体を抱き寄せる。諦めたように視線を伏せた恭平を酷く真面目な視線で見下ろしながら、仁聖は溢れそうになる想いでその額に触れた指を滑らせ頬を撫でる。
「もう…恭平を一人にしない……、ずっと傍にいる。」
ハッとしたようにその言葉の先を見つめる。
これからは…一人で…
揺らぐような記憶の中の声に重なるように、恭平の心が大きく激しく揺れ動くのを感じる。例え仁聖の思いを今恭平が受け入れたとしても、何の生産性のないこの普通でない関係は仁聖が飽きた時点で終わる筈だ。
「………な………、馬鹿な事…………。」
思わず背けた視線を引き戻すように、顎に触れた指に顔を再び向けられる。恭平は戸惑いに満ちた表情を浮かべたまま、仁聖の真剣な眼差しを腕の中から見上げた。その表情をまるで予期していたように、仄かな光を受けて眩い程の笑顔を仁聖は惜しげもなく浮かべる。揺るがないと言う様に笑顔を浮かべて、恭平の瞳を真っ直ぐに覗き込む。
「恭平はそう言っても絶対信じない。そんなの分かってるよ。」
なら何故と問い返す恭平の視線に、仁聖は良く分かってるよと囁きかける。長い付き合いだから恭平の事は良く分かっている仁聖は、そう確かめるように呟く。
「恭平はさ、すっごい常識人だし。俺がただ言っても信じられないだろ?」
確かに仁聖の言う通りだ。確かに恭平は今はそう思っても、何時かは仁聖の気持ちも変わるのだと心の何処かで感じている。どんなに今好きだと必要だと告げられても、永遠ではないと思っているのは事実なのだ。
「だから信じてくれるまで、………恭平の傍にいるから。」
子供のように笑いながら当然のように言われて、恭平は躊躇うように言い澱む。
「そ……いっ…一生・信じないって言ったらどうする気だ…。」
「そうしたら俺が一生、恭平の傍にいればいいだけだろ?」
迷いもなく即答されて、恭平は思わず絶句してしまう。そんな恭平を何処か楽しそうに眺めながら、仁聖は再びその体を抱き寄せて頬に口付ける。何をどう言ったらいいのかが分からないと言いたげな恭平の表情を、まるで楽しむように体を摺り寄せる。仁聖は戸惑いに身動ぎして腕の中から少し身をずらそうとする恭平を、逃さないというようにしっかりと抱き寄せる。
「なっ………、だ…だけど…それじゃ…。」
「うん、だからぁ、ずっと恭平の傍にいる。」
真っ直ぐ振り落ちるような仁聖の言葉に、恭平は言葉もなく黙りこみじっと見つめる。信じなければ信じるまでずっと。でも、恭平がずっと傍にいるという言葉を信じるなら、それは結局どちらも同じことを告げているのに等しい。
それは戸惑いながらもひっそりと孤独に震えていた恭平に、仁聖の手が届いたような気がする一瞬だった。
手が届かないとずっと思っていた。
雨脚の向こうに振り落ち始めた夕闇の中で白々と浮かぶ透き通る白磁の肌。綺麗で宝石のように輝く濡れた黒曜石の瞳。まるで空に浮かぶ美しく清廉な月の様に鮮やかに腕の中にいる恭平の姿。
「…仕方ないよ、恭平の事が好きだから。もう…絶対離さない。」
暖かく柔らかい甘い香りのするその肌に触れて自分の傍に抱き寄せる。その表情はその仕草に戸惑いながら、腕の中から仁聖を見上げた。その様子に仁聖はやっと触れたその人に向かって満足げに見える鮮やかな色を含んで微笑みかける。
「……恭平、ね、諦めて俺のものになって?」
その言葉にベットに押し付けられたまま。華のように美しい、月のようにひっそりと。それでいて、決して隠せない存在感をもつその人は絶句したまま目を丸くしていた。
穏やかな吐息を軽く溢す恭平の姿をウットリと眺めながら、仁聖はその額や頬・首筋、鎖骨へと何度も何度も口づける。余りにも丹念に何度も繰り返され、こそばゆい様なそのキスの感覚に恭平が微かに身動ぎして頬を染める。綺麗で滑らかな白磁の肌に、仁聖が幾つもの淡く薄い鬱血の花弁のような痕跡を散らす。そうして微かな雨音に耳を澄ます言葉のないままの表情の恭平に、名前をそっと呼ぶだけでフワリと気恥ずかしそうに視線を漂わせる。そんな仕草に思わずそっと彼の耳元で、仁聖は思いを囁きかける。
「恭平…?恭平ってすっごい可愛い。」
囁いた声に褥の後の色を漂わせた恭平の表情が、困惑に満ちた少し拗ねる様なモノに変わる。そんな今まで見たことのない、初めて見せる彼の沢山の表情と感情。知らなかったその彼の全てが、心底愛しくて仕方がないという様に仁聖は微笑む。
「………男に…そう言う事言うな、ばか。」
「だって、そういうの可愛い。」
抱き締める腕の中で頬を薔薇色にした彼が、恥ずかしそうに顔を背ける。逃がさないと囁きながら顔を覗きこむだけで恥ずかしそうにする恭平の仕草は、彼が年上の男性だというのに一瞬で悩殺されそうだ。
「恭平がすごく可愛いんだから……仕方ないだろ?」
サラリと額にかかった髪の毛を掬い上げる様にしながら、微かに汗の引き始めた恭平の額に音を立ててキスを落とす。そうしてもう一度満足気にその体を抱き寄せる。諦めたように視線を伏せた恭平を酷く真面目な視線で見下ろしながら、仁聖は溢れそうになる想いでその額に触れた指を滑らせ頬を撫でる。
「もう…恭平を一人にしない……、ずっと傍にいる。」
ハッとしたようにその言葉の先を見つめる。
これからは…一人で…
揺らぐような記憶の中の声に重なるように、恭平の心が大きく激しく揺れ動くのを感じる。例え仁聖の思いを今恭平が受け入れたとしても、何の生産性のないこの普通でない関係は仁聖が飽きた時点で終わる筈だ。
「………な………、馬鹿な事…………。」
思わず背けた視線を引き戻すように、顎に触れた指に顔を再び向けられる。恭平は戸惑いに満ちた表情を浮かべたまま、仁聖の真剣な眼差しを腕の中から見上げた。その表情をまるで予期していたように、仄かな光を受けて眩い程の笑顔を仁聖は惜しげもなく浮かべる。揺るがないと言う様に笑顔を浮かべて、恭平の瞳を真っ直ぐに覗き込む。
「恭平はそう言っても絶対信じない。そんなの分かってるよ。」
なら何故と問い返す恭平の視線に、仁聖は良く分かってるよと囁きかける。長い付き合いだから恭平の事は良く分かっている仁聖は、そう確かめるように呟く。
「恭平はさ、すっごい常識人だし。俺がただ言っても信じられないだろ?」
確かに仁聖の言う通りだ。確かに恭平は今はそう思っても、何時かは仁聖の気持ちも変わるのだと心の何処かで感じている。どんなに今好きだと必要だと告げられても、永遠ではないと思っているのは事実なのだ。
「だから信じてくれるまで、………恭平の傍にいるから。」
子供のように笑いながら当然のように言われて、恭平は躊躇うように言い澱む。
「そ……いっ…一生・信じないって言ったらどうする気だ…。」
「そうしたら俺が一生、恭平の傍にいればいいだけだろ?」
迷いもなく即答されて、恭平は思わず絶句してしまう。そんな恭平を何処か楽しそうに眺めながら、仁聖は再びその体を抱き寄せて頬に口付ける。何をどう言ったらいいのかが分からないと言いたげな恭平の表情を、まるで楽しむように体を摺り寄せる。仁聖は戸惑いに身動ぎして腕の中から少し身をずらそうとする恭平を、逃さないというようにしっかりと抱き寄せる。
「なっ………、だ…だけど…それじゃ…。」
「うん、だからぁ、ずっと恭平の傍にいる。」
真っ直ぐ振り落ちるような仁聖の言葉に、恭平は言葉もなく黙りこみじっと見つめる。信じなければ信じるまでずっと。でも、恭平がずっと傍にいるという言葉を信じるなら、それは結局どちらも同じことを告げているのに等しい。
それは戸惑いながらもひっそりと孤独に震えていた恭平に、仁聖の手が届いたような気がする一瞬だった。
手が届かないとずっと思っていた。
雨脚の向こうに振り落ち始めた夕闇の中で白々と浮かぶ透き通る白磁の肌。綺麗で宝石のように輝く濡れた黒曜石の瞳。まるで空に浮かぶ美しく清廉な月の様に鮮やかに腕の中にいる恭平の姿。
「…仕方ないよ、恭平の事が好きだから。もう…絶対離さない。」
暖かく柔らかい甘い香りのするその肌に触れて自分の傍に抱き寄せる。その表情はその仕草に戸惑いながら、腕の中から仁聖を見上げた。その様子に仁聖はやっと触れたその人に向かって満足げに見える鮮やかな色を含んで微笑みかける。
「……恭平、ね、諦めて俺のものになって?」
その言葉にベットに押し付けられたまま。華のように美しい、月のようにひっそりと。それでいて、決して隠せない存在感をもつその人は絶句したまま目を丸くしていた。
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